〜 籠の星に願いを 〜



 夕方少し前。ルイーダの酒場に空白の時間が訪れる。この時間は客もほとんどいない。だが、厨房は料理の 下ごしらえで大忙しになる、ある意味一番忙しい時間。
 ようやく材料を切り終わったリュシアが、火にかけてあったなべの中身をぐるぐると回していると、 ちりんとドアベルが鳴った。
「あ、お客さーん、っと。」
 この時間はろくなものが出せないため、積極的に断るわけではないが、一応注意することにしているのだ。が、 入ってきたのが銀髪の常連だと知って、ルイーダの店主、ガイは聞こえない程度に小さく舌打ちした。
「なんだお前か。リュシアか?」
「ごめんなさい、忙しいときに。ちょっといいかしら?」
 セイの後ろから顔を出したのは、美しい青い髪の少女、いやもう少女とは言えないだろう、美しい女性を見て、 ガイは固まる。
「あ、えっと、サーシャ……め、珍しいな。」
 もう何度も見た顔だが、決して見慣れることはない。年をとり、ますますの輝きを放っているサーシャに 心奪われない男はいないだろう。
「そうなの、セイに声をかけられて。リュシア借りてもいいかしら?」
 急いで調理を終わらせたらしいリュシアが、ぱたぱたとサーシャへ駆け寄った。
「セイ、サーシャどうしたの?」
「なんだかセイが話があるらしいのよ。」
「ま、とにかく座ろうぜ。」
 セイの言葉に、三人は近くにあった椅子に座った。

「それでどうしたの?珍しいじゃない。そういえばトゥールと一緒にいたんじゃないの?」
 サーシャの言葉に、セイは軽く頭を掻きながら答えた。
「簡潔にいうとだ。捕まってる。」
「捕まってる?!」
「どうして?」
 一斉に問いかけてきた二人を手で制す。
「まぁ心配するな。あいつに危険はねぇから。一から説明するために二人をここに連れてきたんだからな。」
 そう言われ、それでも二人は心配そうにセイを見た。


 ロンダルキアを北に抱くその国は、ペルポイと言った。
「つっても本当はもっと長い名前らしいけどな。国民くらいしか覚えられないっつってたな。これが国としては それほど歴史があるわけじゃないらしいが今一番金持ちの国らしい。」
「そういえば、砂漠の町で聞いたような……鉱業の国だとか言ってたわね。」
「まぁな。そこでしか取れない鉱石があってだな、それが中々すげえらしい。一般には灯石って呼ばれているらしい。 硬くて丈夫。そして魔力を通しやすい性質を持っていて、特に幻の術と相性がいいらしいな。」
「それがどうしたの?」
 サーシャは首をかしげる。その何気ないしぐさも、見慣れているセイでさえ息を呑むほど美しい。そのことに セイはにやりと笑って言った。
「まぁ、一から話をしようぜ。」


 大きな鉱山に抱かれ、その後ろにはかの山脈ロンダルキアが見下ろす。そんな国ペルポイは今祭りに盛り上がっていた。
「うわぁ、これなんの祭りなんですか?!」
 屋台から鶏肉の塩あぶり焼きを買ったトゥールは、屋台のおじさんにそう尋ねる。
「あんた知らないで来たのかい?ここの王様の在位15周年だよ。まったく今は灯石のおかげで景気もいいだろう? だからもう大盤振る舞いさ!!」
 そういいながらおじさんはセイにも油たっぷりの鶏串を渡す。かじると皮はぱりぱり、それでいて 肉はジューシーで肉汁が口の中で広がる、絶妙な味わいだった。
「まぁここは、いいところにあるよな。山もあるし海も近いし。この鶏串も絶品だがせっかくだ、お勧め料理あるか?」
「ああ、それならマンジ亭の鉱山丼なんかお勧めだね。時には店から客があふれるくらいだよ。」
 そう教えてくれたおじさんに手を振りながら、トゥールも鶏をかじる。
「うーん、困ったな。」
「ああ、さすがにこう人が多くちゃ、聞き込みもできねーな。」
「逆に人が多いんだし、チャンスといえばチャンスなんだけど……旅人がいても違和感ないみたいだしね。」
 そうトゥールが旅をしている理由。それは父オルデガを探すためだった。

 旅が終わり、トゥールは母にすべてを話した。どうやってアレフガルドに行き、世界を周り、サーシャの ことだけはごまかしたが、ルビスと出会い、自分の役割を知ったこと。そして、父オルデガとの出会いと別れもすべて。
「ごめん、母さん。僕間に合わなかった。あと少しだったのに……。」
「ごめんなさいね、トゥール。私はあなたのことを愛しているし、誰よりも信じているわ。」
 やさしく微笑む母に、トゥールは怪訝な目を向ける。
「……母さん?」
「でもね、トゥール。母さんそれだけは信じないわ。あの人が死んだなんて。」
「……母さん……。」
「あの人は約束してくれたの。必ず帰ってきてくれるって。それに……骨も遺品もないのだもの。 私はあの人を信じます。」
 まっすぐな強い目。誰よりも、何よりも心の奥底から信じているその目。それを見て、トゥールは決意した。
「うん。母さんが信じるなら、僕も信じる。ねぇ母さん、僕探しに行くよ。」
「トゥール?」
「僕が見たのは実体じゃなかったんだし、本当に生きてるかもしれない。ただし記憶喪失かもしれないからさ、 僕もう一度探してみるよ、母さん。僕もそれを信じたい。」

 そうして、トゥールは再びあの世界に旅立った。ただし今度はそれほど長く留守にはしない。急ぐ必要はないのだ。そうして のんびりゆっくり、トゥールの旅が再び始まったのだ。


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