〜 呪術師と虹のしずく 〜


「アルフ、ありがとう、嬉しい!」
 ローラにご満悦に抱きつかれながら、アルフはリムルダールから南の島へと急いでいた。
「別に……。」
 ふてくされたふりをしながら、アルフは足早に歩いていく。
「ごめんなさい、私、足手まといにならないように頑張るから、だから……。」
「怪我しないように気をつけてくれりゃいい。余計なことはするなよ。」
 ローラはこくん、と小さくうなずく。
 向かうのは、ロトがかつて虹のしずくを授かったといわれている場所、らしい。祖父が言っていたので 間違いないのだろうが。

 そこは山の奥の奥。誰も寄り付かない孤島だった。
「……どうかしたの?アルフ?」
 職業意識から、ついつい珍しい草などを探してキョロキョロしてしまったアルフは、苦笑する。
「いや、大丈夫だ、気にするな。」
「あそこになにか見えるの、あれかな?」
 指差した先には、驚くほど小さな祠があった。正直、自然の岩と勘違いできそうはほどだ。
「みたいだな。」
 それでもアルフの目には、その石の古さ、そして特殊さを見て心が騒いだ。
(これ、媒体に使えそうだよな……削って持って帰って……。)
「アルフ?」
「あ、いや、なんでもない。行くか。」
 今はそんな場合じゃなかったと、アレフは気を引き締めて、ローラと祠へと入った。


 小回りが聞くローラとは違い、あちこちぶつけながらも中に入ると、そこには階段だけがある小さな部屋だった。
 周りに警戒しながら、ゆっくり階段を下りていくと、地下は広い空間になっていて、アルフはそっと胸をなでおろす。 いつまでも身を縮めているのは疲れる。
 そこは祭壇になっていた。ルビスを象徴する十字と、宝箱。その前に佇む男が一人。
「来たな。さぁ、神に祝福された勇者たる証を見せよ。」
 アルフは少し眉をしかめ、それからロトのしるしを取り出した。おそらくこれでいいのだろう。 男は満足したようにうなずいた。
「見事だ。消し去ることなく霊たちを鎮め、認められたようだな。そなたならば、この世界を救うことができるだろう。」
(なんだ。そういうことか。)
 正しかったんじゃないか。
 ローラを連れて行くこと。
 自分ひとりながら、霊を鎮めることはできなかった。いや、多分ここまで来ることはなかっただろう。ならば 世界を救えるのは自分ひとりではだめだと、そういうことなのだ。
 アルフは胸の最後のつかえが取り除かれたような気がした。
「ロトの血を引く者よ。今こそ雨と太陽が合わさるとき!そなたに虹のしずくを与えよう。さぁ、二つを掲げるがいい!」
 そう言われ、アルフはローラに雨雲の杖を渡した。
「アルフ?」
「一緒に掲げてくれ。」
 アルフが太陽の石を掲げると、それより軽い雨雲の杖にひっかかりながら、ローラは掲げる。そのとたん、二つはまばゆい光を 放ち、やがてその光は一つになって二人の前に落ちてきた。
 ローラが手を伸ばすと、ゆっくりと落ちてきたそれは、美しい虹色で、まるでアクセサリーのようでもあった。
「もうここに用はないだろう。立ち去れ。」
 冷たく言われたが、アルフももうここに用はない。そのままその男を省みることもなく、二人で立ち去った。


 伝説によれば、リムルダールの北の岬でこの虹のしずくを使えば、虹の橋がかかる、らしい。
「すごく綺麗ね!ほら、こうしたら手に虹ができるわ。」
 嬉しそうにしているそのアイテムは、ローラの手の中にあると特に、子供のブレスレットのように見えた。もちろん、 そんなものではなく、それはもう超特大な神具であることは感じられたのだが。
(まぁいいか。喜んでいるし。)
 これから、竜王の城に向かうのだ。
 おかしい話だ。こんな予定はなかったのに。本来ならば、この後王の協力を得て、せめて大勢で攻め落とそうと 考えていた。
 けれど今は、たいした恐れもなく、というよりむしろ諦めとか達観に近いのだが、まぁ納得しつつ向かっている。
 それを認めるのなんだか抵抗があるのだが、
(ローラのおかげなんだろうな)
 ローラのしてくれたことは、それほど大きなことではない。呪術師なら垂涎の的となる常若の乙女ではあるが、それが なしてくれたことは、おそらく最後の後押しだった。
 俺だけが、なんで俺が。そんな思いを、ただ側にいるだけで消してくれた。
 そうして、気がつけば歩いていた。歩くことが苦ではなくなっていた。怖いとか、そんなことを思う気持ちを 忘れさせてくれた。
「ありがとうな。」
「アルフ?」
「とっとと倒して……約束どおり絶世の美女に治してやるよ。俺が必ずな。そうなったら、俺も嬉しい。」
「うん!……アルフのこと、信じています。」
 ローラが破顔するのを見て、アルフも笑う。そうして二人は虹の橋を歩みだし、竜王の城へと向かった。
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