〜 目覚めの子守唄 〜



 セイは右手に持った白い布をもてあそんだ。
 それは真珠の光沢を持った布。不思議な文様を描きながら編んでいる、少し変わった布だった。布と いってもそれは太さは親指の長さほどしかなく、長さはセイの片手ほど。
 そう、それはいわゆる、白いリボンだった。
(俺ってワンパターンだよな……)
 でも仕方がない。これを見た瞬間、あ、リュシアに贈りたいな、なんて思ってしまい、つい買ってしまったのだから。

 旅に出た頃は、ちょうどあごあたりでそろえられていた髪も、今はちょうど肩を過ぎて、胸にかかるほどまでに 長くなっていた。
 リュシアの髪は綺麗だ。艶とこしがあり、色も薄墨のようなものではなく、しっかりとした輝く夜の色。動くたびにさらさらと 動くその髪に、指を絡めてみたいと、思う。
(いや俺は、ただ料理するのにそろそろ邪魔だろうと思って、だな。)
 なんとなく心の中で自己弁護をしてみる。
 そう思いながら、またリボンをもてあそぶ。
 この感情は、本当に恋なのだろうか。
”そんな気持ち、セイは分かってくれてるって、思ってたのに…。”
 全面的な信頼。心をすべて、差し出してくれた少女。
 それを守りたいと思う気持ちは嘘じゃない。特別だと、大切だと思う気持ちも。
 けれど、それはある意味、トゥールやサーシャも同じことで。
 時々心臓が揺さぶられることはあるが、何にも感じず話すこともできる。何日顔を見なくても恋しくてたまらない、 というわけでもない。可愛いとは思うが、でもそれだけで。
 なんというか、中途半端なのだ。特にトゥールとサーシャの特別な絆を見ていると、自分はどうなのだろう?と 思ってしまうのだ。
 創世神に逆らってなお、サーシャを特別だと言うトゥール。作られた存在意義を犯してまで愛したサーシャ。
 とても自分が抱いている思いはそこまでとは思えない。
 あの二人は、きっとこの先いい家庭を築くのだろう。
 では、自分は?例えばリュシアと、結婚して、家庭を築きたいのか?首を振る。とてもそんな想像ができないし、 男ならば当然沸くはずの邪な欲望すらも、リュシアに対して感じるかと言うと首をかしげる。
 たとえばこのお土産も、家族が円満だったのであれば、弥生にお土産を持っていきたいと思う気持ちと 同じかもしれない。
 さて、自分はどうなりたいのか。どうしたいのか、リュシアにどうなってほしいのか。
(どうすっかな……。)
 セイは頭を掻きながら、リュシアの今の家である教会の裏側に到着した。
 とりあえずこれを適当に渡してしまおうと、ドアをノックしようと腕を振り上げたときだった。


 一番最初に気がついたのは、頭の奥がささやかに、暖かく輝く感覚。
 それが歌声だと気がついたのは、その後だった。
 小さくもれるその歌声に引かれて、ドアをノックせずにその場所を探しながら、庭の草木を縫って歩く。
 そして、換気のためだろう、少しだけ開かれた扉の向こう側。
 子供部屋でベッドに寝ている赤子に、子守唄を歌っているリュシアが見えた。

 それは、口から発せられるたびに、空気すら輝かす、麗しいという言葉では足りない、極上の調べ。
 やわらかで、暖かで、……この世のすべてのほめ言葉を重ねても、この感情にはまだ足りない。
 体を、脳を、心を、脊髄を、すべてを侵される。なのに優しい。海のように迫りくるその波動は、 セイを優しく包み、そして抱きしめる。
「なん、だ、これ……。」
 壁に背をつけて、そのままへたるように座り込む。この高揚感。なのに安らぐ。歌だけが 体を、世界を支配していく。
 なぜ、涙がこぼれるのか。それが心地よいのか。セイにはわからない。
 けれど今は、ただその歌に耳をそばだてること以外、何もしたくなかった。


