「まぁ、あせることもないかな。……とりあえずのんびり祭りを見て回ろうよ。なんかお土産買って帰ってもいいしさ。」
「……だな。」
 セイはのんきに言うトゥールをじっと見る。トゥールはいつもどおり笑っているようで、どこか遠くを 見ているようにも見えた。
「せっかくだからサーシャにお土産探してみようかな。」
「あー、そうかいそうかい。ま、うまくやれよ。泣かしたら俺の会心の一撃とリュシアのイオナズンがうなるからな。」
「そんなことしなくても、まずサーシャがやってくるんじゃない?泣かさないけどさ。セイはリュシアにお土産買って行けば?」
「あー、そうだな、ま、いいのがあったらな。」
 人々が嬉しそうに浮かれ騒いでいる祭りを、流れに沿って歩いていく二人。やがて息苦しくなった二人は、 少しずつ人気のない場所を求めはじめる。
 ふと、トゥールが跳んだ。人波を飛び越え、そのまま薄暗い裏路地を駆けていく。
 セイはその後を追いかけるが、追いつく前に、トゥールは目的にたどり着いたようだった。

 剣で馬車の車輪を一閃する。真っ二つにされた車輪のおかげで、馬車は傾き、動かなくなる。
「なんだお前は?!」
「悲鳴を上げる女の子を馬車に詰め込むようなやつらに名乗る名前なんかないよ。」
 そう言い放ったトゥールに、確かにまっとうではなさそうな男たちは馬車から降り、トゥールに襲い掛かる。その数、 四人。
 腕自慢らしいあらくれ男が倒れてしまうまでに、セイは間に合わなかった。それほどまでにあっけない。
 セイがついたころには、トゥールは剣をしまい、馬車の扉をあけた。
 そこには大きな袋があった。急いで中を開けると、そこには金の巻き毛、紫の目をした愛らしい女の子がいた。
「大丈夫?怪我はない?ちょっと手荒な真似しちゃってごめんね。」
 優しく声をかけてきたトゥールに、女の子はきょとんとしている。まだ状況がつかめていないらしい。
「君の悲鳴が聞こえて、見たら強引に詰め込まれている君の足が見えたから……念のために聞くけど、 知り合い、とかじゃないよね?」
 女の子は小さくふるん、と振った。
「誘拐されそうになっていたってことでいいのかな?」
「それより怪我はないか?かなり手荒くされたんだろ?」
 横からセイがひょい、と顔を出し、女の子は一瞬体を震わせるが、トゥールはにっこりと笑った。
「大丈夫だよ、彼は信用できる人だから。ごめん、最初に聞かないとだめだったね。怪我ない?治せるよ。」
 女の子はおずおずと首を指差す。そこには薄くではあるが、赤くなっていた。どうやら刃物を当てられたのだろう。 切るつもりはなかったらしく傷にはなっていない。
 本来なら治療魔法を使うような傷ではないが、トゥールは安心させる意味も込めてホイミを使った。
「うん、痕も残らないから安心してね。もう痛いところない?良かったら送っていくけど。」
「……貴方に抱き上げることを許すわ。」
 少し震える声で、少女はそう言った。少し意外な言葉にトゥールは一瞬驚くが、すぐにこやかに微笑んだ。
「それでは失礼して。……どちらに行けばよろしいですか?」
「こんな裏通りから出れば、すぐ駆けつけてくれると思うわ。」
 まるで王子様よろしく礼儀正しく少女を抱き上げたトゥール。少女は心なしかその胸に寄り添い嬉しそうにしている。
(あーあ、二人がみたらどう思うかね。)
 とはいえ、トゥールの相手役には若干年が足りないだろうが。セイはそんなことを思いながら縛り上げた男たちを踏みつけ、 トゥールたちの後へと続いた。


