〜 酒場の店主、ガイの手記 〜



 俺の一日は、昼前に始まる。
 簡単に酒場を掃除し、書類を整理する。
 ここはルイーダの酒場。まぁ、ルイーダってのは先代の店主だから、本来ならガイの酒場とするところなんだろうが、 なんとなく名前はそのまんまにしてある。書類関係を直すのも面倒くさかったしな。
 その書類っていうのは、アリアハンに登録されている冒険者名簿だ。ここはただの酒場じゃない、どっちかというと 冒険者を集って仕事を頼むことの方が重要だ。
 これは国からも援助が出ている重要な仕事で、だからこそこの酒場は歴史ある由緒正しい酒場だ。まだ 代替わりして間もないが、俺はこの仕事が気に入っている。
 ……まぁ、親には泣かれたが。城勤めの文官から酒場の店主だもんな。嫁の貰い手がなくなるだのなんだの言われたが、 貴族さんに頭を下げる生活にはもううんざりだった。それに俺は酒が好きだし、作るのも得意だ。実際 好評を得ている。
 書類の処理も、少なくとも城で武器や防具の在庫確認をしてるよりはずっと楽しい。まぁ、トラブルも多いが、 おおむね問題はなかった。
 ……と思っていた。だが、一つだけ俺には重大な問題があった。
 俺の飯はまずい。
 笑うな。なめてたんだ、俺は。酒場の食事なんざ適当に切って焼けばいいだろうと。結果、俺は黒こげ味なしの野菜を 作る羽目になった。
 先代店主、ルイーダも苦笑してしばらく特訓してくれたおかげで、まぁなんとか簡単な料理なら作れるようになった。 けど、ルイーダは身重で、いつまでも頼っちゃいられない。いらないと言えばいらないんだが……今までこの酒場の 評判の一つに飯がうまいってのがあった。それをあてにしていた人間も多い。
 そんな折、勇者が帰還した。救世の勇者、トゥールだ。

 稀代の英雄と言われたオルデガの息子にして、それを越え魔王を倒し世界を平和にした勇者。魔王を 倒した後、なぜか行方をくらましていたが、モンスターの弱体化した、一年後にアリアハンへに帰ってきた。
 俺にとって、それはそう重要なことじゃなかった。年は同じくらいだし、時々会話もしたように思うが、すでにはるか 遠い雲の上の人物だ。
 俺にとって重要なのは、その勇者トゥールの仲間に、ルイーダの娘、リュシアがいたことだった。


 ルイーダは俺に店を譲る際、一つ条件を付けていた。
『もし旅立ったリュシアが帰って来て、ここで働きたいと言ったら雇ってあげて』と。
 俺は快諾した。お役ごめんというのならともかく、雇うくらいは問題ない。そもそもリュシアのことを 見知っているが、とてもじゃないがこの店の店主がつとまる器だとは思えなかった。1にも2にも 臆病な子供だったからだ。
 ちりん、と扉が開く音がし、黒髪の少女が入ってきた。間違いなく17は越えているはずなのだが、 どう見ても14、15くらいに見えるこいつが、リュシアだ。
 背中の中ごろまで伸びた髪にはつやがあり、同じく黒い瞳は大きく、なかなかの美少女といったところだろうか。
 色々相談した結果、リュシアの希望と言うよりも俺が頼み込み、料理のフォローをしてもらう形でここで働いて もらうことになった。ルイーダの味を受け継いでいるリュシアは、俺にとってありがたい存在だった。


「よう、はやいな。」
 そう言って挨拶する俺に、リュシアは頭だけを下げて厨房へと向かう。そのそっけない様子に、俺はため息をついた。
 ここで一緒に働いて随分たつのだから、もうちょっとなじんでくれても良さそうなものなのだが。
 理由は分かっている。子供のころ、散々いじめたのを覚えているのだろう。いじめたと言っても、俺は 中心になってリュシアをいじめていたギーツの後ろではやし立てていただけなのだが、おそらくリュシアにとっては 関係のないことなのだろう。
 こちらとしては、もう5年も前の話だし、いい加減に忘れて欲しいのだが、そうもいかないものなのだろう。
「こんにちは。」
 それでもその横を通るときに、リュシアはいつも小さく挨拶をしていく。このままだったら、 いつかもう少しなじめるだろう。

