〜 呪術師の受難 〜


 門番に頭を下げながら、アルフは王城の門をくぐる。
 すでに顔パスとなりつつあるラダトーム城に訪れるのは、非常に憂鬱な時間であった。

 アルフ=コールフィールドはラダトーム建国以来代々続く呪術師の家系の一人息子だ。ラダトーム 王家の信頼も厚く、お抱え呪術師、といっても良い。
 呪術といっても人を呪うまがまがしいものではない。元々魔法使いと呪術師の違いなど、呪文を使うのが専門家、 魔法陣や触媒といった道具を使ってもうちょっと大掛かりなことを行うかの違いでしかない。
 たとえば、食べるだけで傷が治る薬草なんかは呪術の成果の一つだ。ホイミと 違い、薬草というアイテムはいるが、たとえ魔力がなくても誰にでも扱える。それはどちらがすばらしい というものではないと、アルフは思っていた。
 だからたいていの場合は、呪いのアイテムの破却だとか、祈祷だとかそのようなことばかりだったのだが。

「どうかなさいましたか?アルフ様?王様がお待ちですよ。」
 兵士にそういわれ、愛想笑いを浮かべる。だが、気分としてもそのまま回れ右して帰りたくて仕方がない。
 アレフは王が嫌いだったからだ。
 そうあれは10年ほど前。自分がまだ少年だった頃。王は祖父にこう依頼してきたのだ。
『不老不死の呪を研究して欲しい。』と。
 権力者が誰もが憧れるそれは、当然のことながら禁忌であり、またそう簡単には……いいや、無理だと断言してもよい。
 最上級といわれる神の武器といった聖遺物や、天上界に住むといわれるペガサスの羽、 この世ではありえない常若の乙女の生き血などが仮に手に入ったとしても、とてもではないが無理だろう。
 そう何度も説明しているのだが、王はそれでもせっつき、研究結果を聞きたがる。元々は祖父への以来だが、 最近足腰が弱いため、代理として自分が行くことが習慣になっていて。
 おそらく、今日もその用件なのだろうと思うと、気が重かった。

 王がせっつく理由はあれだろう。海を挟んで目の前にある、邪悪なる城。かつての大魔王の居城に現れた、 竜王という魔王。その魔王が先日、ドムドーラを滅ぼし、そしてこの城にも攻め込んできたのだという。幸い 王は無事で、城下町には被害が出なかったが、恐れおののいても仕方がない、とは思うのだ。
 自分を初め、国民はいつかルビス様が救ってくださる、そしてロトの勇者の末裔が 竜王を倒してくれる、それだけを信じて祈るように日々をすごしているのだ。
 だからこそ、気持ちはわかるが、それと不老不死とはまた別だ。そんなものを求める人間が、 まともだとは思えない。
 そんな君主を持ってしまったということと、いつもと同じように美麗美句を並べながら断ることを考えると 胃さえ痛かった。
(嫌なことはさっさと済ませてしまおう。)
 アルフはそんな不遜なことを考え、少し足を速めた。


「……は?」
 玉座の間に跪き、いつものように遠まわしに研究は進んでいないと言うはずだった。
「……なんと、おっしゃられましたか?」
「勇者ロトの血を引きし、勇者アルフよ、そなたの来るのを待っておったぞ。」
 王は律儀にもう一度言い直した。
「……恐れながら、王様、人間違いではございませんか?」
 ほとんど呆けながら、アルフはそう言葉を返す。
「ご存知の通り、私はアルフ=コールフィールド。国王様からもごひいきにしてくださっている、ラダトーム建国 以来より続く、呪術師の一人息子です。」
 だから、ロトの勇者というわけではない。呪術師という職業にはばかるものはないが、勇者という華々しい職業などは とてもではないが似合わない。
 だが、王は目を見張る。
「つまり、そなたは自らの素性を知らぬわけじゃな?」
「素性も何も……。」
 自分は間違いなく両親から生まれ、父も間違いなくコールフィールドの人間で、母もラダトーム出身の平凡な 町娘。決してロトなんてものに関わっているような人間ではない。
「コールフィールドの当主、つまりそなたの祖父が若き頃、一人の娘と出会い、駆け落ちした。 その娘、つまりそなたの祖母は、代々続くロトの本家の四女だったのじゃ。」
 その言葉に、アルフは目を丸くする。そう、確かに祖父と祖母は駆け落ちだった、と聞いたことがある。でもだからって、 祖母がロトの血筋など、とてもではないが、信じられない。祖母は温和で上品な人だったし、父も 勇者らしいところなど、どこにもなかった。
「しかしそれは、私など、勇者と言えるようなものでは……なによりそれでは本家の方がいらっしゃるのではありませんか。 私のような薄い血のようなものを、わざわざ選ばずとも……。」
「ロトの家系はドムドーラに根付いておった。……そしてそれも先日滅ぼされた。おそらく竜王がドムドーラを 襲ったのは、ロトの家系を滅ぼすためなのじゃろうな。」
 アルフは今度こそ言葉を失った。だが、王は感慨深げにうなずく。
「じゃが、竜王も駆け落ちした娘の行く先までは知らぬのじゃろう。だからこそ、そなたが残ってくれた。ロトの 血を引く最後の一人の勇者、それがそなたじゃ。」

 アルフは危険なものを感じる。このままでは本当に『勇者』とやらにされてしまう。
「お待ちください!!その、私は、勇者の教育などなにも施されていない、ただの呪術師です!そんな王様のご期待に沿えるような ことなど、」
「そなたの腕は立つと聞いておるぞ。ほれ、先日兵士たちが5人がかりでようやく勝てるという竜を倒し、そのうろこを 持って帰ってきたのじゃろう?」
 確かにアルフは剣も魔法も一応は使える。呪術に必要な薬草や魔物の牙や羽などを採取するためだ。けれどそれは ある程度不意をつくこつなどが分かっているだけで、魔王に正面切って勝てる実力などまったくない。そして 先日の竜はたまたま運が良かっただけだった。
 だが、王もこれ以上言葉を重ねる気はないようだった。
「その昔、勇者ロトが神から光の玉を授かり、魔物達を封じ込めたと言う。しかし、いずこともなく現れた 悪魔の化身竜王が、その玉を闇に閉ざしたのじゃ。勇者アルフよ、この地に再び平和を! 竜王を倒し その手から 光の玉を取り戻してくれ!」
 もう、何もいうことはできなかった。アルフは挨拶もそこそこに、ふらふらと城から出て行った。


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