 とんでもないことになった。と、セイは思う。
 どうやら先ほど助けた娘は、この国の王女ヴェリーナだったらしい。
 国王は早くに王妃をなくし、一人娘であるこのヴェリーナ王女を溺愛し、この国の一番の宝であると明言しているのだから、 この王女を連れて大通りに出たときは、もう大騒ぎになった。
 まず、トゥールへの誘拐疑惑が持ち上がり、ヴェリーナ王女のおかげでそれを免れ、それから国王への謁見が進められ、 断るまもなく城へと連行……もとい、招待された。
 城など嫌いなセイとしては逃げ出したかったが、下手に逃げると誘拐疑惑が再び持ち上がるのもやっかいだと判断し、 おとなしく後ろに着いていったのだ。
「感謝しよう、異国の者よ!ヴェリーナが無事だったのもそなたのおかげ!この大事な祭りに、よもやヴェリーナがいなくなることを 考えると、それだけで世界は闇へと沈んでしまう。」
「もったいないお言葉です。」
 トゥールが小さくそういうと、王は満足したようにうなずき、そして美しく着替え、横に座っている王女を見る。
「ヴェリーナもいかんぞ、そなたは世界で一番愛らしく美しい娘。悪漢どもが狙うのも当然じゃ。なのにお忍びで町に出るなど……。」
「だってお父様、私、退屈だったんですもの。お祭り、こんなに楽しそうだったのに、私が 楽しめないなんておかしいじゃない。」
「ああ、そうだな、ヴェリーナ。悪いのはあの悪漢どもだ。確かにヴェリーナは世界一可愛く美しいが、よもやそれを 売ろうなどと……。」
(……こういうの親ばかっていうんだろうなぁ……)
 トゥールはぼんやりとそう考えた。だが、王の発言も無理はなかった。
 輝くような金の巻き毛、アメジストのような瞳、そして均整の取れた顔と細く そして白い体。13歳としては若干幼い顔立ちではあるが、大人への第一歩を踏み出した、子供とは言い切れない不思議な雰囲気。
 国王はおろか、国民すらも皆王女を愛し、骨抜きにされていた。すでに気の早い求婚者が列を成しているのだという。
「そうよ、お父様ったら、ひどいんだから。」
 ぷう、とほほを膨らますそのしぐさも、確かに愛らしくそして美しい。すでに謁見の間にいる兵士たちは、皆 その美しさに見とれていた。

「それで、トゥールと言ったか。そなたの功績をたたえ、なにか褒美を授けよう。」
「いえ、王女様がご無事であらせられただけで十分です。たいしたことはしていませんし。」
「ほほぅ、なかなかわかっておるな。」
 事前に考えていたトゥールの言葉に、王は満足げに笑う。そこに王女が口を挟んだ。
「お父様、私、考えていたのよ。トゥールへのご褒美。私の側に仕えさせてあげるわ。わたし、トゥールが 気に入ったの。」
 にっこりと笑う。トゥールがあわてて首を振る。
「いえ、僕のような旅人風情が、王女に仕えるなど恐れ多いことですから。」
「いいのよ、トゥール、そんなことは気にしなくても。」
「うむ、ヴェリーナがそういうならそうしなさい。良かったな、トゥール。」
(ああ、これは人の言葉を聴かない、傲慢な王族の展開だな。)
 後ろで見ていたセイが身構える。どうなっても切り抜けられるようにだ。
 トゥールもそれを悟ってか、なんとか穏便に片付けようとする。
「いえ、僕は目的があって旅をしておりまして、それもまだ途中なので……。」
「なによそれ。いいじゃない、私の側にいられることより大切なことなんてないでしょう?私、今だって綺麗だけど 大きくなったらもっと綺麗になるわ。世界一、この世の誰よりも。その側にいて、崇められるのよ?それより 幸せなことなんてないわ。」
 断られるとは思っていなかったのだろう。若干いらだたしげに言うヴェリーナに、トゥールはひとつ息を吐いた。
「僕はあなたを崇めない。僕の女神はもう決まっているから。その人以上に僕にとって綺麗な人なんていないし、その人以外に 心奪われることはないんだ。だからごめんなさい、僕はあなたの側にはいられない。」
 トゥールは、きっぱりとヴェリーナの目を見てそう言った。
「な、なによそれ、私の申し出を断ると言うの?私より美しい人なんていないわよ!!」
「僕にとっては違います。僕にとって、彼女以外の人を美しいとは思えない。貴方は可愛くて綺麗だと思うけれど、僕が心から たった一人思う人は、すでにいるんです。」
 トゥールの言葉に、一瞬広間が静まり返り、そして怒りを含んだヴェリーナの声が響いた。
「捕らえなさい……トゥールを捕らえなさい!!!」
「セイ!!!」
 その言葉と同時に、トゥールは自分が持っていた荷物をセイに投げた。セイはそれを受け取り、そして呆れた顔を して言葉を返す。
「おっまえ相変わらず振り方が下手なんだよ、ちょっと反省してな。ま、前よりはましだけどよ!!」
 セイはそう言って身を翻すと、迫りくる兵士たちをひょいっと飛び越え、軽々と広間から逃げ出した。



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