〜 呪術師とロト 〜


 メルキドの南に広がる大草原。そこは草花が咲きほこる美しい場所だったと、一度だけ尋ねた アルフは覚えていた。
「……嘆きの、沼、ね。」
 今はその全てを毒の沼地に支配されていた。竜王にこの大陸が支配されてから、あちこちに毒の 沼地が現れたが、ここの巨大な様子は目を見張らんばかりだ。
「まさか、この沼を全部さらえってのか?死ぬぞ。」
「……困ったね。でも、私もがんばるから……。」
「いや、ローラは見てろ、気がついたら毒が体に回って死ぬぞ。ただでさえ小さいんだから。それより、 何か感じるか?方向とか。」
「こっち、かな?ちょっとだけだけど……。」
 そう言って指差した方向を、アルフはじっと見た。
「ああ、方向が分かっただけ助かった。それじゃ、危ないがここで待ってろ。危なくなったらキメラの翼で 逃げろよ。」
「やだ、一緒に行く!だってもっと近くになったら、ちゃんとした場所、分かると思うし、 広すぎるから大変だから、一緒に行きたい!」
「でも、お前、毒が回ったら死ぬぞ?ローラが体が小さいんだから、死にやすいだろうし。抱き上げてればいいだろうが、 モンスターが万が一襲ってきたらどうするよ?それにここに埋まってるなら両手使って掘り出さないといけねぇし。」
「でも、ずっと探し続けたらそれこそアルフ死んじゃう……。」
 がしっと足をつかんで話さない様は、子供がダダをこねている様子そのままだった。
「子供じゃねぇんだから……。大丈夫だから、いい子にしてろ。分かったな?」
 ローラはしぶしぶながら、うなずく。そうして、おとなしく座り込んで、キメラの翼を持った。


 ローラに見送られながら、沼地の奥へと進んでいく。アレフは盛大にため息をついた。
(ロトの末裔ってだけでなんだって、毒の沼地を歩いて、物探しをしないといけねーんだ俺は。 竜王よりなによりこの運命を呪いたいぜ。なんだって俺はこんなことしてるんだ、なんで俺だけこんな目 にあうんだ、他のやつらも同じ目に遭うべきだろう……。)
 ぶつぶつとつぶやきながら、全てを呪い歩いていく。ダメージはないとはいえ、じめじめした空気、 歩きにくい泥状の地面、なにもかもが気に入らない。
 もう何もかも嫌になり、引き換えしてやろうかと考えた時、後ろでこちらを見つめているローラを見た。
 瞬間、我に返る。
(なるほど嘆きの沼とはそういうことか。)
 おそらく、これは誰かの嘆きの呪い。誰かを苦しめたくて不幸にしたくて生み出された毒の沼だ。
 浸かっていれば絶望に飲まれ、そのまま沈む。
 アルフは再び前を見て歩き出す。今度は自分を持ちながらも、ゆっくりと進んでいく。
 おそらく、沼の中央ほど。唐突に浮き上がる赤い魔法陣に、アルフの顔がほころんだ。
「ありがたいな……探してさらう必要はなさそうだ。」
 やはり、最後の一つとなった魔法陣には、今までほどの力はなさそうだった。
 それでもこの毒の沼地で、魔法陣の形を保ち、そしておそらく この沼を生み出す一因となっているところからも、この魔法陣、しいてはローラの血の威力はおしてしるべし、だが。
 いつもどおりの手順で、結界をはがし、沼に手を突っ込む。それほど探らないうちに、ひんやりとした 感触にあたり、それを手に取った。


 ローラは何かを手にとってこちらに向かってくるアルフを見て、少し疑問を感じた。
 顔が喜んでいないのだ。むしろどちらかというと苦悶、という表情でさえあった。
「アルフ?どうしたの?大丈夫なの?毒が回った?」
 アルフは何も言わず、手に持っていたものを差し出す。
 それは、アルフの鎧についているのと同じ紋章、つまりロトの紋章をかたどったプレートだった。
 だが、その美しいはずのプレートには、幾重もの白い霧のようなものが取り囲んでいた。それは時に アルフに噛み付き、首を絞めようと体を伸ばす。よく耳を澄ますと、苦悶のうめき声が聞こえた。
「……アルフ……。」
「幽霊だ、多分、ドムドーラを滅ぼした時に、ロトの末裔の霊魂を強引に取り付かせたんだ。」
 ここに残っている霊は、ロトの印を守る使命感、そして生きているもの、なによりも 自分を犠牲にして生き残ってしまったアルフに対しての恨み、そして殺された苦しみに喘いでいる。
「……助けて、あげられないんですか?」
「俺は、呪術師なんだ、僧侶でも霊媒師でもない。一応知識として知ってるが、これは強力な 魔力によって取り付かせられている。下手をすると印が壊れるどころか、幽霊の憎しみも つのるだけだ。……多分、俺だけじゃない、他のやつでも無理だろう、力が足りないんだ。」
”それも試練じゃ。それしきのことがこなせぬようでは、竜王は倒せぬからのぅ。”
 意地の悪い試練だと思った。
 そろそろ認めざるを得ない。ドムドーラは自分のために滅びたのだ、と。
 これだけ結界を解いても、竜王からは何のリアクションもない。それはおそらく『ロトの末裔は滅ぼした』と油断している からだろう。
 ……もしもドムドーラが滅ぼされていなかったら、きっとすぐに敵が来て自分は殺されていただろう。
 そして、おそらくこの幽霊たちはそれを自覚している。だからこそ、自分に対して恨みをぶつけようとしているのだ。
 勇者となれなかった恨み、命を散らされた嘆き。それがこの毒の沼を作り出した。
 おそらく、それを鎮めることで、勇者であることを証明して見せよ、そういうことなのだろう。
 だが、自分には浄化することは無理だった。
 儀式をして神聖なところにおいておけば、時がたてば浄化できるだろう。だがそれではだめなのだ。
 アルフはいったん印を横に置き、ローラの前に跪いた。
「……アルフ?」
「ローレシア姫。頼みがあります。最低な願いです。竜王と同じ浅ましい行為です。 けれど、どうしても、これしかない。…… 貴方の血を、少し分けてくれませんか。この印の浄化のために。この幽霊の嘆きを癒すために。」


