〜 呪術師の女難 〜


 ……ほだされてしまった。
 あろうことかラダトームの姫を連れて、竜王討伐に行く、などと正気の沙汰ではないことをする羽目になってしまったのだ。

 最初は、当たり前だが断ろうとした。しがみついてきた姫を無理やり引き離し
「あのですね、お分かりでしょうが、私はこれから竜王を討伐に行くんです。命の保障は できませんよ。」
「でも、竜王が私の生き血が必要なら、私は殺されないんでしょ?」
 その言葉に、思わず舌打ちをする。頭はやはり17歳なのだ。5歳の外見にごまかされてしまったが、しっかり 理解していたらしい。
「それはそうですけど、その途中にモンスターにも会うんです。その中には知能がなさそうなモンスターも います。それに襲われたらどうにもなりませんよ。」
「でもそれは貴方が撃退してくれるんでしょ?」
「そりゃできる限りはしますが、貴方がいることで、手が遅れることもありえます。はっきり言いますが、 足手まといです。」
 きついと思ったが、着いて来られてはたまらない。ここでしっかりと引き剥がしておくべきだった。
「俺は騎士じゃない。貴方を守りながら戦う義理なんてないんだ。だから戻りなさい。さもないと死にますよ。」
「……城にいたら死なない保障なんて、どこにあるの。」
 姫はひるまなかった。強い目でこちらをにらみつけてきた。
「城の誰も、竜王やその手下にはかなわなかった。そうよ、城の騎士は私を守るためにいる。だから襲われたら 命に代えても私を守ろうとするの。そしてまた、騎士は死んで、私は連れ去られるのではないの?」
「それは俺でも同じじゃないのか?」
「だったら見捨ててくれてもかまわないもん。どうせ結果は一緒だもん。だって貴方は騎士じゃないんでしょ?」
「見捨てたら、モンスターに殺されるかもしれませんよ?」
「私が殺されたら、竜王は困るんでしょ?それは世界のためにいいことなんじゃないの?」
 思わず、両手で姫の頬を押さえる。敬語はどこかに飛んでしまった。
「冗談でもそんなこと言うんじゃない。大体俺がお前を見捨てたら、多分俺もじーちゃんも 国王に殺されるんだ。お前は国のためにも生きてなきゃいけないだろ?」
「冗談なんかじゃないもん!事実でしょ?見捨てたなんて分かんないもん。……生きてるって何?そんなに重要なこと?」
「何を言ってるんだ?」
 姫は立ち上がり、戦うようにアルフを見た。
「ずっと思ってた。私が生きてることになんの意味があるのかって。ああして部屋にずっと閉じ込められて、 ただ存在するだけなんて、倉庫にしまわれた肖像画と一体何が違うの?」
 そういう、目の前の少女はどこか美しくて、アルフはほんの一瞬、その姿に見とれた。
「何かしたいの。何ができるかわからないけど、でも何かしたいの。だから連れて行って、お願い。……連れて行ってくれないと あとから城を抜け出して、ついていっちゃうから!」
 姫の脅し文句に、アルフはため息をつきながらもうなずく。それを見て、姫は破顔しながら言う。
「ありがとう!じゃあ、アルフ、私のこと、ローラって呼んで!これからよろしくね!!」
 そうして、アルフは地味な格好に着替えたローラと、共に旅をする羽目になったのだった。


 とりあえずリムルダールで買出しを済ませ、ローラと共に町を出た。
「これからどこに行くの?」
「とりあえず呪文でラダトームに戻る。それでそこから近くの洞窟に行くつもりだ。」
 アルフは正直に言った。
「帰りたくなったなら言えよ。言っておくが旅はそんな楽しいもんじゃないからな。」
「言わないもん!っな、なによ……。」
 そういうローラの手を握る。呪文の範囲に巻き込むためだ。
「それじゃ、行くからな。」
 ひゅん、と軽い音を立てて、二人の体を空へと飛んだ。

