〜 呪術師と姫 〜


 扉の中は、小さな部屋になっていた。薄暗い部屋で、よく奥は見えない。
 そして部屋を包むように血で書かれている魔法陣は、ガライよりも当然大きく、そして魔力も強くて、頭が痛くなりそうだった。
 ガライと同じように、媒体を振りまき、慎重に呪文を唱える。
 すると破裂音が響き、びりびりと空気を爆発させる。
「うわ!!」
 呪いの反動であろう。とっさに庇ったその腕は、皮膚が削られていて、アルフは血を止めるためにホイミを唱えた。
「……誰……?」
 その声は、この薄暗い部屋に似つかわしくない、鈴のような声だった。
「誰か、いるのか?」
 すでに清めたとはいえ、これまでここは強烈な呪いの邪気により、いるだけで気分が悪くなるような場所だった。 その中にいたということは、敵という可能性もあると、アルフは警戒しながら徐々に足を部屋の中に進める。
 部屋の中央にはベットがあった。中で寝ていたらしき人物は、青い目を開き、足を進めてきたアルフを目を凝らして 見ると……目を丸くした。
「……貴方、アルフ=コールフィールド?やっぱりそうだわ、どうして貴方がここにいるの?」
「お前、俺を知ってるのか?っていうか、お前何者だ……?」
 金の巻き毛と青い瞳、そして汚れてはいるものの上品なドレスを着た少女はゆっくりと体を起こし、こちらを見て小さく微笑む。
「私はローレシア=ラダトーム。ラダトームの王女よ。」
 アルフは目を丸くした。少女は体を動かして驚いているようだった。
「さっきまで、体を動かせないほどだるかったのに……貴方ってすごいのね。貴方が私を助けてくれたんでしょう? 貴方一人?どうしてここにいるの?」
 そうくったくなく笑う少女に、アルフは小さく笑ってベッドの前にしゃがみこんだ。

 考えてみれば、材料は全て出揃っていたのだ。それでもアルフはそれに気づかなかった。
「で、どっから来たんだ?あんまりそういうことは言わない方が いいぞ。教えておいてやるが、王族の名を騙るのは極刑だからな、お嬢ちゃん?」
 なぜならその少女は、5歳ほどの外見をしていたからだった。


 少女は目を見開いた。アルフはそれに気づかず話を続ける。
「とりあえず家に帰してやるからさ。教えてくれよ。お前、どこから連れてこられたんだ?」
「どうして、貴方がそんなこと言うの?私はローレシア=ラダトームよ?」
「あのさ、お嬢さん。俺もローレシア姫にお会いしたことはないが、ローレシア姫は17歳なんだぞ?」
 アルフがそういうと、少女はうつむいて、か細く言う。
「私は……17歳だもん……、」
「いやだから、」
 アルフの言葉をさえぎって、少女は目から涙をこぼしながらアルフをにらみつけて、叫ぶ。
「だって仕方ないじゃない!私のせいじゃないもん!いつのまにかだんだん成長が遅くなって、7歳の頃にはもう 成長しなくなっちゃったんだもん!私の、私のせいじゃないもん!!!」
 そう叫ぶと、大声で泣き始めた。

(常若の、乙女……?!!!)
 高貴なる血筋の常若の乙女。それは清浄にして完璧をあらわす、この世にあらざる至上の存在。そしてその 生き血は呪術の最高の力を持つ媒体となる。
 この血は誰の物なのか。なぜこれほどまでに力を持っているのか。
 そもそもなぜ、竜王はローレシア姫をさらったのか。
 どうして、ラダトーム王は不老不死の呪いの研究などさせたのか……

 考えることはたくさんあったが、大声で泣き叫ぶこの少女を慰める方が先だった。泣きじゃくる 少女、というより幼女の顔を覗き込み、何とか言葉を搾り出した。
「えっと、あの、その失礼いたしました。俺が、悪かった、です。」
 なんだか妙な言葉になったのは自分より遥かに年下の少女、というより幼女に敬語を使うのが妙な気がして うまくいかなかったのだ。
 だが、少女はそんなアルフの首にしがみつき、また大声で泣き始めた。子供の世話などしたことがない アルフはどうしていいか悩み、結局その背中を優しく何度も何度も叩いた。
 気がつくと泣きつかれて眠ってしまった少女を見て、アルフは少女を抱き上げ、 少し考えてリムルダールへと向かうことにした。


