精霊のこどもたち
 〜 すれ違いの泉にて 〜

 ローレシアの北、サマルトリアの東に位置する洞窟の奥に、その勇者の泉はあった。
 100年程前、勇者アレフがローレシアを離れ、サマルトリアを築く前に、訪れたとされる泉。
 いつの頃からか、その泉は新たな旅立ちを祝福する泉として、サマルトリアでは人気が高い。もっとも レオンはそんなことは知らなかったが、場所くらいはなんとなく知ってた。
「くそ、…あいつもそんな妙なところでそんなもん守ってんなよ…」
 最近は旅人も少ないのだろう。道には雑草が生い茂り、モンスターが道筋を邪魔する。はっきり言って、かなりの 悪路だった。
 ゆえに、勇者の泉の洞窟の入り口につく頃には、レオンの息があがっていた。
「ちくしょう…」
 平和な時代は観光地だったのだろう、寂れた立て札が朽ちていたが、そこには『勇者の泉』とそう記されていた。
 目の前が暗くなる。当たり前だ。洞窟に入ったのだから。
「やっぱり…」
 レオンは奇妙な気持ちで歩いていた。
「覚えがある…」
 ここは初めて来たところ。そして、洞窟に入ったのも初めてだと確信をもっていえる。
 なのに。
「そうだ…こんな感じだった。俺は…一人で…」
 そこまでつぶやいて首を振った。今はルーンを捕まえて、ムーンブルクに行くほうが先だった。
 暗い洞窟を、モンスターを蹴散らしながら黙々と歩いた。

 そして、目の前に広がる、泉。そしてその横にいる老人。
「おや…今日はお客が多いのう…めずらしや、めずらしや。ここは勇者の泉じゃ。」
「客が多い…つーことは、ルーンが来たか?!」
 意気込んで言うレオンに、老人は首をかしげる。
「はて…名は覚えておらんでのう…」
「じゃあ、ちょっと薄い茶色の髪して、青の目だったか?」
「いやはや…わしゃ、ここが長ごうてのう…目がよう見えんのじゃ…」
「ち…じゃあ、お前に律儀に挨拶して、泉を使う許可をわざわざお前と泉から得て、なんかへらへら笑ってて、しかものんびり した喋りじゃなかったか?!」
 そこまで言うと、老人は大きく頷いた。
「おお、まさにそのお人じゃった!!うむうむ、間違いなかろうて。そういえば名も名乗っておった…ふむ、 確かルーンとか言う名だとおもったぞ。」
 確かな手ごたえを得て、レオンの顔が輝いた。
「よし!どこに行くとか言ってなかったか?」
 レオンの言葉は老人には届かなかったようだ。この暗い洞窟の中でさえ、青い光を放つ泉に、老人は目をむけた。
「おぬしも旅立たれるのか?ならば、この泉で身を清めるがいい。…ロトの血に連なる二人の勇者の祝福が あるように…」
(ロトの…祝福ねえ…)
 なんだかこそばゆい気がしたが、今それが必要な気がした。ハーゴンの侵略から身を守るために。リィンを 救うために。
 上着を取り払い、上半身裸になり、泉の中に入る。不思議と泉は冷たくなかった。どこか暖かく、 今までの疲れを癒してくれる気がした。
「なるほど、勇者の泉か。」
 勇者アレフはここで、どんな疲れを癒したのだろうか。なんとなく、自分が強くなれた気がした。
 適当に泉の水を浴び、出て体を拭いた。
「水で体を清めし者よ。そなたの旅が無事に終わることを祈る。ロトの守りよ!勇者と共にあれ!」
 決まり文句なのだろう、妙にすらすらと出た言葉を聞き届け、レオンはもう一度聞く。
「なぁ、さっきのルーンってやつ、どっか行くとか言ってなかったか?」
「はて…ふむ…そうじゃな…」
「なんか地名とかさ…」
「地名…そういえば、ローレシア…とかいっとったの…」
「そうか、さんきゅ。世話になった、またな!!」
 疾風のごとく、レオンが駆けていった。そして…
「そうじゃ…ローレシアの王子がどうとかいっとたぞ…」
 そのつぶやきが老人からもれる頃には、すでにレオンの体には日が当たっていた。


