〜 苦くて甘い風邪薬 〜



 すこし揺れる天井をじっと見ていた。
(情けないわ……私って、どうしてこう……)
 ベットの中で、ずり落ちる額のタオルを押さえながら、サーシャはこほんとせきを出した。

 アリアハンに帰って来て半年、サーシャは生まれて初めて熱を出して寝込んでいた。
(体調が悪いって、これほどめまいがするものだったのね……食欲もないし……体を動かすのもおっくうだわ……)
 暑くて気持ちが悪いのに、寒くて布団から出られない。不思議な感覚だった。
(大変な時だって言うのに……皆に申し訳ないわね……疲れから出た風邪だっていうけれど、リュシアたちは元気なのに……)
 そのリュシアはおそらく、新しく生まれたばかりの弟妹の面倒をみているのだろう。風邪をうつさないためにサーシャは 一人隔離されているのだが、それが寂しくて仕方がない。
(シェリーとシドニーにうつすわけにはいかないものね……。)
 二人が生まれたときのことを思い出す。それは本当に本当に大変な、命への歓迎だった。


 あの神竜と戦い、アリアハンに四人は再び戻ってきた。
「……とりあえず、どこに行く?王様に挨拶は、明日でも良いよね?」
「そうだな、とりあえず休もう。俺は以前いた宿屋に行く。お前らも家に戻れよ。」
 セイの言葉に、リュシアは少し頭をひねる。
「……ママ、酒場にいるかな?」
 旅立ち前は酒場で住み込んでいたのだが、サーシャの父と結婚した今となっては、教会に家を移しているのでは ないだろうか。そもそも酒場は今もやっているのだろうか。
「とりあえず教会に来てみたらどうかしら?そこに父さんがいるのは間違いないのだし。」
 サーシャにそう言われ、リュシアが頷いたとき、酒場の扉が静かに開いて、中から人が出てきた。
「……ママ?!」
「まぁ、リュシア!……本当にリュシアなの?モンスターの活動が大人しくなって、きっと貴方達が 頑張ってくれたって思っていたわ……ずっと、待っていたのよ……。」
 涙ぐみながら震えた声で呼びかけるルイーダに、リュシアも感極まって抱きつこうと走りより……ぴたりと止まる。
「ママ……その、おなか……?」
「あ、これ……もうすぐ生まれるの。リュシアとサーシャちゃんの弟か妹よ。」
 ぽこっと膨らんだお腹は、まるでボールのように大きい。その様子に、リュシアのみならずトゥールたちも 目を丸くした。サーシャも驚きながら頭を下げる。
「ルイーダさん、ただいま帰りました。えっと、父さんとルイーダさんの子供、なんですね。おめでとうございます、というのも ちょっと変な感じです。」
「ええ、そうなの。だからね、家族が増えるのにあわせて、家も改築したのよ。リュシアの部屋もあるの。私はもう、 酒場を人に譲ってしまったから。リュシアの物もそちらに移動したのよ。……リュシア?」
 ずっと黙り込んでお腹を見ているリュシアに、ルイーダは不安そうに声をかける。
「あの、嫌、だったかしら…??」
「ううん、そんなことない。嬉しいよ。ちょっと寂しいけど、それ以上に。」
 長年一緒にいるルイーダは、その気持ちを読み取って、リュシアを抱きしめる。
「寂しいなんて言っている暇はないわよ?これから家族が増えればてんてこ舞いになるわ。リュシアにもサーシャちゃんにも 手伝ってもらう事は山ほどあるんですからね?……おかえりなさい、リュシア。」
 ずっと感じたかったその温かみと、新たに宿った命の鼓動を、リュシアはじっとかみ締めていた。


