〜 呪術師とロトの剣 〜


 それは、ラダトーム城下町にいる頃から、遠目に良く見ていた城だった。
 それが、今眼前に聳え立っている城だとは正直信じたくない。
 アルフはローラを下ろし、慎重に城の中へ入っていく。思ったよりも城の中は静かだった。
「ローラは城の中が分かるのか?」
「……少しだけ。でも、こっち」
 アルフは素直に指差した方向へ歩いていく。戦闘用の城らしく直線ではない複雑な通路だった。
 モンスターと戦いつつもたどり着いた場所は、いかにもの玉座だった。
「魔物の城にも玉座の間なんてもんがあるんだな。……でも、はずれか?」
 そこはモンスターの気配さえなく、当然その玉座は空だった。
「ううん、こっち。この裏側。……私はここに連れてこられて、それから何か色々モンスターたちが 会話して、この下に連れて行かれた。」
 ローラは玉座の裏を指差す。そのあたりを触ってみると、床から隙間風を感じた。そこをたどってみると 床がスライドし、そこから隠し階段が現れる。
「……でも、それからしばらくして、意識を失ったから……。」
「いや、これだけでも助かった。行くぞ。」


 階段を下っていく。それだけで周りの空気がずん、と重くなる。それだけの圧力を感じるのだ。
「うん、行こう。」
 そう言って、ローラがアルフの服をきゅ、とつかんだ。そのとたん、今まで感じていたものが霧散した。
 アルフは思わずローラを凝視する。
「アルフ?」
「いや、行こう。」
 精神的なものではないだろう。おそらくは、ローラの血のせいだろう。どんなところにいても、決して変わらない。 汚されることはない。それこそは常若の乙女なのだから。
 地下はいたって普通のダンジョンだった。もちろん出てくる敵は、今までの洞窟やらとは段違いに 強いのだが。
(それよりも、目的地が良く分からんってのが痛いなぁ……)
 とりあえず、メモに大体のマップを書き、目立たないところに印を入れながら、二人は下へ下へと潜っていく。
「……間違いか?」
 たどり着いた小部屋は、ただ、上行きの階段があるだけの部屋。引き返そうと思いもするが、そもそも竜王が 最下層にいるという保証もない。
(総当りで行くべきか。まぁ、別に今すぐ倒す必要もないしなぁ)
 なんとなく、今日竜王と対戦する意気込みでいたが、そううまくもいかないのだろう。とりあえずアルフは そのまま階段にそって登っていくことにした。

 それが、最後の逃避だったのか、それとも導かれたものだったのか、それが分かるのは神様だけだろう。
 それは、階段を何度も登り、ほとんど地上に近づいた隠された小部屋。描かれた魔法陣の向こう側に、 一本の剣がきらりと光っていた。
 その柄に描かれた文様を見ずとも、アルフにはそれが何かわかった。ローラも気がついたのだろう、 アルフの服のすそを引いた。
「あれ、もしかして……。」
「多分な。」
 おそらく、四つの陣の力を集める目印として使っていたのだろう。アルフはいつもどおり魔法陣を破却し、 ロトの剣を手に取った。
 さぞ呪いで汚されているだろうと思ったそれは、むしろ清らかなる力を滔々と湛え、きらりと光った。
「すごいな……。」
 手にとって引き抜くと、その柄から、刀身から、こちらに語りかけるような力を 感じる。これほど力に満ち溢れたものは見たことがない。
「アルフが来るのを、ここでずっと待っていたのかもしれないね。」
 ローラがそんなことを言った。
「いや、そんなことはないだろうけど。」
「ううん、きっとそうだよ、アルフ。」
「なんでそう思う?」
 そう聞いたたわいない質問に、ローラは5歳児のような無垢な笑顔を、そして17歳の王女のような気品に満ちた笑顔を 浮かべる。
「だって私も、ずっとアルフのことを待っていたから。」
「……そうか。」
「うん、そうだよ。」
「行くか。」
「行こう。」
 アルフはロトの剣を担ぎ、ローラの手を引いて、元来た道を戻っていく。
 決戦は、すぐそこまで来ていた。


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