 やがて厨房からいいにおいが漂う頃、客も徐々に増えだした。酒やつまみを忙しく出しながら、酒場の 客に気を配っていると、また一人、客が入ってきた。
 かなりの長身だ。その頭に乗っている銀色の髪とが目を引く。細身ではあるがしっかりと した筋肉がついた体。それは無駄に付けられたわけではなく、すばやくそして 効果的に攻撃を入れるためだというのは、戦闘をほとんどしたことない俺にも良く分かる。 異国風の顔立ちが、引き締まっていてなかなかのハンサムなんだろうな、男には興味ないが。
 こいつは常連だ。といっても毎日くることもあれば、何日も来ないこともある。ただ、来たときには いたって大人しく酒を飲んでいると思いきや、時々怪しげな行動を取ることがあるから、俺はいつも 見張ることにしていた。
「よう、スコッチロックでくれ。あと適当につまみ頼む。」
 そういい残し、店の隅のカウンターに座る。そこは店の中が一望できる場所だと知っている。歯噛みしながらも 注文どおりに作って、ポテトと一緒に持って行った。
「さんきゅ」
 男はそれを笑顔で受け取る。俺がその場を離れるのを見ると、別の男が寄ってきた。別の男は隣に座ると、 なにやら小さな声で男にささやき、そして男が何かをささやき返すと、手のひらの金を銀髪の男に渡した。
 商品を渡している様子はない。俺の店で怪しい取引はさせないぞとにらんでいると、リュシアが 料理を持って男に向かう。
「セイ、おかえりなさい。」
「おお、うまそうだな、さんきゅ。」
 注文などなかったはずだが、これもいつものことだった。リュシアはこの男を見ると、何かを作って持っていくのだ。
「トゥールも帰って来てる?」
「おう、今のところ情報はないな。なんか変な洞窟があったんだが……」
 そう言って二人が話しこんでいる。これもいつものことだ。別の客から 注文が入ったのをきっかけに、俺はリュシアを呼び戻した。
「おーい、リュシア。豆の香草煮、三番だ。」
「あ、はい。ごめんね、セイ。」
 自分には見せない笑顔でそう断ると、リュシアはそそくさと厨房に戻り、料理を持っていった。その帰りに俺は呼び止め、 リュシアに小さな声で聞いた。
「……なぁ、ちょっといいか?」
 リュシアは少し怯えた顔で、小さく頷く。
「いつも来るあの客は、なじみか?アリアハンの奴じゃないよな?」
「セイのこと?」
「あの銀髪のやつだよ。あいつ何者だ?なにやってるんだ?」
「セイは、トゥールとサーシャとわたしの仲間。ずっと一緒に旅してたの。今もトゥールと探し物、 してる。今は武闘家さん。」

 ああ、やはりそうか、と思う。勇者の四人目の仲間の存在を、噂には聞いていた。サーシャ狙いで一緒に 旅に出ようとしたギーツからも散々に愚痴られたが、あいつがそうだったんだな。
 あ、サーシャって言うのはこのアリアハン、いや世界一の美女だ。このアリアハンの教会の娘で、トゥールと一緒に 旅に出た僧侶、いまや賢者、らしい。青い巻き毛と、宝石よりも綺麗な目、そして誰もが見た瞬間魂を奪われる 美しい顔と、完璧なプロポーションの女で、ここ25年にアリアハンに生まれた男は、一度はサーシャに恋するのは 通過儀礼だ。もちろん、このアリアハンだけじゃなくてここに訪れた外国人もだな。
「のわりにゃ、武闘家の仕事やってるようには見えねーけどな。」
 武闘家の仕事がなにかは分からないが、傭兵か武道指導だろうが。そう言う雰囲気ではなく、もっと風来坊の ように見える。これは、冒険者を大勢見てきた俺の勘だが。
「……よくは分からないけれど、……トゥールのお手伝い、してるって。」
 なんとなくリュシアが自分に怯えているように見えて、俺は焦って笑った。
「いや、悪かった。常連さんだしな、あれであの、セイのことを結構聞かれるんだ。助かった。」
 その言葉にリュシアは頭を下げて、また厨房に戻る。そしてしばらくして、注文を受けて料理を 持っていった。