 ついたのは、ラダトームの町の前だった。
「すごいのね、呪文って。びっくりしちゃった。」
 ローラは周りを見回しながら、嬉しそうに笑う。そのローラに、アルフは香草を振りかけ、呪文を唱える。 いつもどおり煙が上がるのを確認すると、アルフは自分にも同じことをしながらローラに注意する。
「これから歩く間、絶対にしゃべるなよ。不自然にならない程度に音も立てないように してくれ。それから戦闘になったら少し避けて、できるだけ動かずじっとしておけ。物陰に 隠れるのはやめてくれ、別の敵が出てきたら対応できないからな。もし俺が危ない目に あっても絶対に声をあげるな。分かったな。」
 一気に言った注意事項を、ローラは真剣に聞いてうなずいた。

 正直に言うならば、最後まで連れて行く気はさらさらなかった。勝手に後から着いてこられたら まずいから了承しただけで、すぐ音をあげさせるつもりだった。
 歩き出す。さすがにいつものペースではないが、それでも成人男性の足と、旅慣れない 幼女の足だ。すぐさま差が出る。
 見失わない程度のペースにあわせながら、ずんずんと歩き、そして出てくる敵を倒していく。
 ローラの息はすでに上がっているようだ。当然だろう。話を聞く限り、お姫様はまともに運動など したことがないのだろうから。
 しばらくすれば、やがて嫌になってやめるとあちらから言い出すだろう。そう思っていた。

「そろそろ休憩するぞ。」
 アルフがそう声をかけるが、ローラは答えなかった。ただ、できるだけ静かに、だが激しく息をしていて、 話す気力もないようだった。
 アルフは座るように促し、水と、そしてパンと干し肉を渡す。
「ゆっくり食べた方がいいぞ。」
 ローラはうなずくと、息を整え、そして粗末な食事を取り始めた。
 アルフも横で、ローラを見ながら食事をする。ローラは汗まみれで、顔色も少し悪い。そしてなにやら 足を気にしているようだった。
「足、どうしたんだ?」
「な、んでも、ない。」
 ローラはそういうが、アルフは強引に靴をはぐ。するとローラの顔が苦痛にゆがんだ。どうやら靴擦れを 起こしたらしかった。
「……痛そうだな、これ。」
「大丈夫だもん。こうして靴擦れして、丈夫になるんでしょ、足って。」
 ローラはふいっと顔を横に向けて、干し肉をかじる。思った以上にしょっぱかったらしく、ローラは顔を しかめるが、水を飲んで、再びかじった。
「お前、顔色も悪いぞ。」
「平気だもん。ちょっと疲れただけだもん。」
 そう言いながらパンをかじるローラに、アルフは再び言葉を重ねる。
「うまくねーだろ。携帯食だしな。」
「だってこういうものなんだよね。」
「つまんねーだろ、旅なんて。」
 アルフは畳み掛けるが、ローラは微笑みながら言う。
「帰らないもん。」
「なんでだ。やってみてわかったろ?ただ辛い思いして歩いてるだけだって。おもしろくねーぞ」
「……足手まといだってわかった。……だから、邪魔だって思ってるのは分かってるの。」
 ローラはうつむきながら言う。
「……でも、辛いのはアルフも一緒だから。何もできないけど、辛い思い、一緒にしてくれる人がいたら、ちょっとは 嬉しいかなって。」
 アルフはふーーーーーーー、と妙に長いため息をついた。そして薬草を渡す。
「これ食っとけ。靴擦れ治るから。」
 ローラは少し考えて、うなずく。そしてアルフは自分も食事を取る。
 ささやかな休憩が終わると、アルフはローラを抱き上げた。
「わわわわ、なにするの?!」
「お前病み上がりだろ。それに旅のペースが遅れるからな。こうやって行く。戦闘の時は放り投げるかもしれないが、 我慢してくれ。」
「……あんまり乱暴に、しないでね。」
 そう言って、ローラはアルフの胸にしがみついた。

 アルフはため息をつく。自分は一介の呪術師だったはずなのに、いつの間にか 勇者などにされ、泥棒行為を働き、そして今ははたから見れば誘拐犯であり、実際王族拉致犯人だ。
(救いは、姫を探せとは言われてないってことか……?)
 そう思いながら、ちらりとローラを見ると、ローラは相変わらず嬉しそうだった。
「小さい声なら話してもいいぞ。」
 アルフがそういうと、ローラはまるで花のような笑顔を見せた。


 
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