「……い、せい……おきて、……い。」
 優しい、暖かな声音。そっと目を開けると、黒髪の女が、優しく自分の頬に手を当てる。
「か、あさ……」
 寝ぼけながらそう言って我に返る。そんなわけがない。あの人はただの一度だって自分にこんな優しい 声を、微笑を向けてくれたことなど、ないではないか。
 当たり前だが目の前にいるのは、あの母親とはまったく似ていない童顔の女で、まったくこの 人物が17歳だとは信じられない。
「セイ?どうしたの?こんなところで倒れて。」
 どうやら寝ていたのかとセイは思う。冷たい土の地面に、硬い壁を背に、それでもその眠りは 今までの中で最高の、至福の睡眠だった。
「あ、いや、その、……貫徹だったんだよ。」
「大丈夫?」
「平気だ。今寝たしな。」
 そう言って苦しい言葉でごまかすセイに、あっさりごまかされるリュシア。
「良かった、倒れてるかと思って、びっくりした。」
 目の前にいるのは、本当に幼くみえる少女だ。
 それなのに、なぜだろう、どうしてだろう。その座っている膝に甘えたいなんて考えてしまうのは。
 抱きしめて守りたい、そう思っていたのに。今はなぜか、その胸の中で安らぎたい、そう考えてしまう。
 窓の向こう側に一瞬見えた、母性あふれた微笑。そして、あの謳。
 なんだか自分の考えがまとまらなくて。そんな感情が恥ずかしくて。セイの顔はみるみる赤くなっていく。
 ああ、でもわかっていたじゃないか。リュシアは、自分の目の前に飛び出して、あの父親の暴力から 身を挺して守ってくれた、そんな少女なのだ。


「セイ?大丈夫?熱?」
「い、いや、違う違う。」
 セイは勢いよく顔を振るが、リュシアが心配そうに手を伸ばす。なんでだろう、そのなんでもない手にさえ、 なぜか母性を感じてしまう。
「でも、本当に真っ赤……。」
「いや、違うって、寝起きだから、体が暖まってきただけだ!」
 振りはらうこともできず、額に当てられた手からただ少しあとずさって逃げるが、その赤面は隠しようもない。 セイはごまかすために手に持っていたリボンをずいっと差し出す。
「土産。安もんだけどな。」
「わ、綺麗。」
 きらきらと光るリボンは、リュシアのお気に召したのだろう。日にかざしてみたり、じっと織り目を見てみたり、 嬉しそうにしている様は、先ほどの様子が嘘のように子供っぽく可愛い。
「髪の毛、料理するのにそろそろ邪魔だと思ってな。」
「あ、うん。邪魔、かな。」
「いや、綺麗に伸ばしてるけどよ。」
 セイがそういうと、リュシアの顔がぱっと輝いた。それがあんまり嬉しそうで、なぜかセイの顔が 再び紅潮しはじめる。
 それを見られるのが恥ずかしくて、セイはリュシアからリボンをするりと奪う。
「良かったら、結んでやろうか?」
「あ、うん。」
 リュシアはそのままセイに背を向ける。残念ながら櫛などというしゃれたものは持っていないので、手で ゆっくりとリュシアの髪をほぐしていく。
 こしと艶があるその髪は、まるで清水に手をつけているような、そんな錯覚さえ覚える。とても心地よくて、 セイは何度も何度も、丁寧に丁寧に髪を解く。
 これは、ずっと欲しかったもの。そして憎かったもの。けれど今は、……ただ愛しい。
 そうしてセイは器用にみつあみを結わえ、その先をリボンで止めた。
「……あ、ありがと。」
 そう言いながらも、なにやらリュシアはうつむいたまま、こちらを向かない。
「もしかして痛かったか?丁寧にやったつもりなんだが。」
 リュシアは首を振る。そうしてセイはようやく、リュシアの耳が真っ赤になってることに気がついた。
「あ、えと、に、あうんじゃ、ねぇか?」
 つられて赤くなりながら、セイはその言葉を搾り出す。リュシアは、ただ何度もうなずいた。
 気まずい時間。なにやら心臓がやたらにうるさく、とりあえずセイはそろそろ退散することにした。
「ん、じゃ、ま、そういうことで、あの、まぁまたトゥールたちが帰ってきたら、また。」
 そういって立ち上がろうとするセイを、リュシアは急いでセイの手をつかんで止める。上げた顔は真っ赤だった。
「あ、待って、あの、あのね。」
「な、なんだ?」
 セイは、もうなんだか頭の中が真っ白だった。そんな気持ちを知ってか知らずか、おそらく知らずにリュシアは 言う。
「あの、あのね、三日後、お休みもらってね。その、予定がなかったら、一緒に、来て、欲しいんだけど、だめ?」
「あ、ああ、いい、が、な。」
 何度もつないだはずの手を妙に意識してしまうのはなぜなのか。それをするりと離されたとき、ホッとさえした。
「ありがとう。」
 そうして微笑んだリュシアの顔は、いつものリュシアで、でもなぜかいつものように見ることができなくて。
 もう、悩んでいたことなんてすっかり忘れて、セイはただリュシアに微笑むことしかできなかった。


 知ってますか……こいつら20と17なんだぜ……?
 なんか二人とも恋愛に関してはものすっごい奥手なイメージがあります。特にセイは。
 セイが初めてリュシアの歌声を聴いたという話。一応籠の星に願いの中に入れるつもりだったんですが、 無理だろうよ、私。ちなみに今サーシャは王様王女様と対決真っ最中くらいです。
 まぁこの二人はこんな感じて遅々とした恋愛をしていればいいと思う。

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