〜 呪術師と竜 〜


 マイラの村に戻って早二日。温泉につかり英気を養っていたアルフは、妙に落ち着かない気持ちになっていた。
 戦いたくない。ずっとこうしていたい。
 そう思う反面、そうしてはいられないのだと分かっていた。
 ずっとここにいれば、いつかラダトームの兵士がやってくるだろう。
 ……いや、それより先に、竜王が世界を支配するのが先だろう。ガライの竪琴に施されていた呪いは 強力な力を秘めていた。
 いつかこの世界は闇に沈み、人々は絶望しか感じられなくなり、そしてそれすら思うこともできなくなる。
 わかってはいる、わかってはいる。それをどうにかできるのは自分だけなんてそんなことはないだろうけれど。
 それを今、一番なんとかできそうなのは、多分自分だ。
 でもそれが怖い。自分はただの一介の呪術師だ。呪いを解いていったら、そしてそれが竜王に知られれば どうなる?やがて報復に来られ……そして命が尽きるだけだ。
 でもだからといって逃げられない。世界は竜王に封鎖されているのだ。
 呪いを解いていったら、この封鎖も解けるだろうか?とけたら祖父と逃げることはできるだろうか?
 けれど、逃げてどうなる?渡された、この伝説の道具は?
 休んでいると考えてしまう。未来のことを。それが怖くて落ち着かなくて、結局アルフは旅立つことにした。
(とりあえず、世界を巡って呪いを破却することを考えよう。)
 人間生きるか死ぬか、1/2だ。そう無理やり開き直って体を動かすことにした。

「おや、目的の物は取れたかい?」
 旅に出ようとするアルフに、宿屋の女将がそう声をかけてきた。どうやらなにか薬草を採りに来たのだと思っていたらしい。
「……いや、旅の途中なんだが、ちょっとここでは骨休めに来てただけなんだが。」
「旅?リムルダールならかまわないけど、メルキドはやめておきなよ、閉鎖されてるから。」
「閉鎖?」
 メルキドは大きな塀に囲まれた都市だ。つまり街門を閉めてしまっているのだろう。
「竜王を恐れてか?」
「違うんだよ、ほら、あそこ守りのゴーレムがいるだろ?それが竜王のせいか暴走しちまって、出入りするやつらはみんな 攻撃してくるってんで街の人間も出入りできないのさ。」
「ゴーレムを律する呪いが狂わされたってことか。」
「あんた、呪術師だろ、なんとかならないかい?」
 そう振られ、急いで首を振る。
「無茶いわないでくれよ。そいつがおとなしくしてるならともかく、暴れるんだろ?」
「そうかい……。歪められたものをあるべき姿に戻すって言う妖精の笛があればねぇ……。」
 女将は深くため息をついて、仕事に戻った。
「……妖精の、笛?」
 それは伝説に残る、ロトが石にされたルビスを解放したという笛だろうか。
 アルフは村を横切り、温泉のそばまで来た。
 それは、以前、温泉の側に生えるという薬草を採りに来た時、根っこを取ろうと地面を掘っていると、 地面から奇妙な笛が出てきたことがあったのだ。
 それはとても綺麗で、だが、こんなところに隠してあるのがまっとうではないと、アルフは見なかったことにして 元通り埋めた。
 アルフは記憶していた場所を掘ると、そこにはかつての記憶どおりの笛があった。
(……運命、なのかね……。)
 アルフは女将に負けないほど深いため息をついてから、それを袋にしまった。