 その時、俺は注文された酒を作り終え、顔を上げた。するとセイという男がすばやく動き、リュシアの 方へ行くのを見た。
「お待たせしました、ご注文の白身魚の、」
 そう言って、テーブルに皿を置こうとしたリュシアの尻に、後ろの席の男がそっと手を伸ばすのが見え、俺は 立ち上がって怒鳴ろうとした。
「ちょっと通してくれな。」
 だが、その前にセイと言う男が、その間に割って入った。偶然通りかかったかのように、伸ばした手とリュシアの間を 切る様にだ。
「なんだぁ?お前?」
 邪魔された男は、相当酔っているようだった。
「おお、悪いな。ん、じゃあちょっと侘びを言わせてくれよな、外で。」
 セイはひょいっと男の襟首をつかみあげ、そして外に出て行った。それをリュシアは不思議そうに見ていた。
 これは、いつものことだった。そうして男は帰ってこず、セイは一人で酒場に戻ってくるのだろう。


 ここはルイーダの酒場。酒を扱い、そして荒くれ者の冒険者が集まる場所だ。もちろん俺は目を光らせている。 それでもこういうやつはどうしても出てくるのだ。
 リュシアはこういうところで過ごしていたくせに、そういうことに鈍いのは、よほどルイーダが目を光らせていたのだろう。 ……俺では足りないのだ。おそらく迫力とか気迫とかいうやつがだ。
 セイが扉を開けて、なんのこともないように椅子に座りなおす。
 ……やはりこいつは気に入らない。更に気に入らないのは、こうやって守る相手はリュシアだけじゃないってことだ。 冒険者の中には女も多い。その女に手を出そうとするやからは、こいつがさりげなく止めるか……相手を外に 追い出して、またこうして帰ってくる。
 いけ好かないやつだ。むかつく奴だ。見るだけでいらいらする。女の味方気取りか、こいつは?…… まぁ、勇者ご一行なんだから正義の味方なんだろうけどな。
「……なぁ、リュシア?」
「?なんですか?」
「お前は、あのセイの恋人なのか?」
 そう俺が問いかけると、リュシアは一瞬目を丸くすると、激しく首を振った。
「違う。」
 男女が一緒に旅をしていて、それもあんなきざな男が、恋人でないと言うのは考えにくいと思うのだが。
「そうなのか?女受け良さそうだけどな。」
「セイは、わたしは好みのタイプじゃないから。……黒髪は駄目なんだって、言ってたから。」
 そう、少しだけ寂しげに言うリュシアは、とても可愛いと思う。これが駄目だとか かなり贅沢だと思うが。
「じゃあ、もしかしてサーシャと?」
「違う、サーシャは、その……。」
 言っていいのかと悩むリュシアの顔を見て、なんとなくぴんと来た。ああ、それならば仕方がない。
「世界の平和の報酬ってとこか。ま、誰にもいわねーでおくよ。」
 そう言うと、リュシアの顔がぱっと輝いた。
「ありがとう。」


 笑った。
 笑ってくれた。俺に。
 あの男に笑うのとおんなじ風に。
 なんでこんなに嬉しいのか。そんなこと本当はとっくに気がついている。
 恋人じゃないのなら、俺にもまだ可能性はある。
 これからずっと一緒に働くのだし、時間はたっぷりあるのだ。
 俺はもう一度、銀髪の男をにらみつけ、決意に燃えた。


 町の人視点から、トゥールたちを表現したかったんです。あと日常らしさを。リュシアもそれなりにそこそこは もてて?いるんだよと。
 ちなみにあまり話題に出なかったトゥールは、旅に帰って来てからは相当(名声も含めて)もてるように なってきています。旅に出るまではそうでもなかったのですが。(これはリュシアもですが)

 セイはあとがきでも言ったとおり、トゥールと一緒に旅に出たり、世界中を気ままに回ったりしているのですが、気がつけば 情報屋扱いになってきています。作中の取引はそんな感じなのです。

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