ほとんど無意識のうちに、アルフは家にたどり着いていたようだった。 「おう、アルフ。お帰り。」 玄関を開けたアルフに、アルフのたった一人の家族である祖父が、そう声をかける。思わず アルフは祖父に詰め寄った。 「じーちゃん!!どういうことだよ!!俺がロトの勇者の末裔だって本当なのか?!」 「ほぅ、その話をしなさったか。勇者として旅立てといわれたのか?」 「じーちゃん!答えてくれよ!嘘だろ、そんなの!!」 「本当じゃよ。ばーさんは、ロトの子孫じゃった。……ちょっと座って待っておれ。」 祖父は、ダイニングに座るように促すと、そのままその場を去っていく。アルフは頭を抱えて座り込む。 できるわけない。けれど、王命だ。無視するなどできるわけがない。少なくとも、この町にとどまることは 許されない。かといって、この国は出られない。なぜなら噂によると、この大陸は他の場所から竜王の 魔力によって隔離されているらしいからだ。 竜王が現れたのは、一ヶ月前だっただろうか。まず、ドムドーラが滅ぼされ、10日ほど前、 ラダトームが襲われた。目当ては勇者ロトが残していった伝説の装備だったらしいが、詳しくは 知らない。そしてその後すぐ光が失われた。いずこかにあるといわれる伝説のアイテム、 光の玉を闇に沈めた、らしい。 (つまり俺は、ほとんど裸一貫で魔王とやらに喧嘩売れってことかよ!死ぬだろ、それ!!) 竜王を呪う?いいやとてもではないが、そんな強力な術などない。離れた相手に致命傷を与えるというのは、 呪術の中でも高レベルで、まして相手は魔族なのだ。強力な媒体があったとしても、頭痛すら起こせないだろう。 死にたくない。けど逃げる術もない。そう悩みあぐねていると、祖父が戻ってきた。手に、兜を持って。 「じいちゃんそれ……。」 「ばーさんのたった一つの嫁入り道具じゃよ。」 それはずいぶん古いもので、見たことのない素材をしていた。 「もしやロトの装備だって言うんじゃねぇだろうな。」 ロトの剣は王者の剣、ロトの盾は勇者の盾、ロトの鎧は光の鎧。それぞれ神世から伝えられた伝説の装備だというのは、 子供でも知っている。 「そうじゃ。これは、神世の物ではない。じゃから、媒体としてはたいした力を持たん。 じゃがロトがずっと大事にしとった兜らしい。この世界ではない、ロトの 世界で作られた兜らしいからの。ロトの血族しか装備できんらしい。」 そう言って手渡され、アルフは自分の頭にそれをそっとかぶせる。呪いがかかっていないことは、専門家だ、 すぐに分かっていたが、それをかぶるのに慎重になってしまったのは致し方ないだろう。 それはすんなり収まって、しっくりと自分になじんだ。悔しいほどにだ。そして不思議なことにその兜には 重さをまったく感じさせない。その様子から、それは魔力ではなく、また別の力が込められたアイテムだと、 呪術師の自分には分かってしまった。 つまりこれは、多分間違いなくロトの兜であり、そして自分は多分。 それを素直に認めるのが嫌で、アルフはふくれっつらをしながら、愚痴るように質問した。 「……だいたいじーちゃん、なんでこれここにあんの?駆け落ちだったんだろ?」 「……ばーさんには不思議な力があってな。予言、ではないが、ちょっと勘が良かった。覚えとらんか?」 そういわれても、祖母が死んだのは、もう自分がずいぶん小さな頃だ。 「そうか。……わしは運命を感じておるよ。こうなることが、ばーさんにはわかとったんじゃないかとな。」 「じーちゃんは!!……じーちゃんは俺に行けって思ってるのか?俺に、竜王が倒せると思うのか?ただの呪術師の 俺に、ただ、ロトの血が流れてるからってだけでか?!」 「アルフも期待しとったんじゃないのか?ロトの勇者がなんとかしてくれるとな。」 その言葉が胸に突き刺さる。その通りだ。いつかどこかで、まったく関係ない勇者が何とかしてくれる。そんな風に 思っていた。それが当事者になるとどうだ。怖くて怖くてたまらない。 「……わしはお前がなんとかできるんじゃないかとおもっとるよ。ほれ、お前、竜には強いじゃろ。お前の 作った竜のうろこも評判ええしのぅ。」 アルフが以前、作り上げた防御力を挙げるお守り、竜のうろこはラダトームで広く売られている。確かにそれをとる為に アルフは実は何匹も竜をしとめているのだが。 「不意打ちがうまいだけだ。今はモンスターも強くなってるらしいし、 ちょっと剣と呪文が使える、ただの呪術師だよ、俺は。」 「それはともかくな。……わしは竜王も呪術をつかっとるんじゃないかとおもっとる。」 アルフの顔が上がる。呪術と聞くと黙ってはいられない。もはや職業病だ。 「竜王が?なんでそう思うんだよ、じーちゃん」 「早すぎるんじゃよ。かつて、ロトが滅ぼしたゾーマはまだ、精霊ルビス様が光臨なさってた御世とはいえ、ずいぶんな 時間をかけて闇に染めたと言われておる。」 「……つまり竜王はゾーマより強いってことなんじゃねーの?」 「じゃがの。それほど強いのならば、ロトの子孫を恐れてドムドーラをつぶす必要などないのではないかのう。それに、 ラダトーム襲撃にしてもそうじゃ。この町にまで被害が出てもおかしくはなかったが、兵士に何人かの死者とけが人、ロトの装備、 そして姫様がさらわれただけじゃったのだろう?」 「姫が?」 ラダトームの姫といえば、ラダトーム王の一人娘で、御年17歳。輝く金の巻き毛とサファイアの瞳、そして誰もが 微笑む輝く愛らしさを持つといわれる美姫だと知られているが、同時に体がとても弱く、10を越える頃から 公式の場に姿を見せることはしていないらしい。 「そうか、王はおっしゃられなんだか。……そういうわけじゃ。竜王に何か考えがあるのかしらんが、わしは 竜王は呪術陣を整え、この大陸を基に世界全てを闇に沈めようとしとるんじゃないかと考えておるよ。」 そうして、祖父はアルフの肩に手を置く。 「アルフ。勇者というのはとりあえず横においておけ。まずその呪術が本当にあるのか、それを破却できるのか 大陸を巡って調べてみるというのはどうじゃ?それならば、呪術師の仕事じゃろう?」 アルフはぎこちなくうなずいた。それならば、少なくとも何かできるかもしれない。 「けど、大陸は広いぜ、じーちゃん。」 「何か異変がおこっとるはずじゃよ。……そうじゃな……、」 祖父は地図でここから西にある洞窟を指した。 「ここに、モンスターが集まるのを見た人間がおるらしい。……じゃがアルフ。とりあえずここは後回しにして、 まずはガライの町にでも言って情報を集めた方が良いな。死んではどうしようもないからの。」 アルフはうなずき、地図を持って立ち上がる。恐怖心はひとまず置いた。呪術に関わることならば、 自分にできることはたくさんある。 「……とりあえず調査してみるよ、じーちゃん。」 「アルフ。おぬしはわしの最後の家族じゃ。どうか生きて帰って来い。」 その言葉が、アルフの心にしみた。モンスターに両親を殺され、アルフと祖父はそれからずっと二人きりで、 でも楽しく過ごしていた。 祖父より前に死ぬわけにはいかないのだ。アルフは強くうなずくと、旅じたくをするために自室へと向かった。 |
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