 王様へと挨拶と、お世話になったなじみの人たちへの帰還の挨拶、ついでになにやら式典などを催され、半月くらいは ごたごたとあわただしい日々が続いた。それが終わり、ようやくサーシャは教会の手伝い、リュシアは 酒場の手伝いの引継ぎなどをはじめた時に、ルイーダが産気づいた。
 その時は、まさに地獄のような有様だった。竜の女王の時よりもさらに激しい。なにせルイーダの年も年だ。さらに 初産、これが難産にならないわけがない。
 うめくルイーダ。不安で涙ぐむリュシア。取り乱しながら産屋には近づけず、ひたすら神に祈る父。その 祈りが通じたか、ルイーダは無事に男と女の双子の子供を産み落とした。
 新しく来た妹に父がつけた名はシェリー、弟の名はシドニーだ。
「ありがとう、ルイーダ。皆無事で、これほど神に感謝する事はないよ。」
「ええ、コラード。私も、貴方との子を生めて、本当に幸せよ。」
 そう抱き合う様は、まるで芝居のように感動させる名シーンだった。
 だが、大変なのはこれからだった。なにせ双子だ。ルイーダは産後ほとんど動けない体で子供の世話をしていたが、 到底追いつけるものではない。
 二人は子守を交代しながら、リュシアが時々酒場の手伝いを、サーシャは教会の手伝いをしていたが、それはそれは 魔王討伐の旅が楽に思えるほどの日々だった。
 とはいえ、すくすくと成長していく弟妹達を見ているのは楽しかったし、特にリュシアはとても嬉しそうに 子守唄などを歌って子供達をあやしていた。
 そして二人も少しずつ大きくなり、泣く間隔が少しずつ空いてきた頃……サーシャは風邪で倒れたのだった。


 風邪を引いて倒れたときの、父の狂乱振りはすごかった。なにせ生まれてこの方一度も体調不良を起こしたことがないのだ。 うろたえて神に祈り、あらゆる物にけつまずいて倒れた。
 そんな父に苦笑しながら、ルイーダはてきぱきとサーシャの看病をしてくれた。
「懐かしいわね。リュシアもよく風邪を引いて倒れたわ。」
「ごめんなさい、こんな大変なときに……。」
「いやあね、病気の時に遠慮なんてしてはだめよ。わがままを言えるのは病人の特権なんだから。」
 てきぱきとサーシャを寝かせると、そっとタオルを額に置き、その横ではリュシアは水を瓶にいっぱいに 入れてテーブルに置いた。
「冷たくしてあるの。いっぱい水分取らないと駄目なの。何か食べられる?」
「……わからない、わ……父さんはどうしてあんなの食べられるのかしら……。」
 父が風邪を引いたときにいつも食べたがる好物を思い出し、サーシャはあえぐようにぼやいた。
「コラードさんも体が丈夫ですものね。サーシャちゃんは初めて風邪を引いたと聞いたけれど?」
「はい、……でも大丈夫です。シェリー達の側にいてあげてください……移したら大変だから。」
「無理しなくてもいいのよ?」
 心配そうにするルイーダの言葉にかぶさるように、赤子の泣き声が響く。
「あとはゆっくり寝るだけですから、一人でも大丈夫です。ありがとうございます。」
「私、時々来るから。困ったことがあったら言ってね?」
「いつでも呼んでね。ゆっくり休んで。」
 リュシアとルイーダがそう言って部屋を出て行き、サーシャはゆっくりと意識が遠のくのを感じた。


(私……死ぬのかしら……)
 ぼんやりとそう考える。理性ではわかっているのだ。これがただの風邪で、寝てしまえば治るということくらいは。
 それでも、不安で仕方がなかった。怖くて寂しくて、切ない。ただ体調が悪いだけなのに、涙が あふれてきそうになる。不安に押しつぶされそうになる。
(死ぬ前には、今までのことを、思い返すと言うけれど……こんな感じなのかしら……。)
 寂しい、それくらいで忙しいリュシアやルイーダ、そして父を呼ぶなんてできないけれど。それでも、 誰かに。
 会いたい。のは。
 こん、こん、と控えめにノックの音がした。
「……リュシア?入って。」
「えっと、お見舞いに来たんだけど。大丈夫かな?」
 ひょこん、とトゥールが扉から顔だけ出して、声をかけてきた。


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