「つまり、アルフ、貴方がロトの末裔だって言うこと?」
「と、貴方のお父上はおっしゃっていらっしゃいまして、俺、いや私も知らなかったのですが、 そういうわけで旅立っていて、貴方を偶然見つけたのです。」
 少し話した結果、この少女は本当にローレシア姫に間違いないことが分かった。ローレシア姫は アルフの事情を聞きたがり、アルフは簡単にそれを話した。
「さきほどのご無礼、どうぞお許し下さい、ローレシア姫。」
「いいの、だって貴方、私を助けてくれたんだもん。……まさか、貴方が私のこと、知らないなんて 思わなかったし。」
「はぁ……あの、姫はどうして私のことをご存知だったのでしょうか?」
「貴方のおじい様から聞いたのよ。お父様がね、偉い呪術師に私のこの呪いのことを頼んでくださって、私を 見に来てくださったの。おじい様がしばらく私を調べてね、これはとっても難しい。わしが生きている間には 無理かもしれないって。でもわしの孫はとても優秀だからきっと貴方を元通りにしてくれますよって言ってくださったのよ。」
 姫は機嫌を治したようで、リムルダールの宿屋のベッドという、おそらく姫の部屋のベットより だいぶ粗末なところでも、ニコニコと笑っていた。
「私、こんな体でしょう?だから外に出られなくてずっと部屋にこもっていて。でもね、貴方が城に来ると 今度こそ治してくれるのかな、私を助けてくれるのかなってずっと部屋の窓から貴方が来るのを楽しみに してたの。」
 そういわれ、今まであまり真剣に身を入れてこなかったことに罪悪感を覚え、思わず胸を 抑えた。

 アルフの罪悪感に気づかず、姫は笑って礼を言ってくる。
「でも本当に、貴方は私を助けてくれたのね。ありがとう。竜王に連れてこられて、……一杯血を抜かれて、部屋に閉じ込められて、 そしたらすごく苦しくて、体も動かせなくて、絶対もうだめだって思ったけど、助けてくれてすごく嬉しい。」
「やっぱり、あれは姫の血……。」
 ぼそりとつぶやいたアルフの言葉に、姫が食いついてきた。
「どういうこと?ねぇ、私の血、どうなったの?」
「いやえっと、その……、」
「教えてよ、気になるじゃない。」
 きっ、とにらまれ、先ほど泣かしたことや、今まであまりまじめに研究しなかった罪悪感から、アルフは口を開く。
「簡単に言いますと、姫は常若の乙女という呪術的にも特別な存在で、その生き血はとても強い力を持っているんです。 竜王はおそらく貴方の生き血を使って呪術を行って、力を蓄えていたのでしょう。」
 この言葉でわかるかなと思ったが、外見は5歳でも中身は17歳らしく、少し考えていった。
「つまり、私の血のせいで、竜王が強くなったってこと?」
「姫のせいじゃありません。悪いのは竜王です。」
「……私の血を利用できなくする方法って、ないの?」
 姫にそう聞かれアルフは眉間にしわを寄せる。
 常若の乙女の生き血。これが力を発するのだから、そのどれかを封じればいい。
 だが、常若の呪いを解く方法は分からず、かといって姫の命を奪うことは論外であり。まして乙女で 失くす、などできるわけもなく。
「……難しい……ですね。呪いを解ければいいんですが……。」
「そっか……。ねぇ、私の血ってすごいんでしょう?それを使ってってことは……。」
 アルフは首を振る。それは矛盾をはらんでしまう。その様子に、姫はうつむいた。
「……ともかく、城までお送りします。皆さん心配していらっしゃるでしょうし……それとも 連絡して、迎えに来てもらった方がいいんでしょうか?」
 姫の外見は秘密なのだ。うかつに連れて帰らないほうが良いかもしれない。そう思って姫に提案すると 姫はアルフの腕にしがみついた。
「帰らない!私も、一緒に行く!」
「はぁ?!」
 思わず素に戻ってそう叫んだ。


 
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