 姫が返事をするまでの一呼吸の間、まるで死刑判決すら受けるようなそんな気持ちでいたアルフに、ローラは にっこりと微笑んだ。
「ええ、喜んで。」
「いいのか?!俺が言うのもなんだけど、ひどいぞ?!嫌だろ、そんなの?」
「竜王に使われた時は、嫌でした。苦しくて悲しかった。けれど、人助けに使うのなら、 アルフに使ってもらうのなら、私は……こんな忌まわしい体でも役に立てるのだと、少しは 誇りに思えます。」
 そう言って微笑むローラの姿が一瞬別のものに見えた。金の髪サファイアの瞳の17歳くらいの美しい女性だった。
 アルフが目をこすると、その姿はどこにもなかった。
「……アルフ?」
「いや、ありがとう。お前、いい女だな。」
 そう言って微笑むと、ローラは頬をぽっと染めた。そして何かに使えと渡してあった短剣を取り出した。
「血、今ここでいいんでしょうか?」
「ああ、頼む。」
 アルフがうなずくと、ローラは少し怯えた表情で、短剣を首筋に当てた。
「ちょっと待て!そんなにいらねぇ!っていうか死ぬだろ、下手したら!!」
 あわててローラの腕をつかんで止めると、ローラは驚いた表情でこちらを見た。
「あ、そうなんだ、あの、じゃあ、どこ、切ればいいの?」
「えーっと、じゃあ腕か手首でいい。そんなに深く切らなくて良いぞ。傷は治すから安心しろよ。」
 そう言いながらも、アルフは複雑な気持ちだった。まっさきに首を切ろうとしたということは、 つまり竜王はそこを切ったのだ。
 たとえ治されたとしても、それは恐怖であったろうに、姫はためらいなくうなずいてくれたのだ。
 ローラは、少しためらいながらこちらを見て、そして腕に縦にナイフを入れた。

 それは不思議な光景だった。
 ローラの血は、傷口からふわりと煙のように浮かび上がり、そのまま空中をくるくると回ると、ゆっくりと シャボン玉のように空中をたゆたっていた。
 アルフは一瞬目を見張るが、その空を浮かぶ血に指を入れ、そのままロトの印に浄化の陣を書きいれた。
「我が願う。偉大なる英雄の血に連なる者よ、全ての母神に祝福されし一族よ、真に高貴なる者の情愛に より、その憎しみを溶かしたまえ。汝らにふさわしい場所へと導かれよ。全てを浄化する空へと帰りたまえ。」
 その効果は覿面だった。ロトの印にまとわりついていた幽霊は光りだし、ゆっくりと空へと昇っていく。禍々しい 気が消え、幽霊の気持ちを表すように、安らかな気を感じた。
「大丈夫か?」
 アルフはそれを見はしなかった。ローラの腕を持つと、すぐさま回復呪文を唱える。傷がふさがると空中に漂っていた 血は、霧散して消えた。
「は、はい。あの……アルフはやっぱりすごいですね。」
 いまだに浄化されていくロトの印とその幽霊たちを見ながら、ローラは笑う。
「いや、あれはローラのおかげだ。……一度も会ったこともないけど、この人たちは、俺の血族だった。 救ってくれてありがとう。」
 微笑むアルフにローラはついっと目をそらした。アルフは不思議に思いながらもローラを抱き上げた。
「疲れただろ。とりあえずメルキドかどこかに戻ろう。」
 ローラは首を振る。
「……いえ、帰るのはメルキドじゃありません……。」
「ローラ?」
「ごめんなさい、アルフ。……太陽の石は、ラダトームのお城にあります。」
 ローラはアルフの胸の中で、吐き出すようにそう言った。

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