 とりあえず南のリムルダールに向かうことにした。女将の話から問題がないようだったからだ。 その先に進むかは……また考えよう。そう思いながら、リムルダールにつながる地下トンネルに向かう。
 行きなれた、とまでは行かないが、何度か通った道筋だ。リムルダールでは魔法の鍵を作っている 関係上、何度かたずねたことがあるのだ。
 だが、トンネルに入った瞬間、アルフの背筋は凍りついた。
 背中全体を何かがはいずっているような感覚。どんよりと重い頭。そして奥から感じる禍々しい気。
(呪い……だ。)
 ガライの墓など問題にならないほど、強力な呪いの気配に、アルフは立ち止まった。
 ただいるだけで嫌な気持ちにさせるほどの力。呪いに耐性のないものならば、体調を崩してしまうか、 さもなくば、その呪いから逃れるために、無意識にそれを意識にあげない、ないものと認定してしまうか、二つに一つだ。
(確か、ここはちょっと入り組んでるんだったか……?)
 海を越える関係上、掘っている最中に水が出てしまい、地盤を探りながら掘ったために、通路以外の場所も迷路の ようになっているという。後になって安定したために、通るだけならばほぼ一本道になっており、奥のほうへ 行くことはないのだが、気配はそちらからしていた。
 ほとんど震えながら、動かしたくない足をそちらに運ぶ。
 暗闇の中を、どれほど進んだだろうか。体から血の気がなくなったように冷たい。
 そっと覗くと、そこには巨大な竜が。その竜は何かを守るようにずっと座っている。
 地面を見ても、魔法陣のようなものはない。つまりおそらく、竜は呪いの中心を 守っているのだろう。
 見るだけで分かる。今まで倒してきた竜とは、格が違う。……そしてその後ろには、おそらくその竜が 守らなければならないほどで、そして逆に言えば、その竜を呪いの媒体に使わなかったということで……。
 震えて立っていられなくなり、アルフはその場に座り込んだ。
(あの中には何があるのだろう……。)
 まさか竜王ではあるまい。だが、このあまりにも禍々しく、そして強い気。そこになにがあるのか。 それが恐ろしい。
(……行かないと、行けないのか?俺が?なんで、どうして……?!)
 そう体を抱きしめた時だった。震えていた足が、近くにあった小石を蹴飛ばし、その音が高く響いた。
 それは竜が動くよりも早く。アルフは立ち上がり、竜へと切りかかった。


 竜が吼える。飛び上がったアルフは、竜の耳を切り裂く。だが、奇襲だけでは、その竜は倒せはしなかった。 そのうろこの硬さだけでも、今まで倒してきた竜とは違うことが分かる。
 だが、こうなった以上、躊躇はしていられなかった。この場所を守っている竜だから、逃げれば逃げ切れるかもしれない。 だが、この暗闇の中、夜目が利くのは自分ではなく、相手だ。後ろを向けば、やられる。
 今度は低く走る。狙いはやわらかい腹だった。だが、そのアルフに、竜は爪を振るう。
 とっさに心臓を避けたが、その腕に当たり、アルフは壁にたたきつけられた。
 吐き出された炎を転がりながら避けながら、アルフは薬草をかじり、そして走る。剣を突き上げると、その剣は竜の足に刺さり、 血が吹き出た。
 だが、足を刺されても、竜は倒れることなく、こちらをじろりとにらみあげた。
(もう、だめか……!?)
 竜が、再び腕を振り上げた時だった。
 それは無意識だった。
 口が勝手につむぐ。
 それは以前……そう、初めて竜と遭遇した時、同じことがあったと、勝手に動く口を感じながら、冷静に考えていた。
「我※呪※、そ※存※を※※。かの盟※の※神※、こ※世※※導い※全※の神よ※霊よ。※※を※※す※め、 ※の※が※、※※※を※とし、汝※※※を※※!」
 そう唱えながら突き出した剣は、その喉にやすやすと突き刺さり、そして光を放った。


 気がつくと、竜は消え、自分は荒い息を吐きながら寝転がっていた。
(な、にが、あったんだ、ったか……?)
 何か、無意識に何か使ったような気がする。だが、それは遥か彼方にあり、今の自分にはつかめないような、そんな 感じだった。
 ただ確かに言えることは、あの竜がまるであっさりと滅んでしまったことだけだった。
 呆然とした意識を無理やりに覚醒させ、ようやく息が落ち着くと、疲れきった体を起こす。
 ここはやはり居心地が悪い。できるかわからないが、早いところ呪いを破却してしまいたい。
 アルフは竜が守っていたらしき部屋の扉をゆっくりと開けた。

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