〜 呪術師の放浪 〜


 アルフはそそくさとガライの町を後にした。
 荷物の中にある、盗品が重い。
 あのまま置いていくわけにはいかないし、仕方ない処置とはいえ、町の宝だ。ばれたら大変なことになる。
(俺は盗賊じゃなくて、まっとうな呪術師なんだが……なぁ……。)
 思えば遠く、来てしまったのもだ。距離ではなく、心理的に、だが。
 一瞬帰って竪琴を見せようかとも思ったが、見せたところでおそらくこれはすぐさま清めるのは難しいだろう。
 呪というのは、意志の力、いうなれば『思い』だ。
 幸せにしたい、苦しめたい、助けたい。そんな思いを実現するのが呪い。
 そしてその思いは強ければ強いほどいい。
 そして瞬間的な強さが呪文として現れてくるとするならば、時間や、人数、大きさによって積み重なって強力になっていくのが 呪術だ。
 今回の場合、この竪琴に以前から積み重ねられてきた時間的な『思い』とモンスターを集め、ガライの人々を不安に させる、人数的な『思い』を重ねて、陣を強力にしようとしてきた。
 そうやって積み重なった思いをそのまま破却しようとすれば、術の相手、つまり竪琴が壊れてしまう。
 ではどうすればいいか。簡単だ。時間的に積み重なった思いは、時間によって破却される。
(つまりまぁ、できるだけ歴史ある清らかな場所においておけばいいんだよな……。)
 最初に思いついたのは、ラダトームすぐにあるロトの洞窟といわれる場所。ロトの勇者の言葉を封じ込めた 石版が置いてあるとされる場所だった。
 しかし少し考えてやめる。妙な意地ではあるが、あそこには近づきたくない。わかってはいる。現実としては わかってはいる。だが。
(ロトの勇者なんてものに、されたくねぇ……)
 まだ、やっぱり現実など受け入れられてはいないのだった。
 結局アルフはとりあえず東にあるマイラの村へ向かうことにした。理由は特にない。南のドムドーラが滅ぼされた以上、とりあえず 東だと思っただけだった。


 ガライの洞窟に比べれば、野原はずいぶん平和だった。もちろん呪いのおかげなのだが、よほどではない限り、 敵と行きあうこともなく、戦わなければならない敵も、ほぼ一撃で倒すことができた。
 ちらりと南を見ると、禍々しい城が、こちらを見ているような気がした。
 かなうならば、このまま逃げてしまいたかった。誰かが竜王を倒すまで。
 ……誰かって誰だ?ロトの勇者。ロトの勇者は誰だ?
 それは、自分じゃない、誰かのはずだったのに。
 そこまで考えて首を振る。とりあえず今は、呪術の破却を目標に動くべきだった。自分には、それしか できないのだから。


 マイラの村は、湯治場として有名な田舎の村で、アルフも時々このあたりで取れる草などを求めて訪れることがあった。
「なぁ、ちょっといいか?このあたりで、なんか教会とかってあったっけ?」
 村人に声をかけると、村人は首を振る。
「いんや、このあたりにはねぇな。ガライかリムルダールまでいかねーと。」
「そうか……なんかちょっとこう、祠とか神聖な場所とかあったらいいんだけどな。」
「ああ、それならあるぞ、こっから北の祠だな。なんせロトの時代、ルビス様がご光臨なされた場所だからな。」
 からりと言われ、アルフは目を丸くする。それは捜し求めていたちょうどよい場所だった。


 かつて、大魔王ゾーマによって精霊神ルビス様は封印され、それを天空より降りてきた勇者ロトが 救い出したというのは、この世界の誰もが知っているお伽話だった。
 山を越え、森を抜け、やがてたどり着いた場所は海辺の小さな小さな祠だった。
(ここなら迷惑もかからないだろうな。)
 とりあえずアルフは中に入る。すると、そこには小さな階段があり、その奥から人の気配が感じられた。
「誰か、いるのか?」
 モンスターの気配はしない。ここは清浄な気で満ちている、清められた場所。
「こられたか……。」
 小さな声は、自分の祖父よりも老いた声。だが、どこか張りのある声でもあった。
 階段を下りていくと、そこは本当に小さな部屋だった。祭壇と老人と宝箱。
「そなたがアルフじゃな……。」
「どうして、私をご存知なのですか?」
 警戒をしながらもそう言うと、老人はうなずく。
「わしは待っておった。もう何百年もそなたを、竜王を倒すために旅立つ、ロトの若者を待っておった。」
「……。」
 言いたいことはあったが、ややこしくなりそうだから黙っておくことにした。
「そなたが何を目的にしてここに来たかは知っておるぞ。渡すがいい。ここで銀の竪琴を清めようぞ。」
 言い当てられたことに驚きながらも、アルフは竪琴を渡した。すると渡した手に、なにやら杖を押し付けられた。
「……これは?」
「それは雨雲の杖じゃ。知っておるじゃろう。太陽と雨雲が交わる時、虹がかかり、竜王の城に行けるようになる。 もっとも、聖なる祠の管理人は堅物じゃからのう、わしのように素直に認めてはくれんじゃろうが、それも 試練じゃ。それしきのことがこなせぬようでは、竜王は倒せぬからのぅ。」
 倒す気はありません。
 思わず心の中でそう突っ込むが、おそらく何を言っても無駄だろうな、というのは分かった。しかしこれを 持っていくのも気が引ける。が、ここで突っ返しても受け取ってくれないことは確かだった。
 その気持ちを読んだのだろう、老人は笑った。
「このまま世界が闇に覆われれば、人々の心はすさんでしまうであろう。それだけは食い止めねばならん。わかっておるな?」
 それは分かっているが、だからといって自分が倒すこととは、話が別だった。
 だが結局、アルフは盗品の代わりに伝説の道具などを押し付けられ、気重くその祠を後にした。

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