 ずりずりとローレシアの方向に向かって歩く。ローレシアはここから南。ただそれだけを考えていた。
 ただひたすら前を見て、毒の沼を越え、バブルスライムを蹴散らし、大ナメクジを張り倒し、レオンの旅は進む。
 ・・・そして。
「祠…?」
 古びた祠が見えた頃、レオンはようやく方向がずれていたことに気がついた。
 上を見ながらぐるりと視点を回転させると、北西の方向に、尖塔が見えた。
「ちくしょ…」
 旅立ってからこの言葉を何回言っただろうか。
(効いてねえじゃねえかよ、ロトの守り…)
 そんな八つ当たりを心の中でつぶやいてみる。しかしそれは無意味で、さらにレオンはむなしくなった。
 少しだけ頭を掻く。
(ここまで来たし…せっかくだし、寄ってくか…しゃくだしな。)
 そう考えながら、レオンは祠のさびた入り口を開けた。

「よう、じーさん生きてっか?俺が分かるか?」
「おお、レオン王子か…久しいの…今日はどうなされた…?」
 この祠は、旅の扉を守る祠。この大陸から、はるか南方にある、力強き国デルコンダルにつながる扉だった。 そしてこの老人は、その旅の扉の管理人だった。
「しかしじーさん、しけた所にいるよな。なんだって城からこっちに越してきたんだよ?」
 レオンが幼い頃は、まだ城にいた老人。レオンに地理学を教えてくれていた。勉強は嫌いだったからよく逃げ出していたが、 老人自体は結構好きだった。ただ『学問』を語るのではなく、『生活』を踏まえた上での地理学を教えてくれる 頭のやわらかさが好きだった。
「ふむ…王子も大きくなられましたしのう…ここでしたら、旅人の話がたくさん聞けると思いましたからのう…」
「かわらねえな、じーさんは…」
「しかし王子、今日はどうなされましたか?この旅の扉の使用をご希望か?」
「いや、そうじゃねえ…それを使うのはちょっと遠すぎるからな…」
「ふむ、ではどこへお行きか?」
 そう言われて、レオンは老人の目の前に座り込み、事の次第を説明した。 ムーンブルクの崩壊。ハーゴンの侵略。それを助けに行こうとしていること。 ルーンが共に旅立っていること。そして…道に迷ったこと。
「で、まぁ、せっかくだし寄ったわけだ。邪魔したな。」
 手をあげて立ち上がり、立ち去ろうとするレオン。だが、老人は声をあげた。
「王子、待たれよ。」
「なんだ?」
 振り返り、また座り込んだ。

「わしの後ろにある、金の扉が見えるか?」
「おう、俺は目はいいぞ。普通の扉だけどな?」
「ローレシアにはあと、銀の縁取りがある扉があったのを、覚えておられるか?」
「ったりめえだろよ。何が言いたいんだよ。」
 少々いらだちながら言うレオンに、老人が笑う。
「短気なところは変わってはおられませぬのう。まぁ、少々我慢してくだされ。世の中にある、さまざまな扉の鍵。 その多くは、三種類に分けられる。鍵はそれぞれの鍵でしか開かぬが、金の色をした扉は 全て同じ製法が使われておる。銀の色の扉も同じじゃ。鍵の仕組みは変わらぬ。牢屋の鍵も一緒じゃな。」
「だからなんだよ?」
「まぁ、落ち着いてお聞きくだされ。これは大元の仕組みが同じ…モデルになった鍵から派生して作られたからじゃ…」
「そんなことは、さっきも聞いたぜ!結論だけ言ってくれ!!」
 怒鳴るレオンに、老人は笑いながら言った。
「つまりじゃ、モデルとなった大元の鍵ならば、同じ色した鍵は全て開くことになる…そういうことじゃ。そして、 銀の扉の鍵は…中立国、サマルトリアにあると聞く。もし、王子が世界を旅すると言うのならば、きっと役に立つだろうて…」
「さんきゅ!」
 それだけ聞いてレオンは立ち上がった。
「んじゃ、俺、もう行くぜ!」
「…勇者の旅立ち、じゃな。」
「おう、いってくらぁ!!じーさん、またな!!!」
 手を振って、外へ駆け出す。目指すはローレシア。


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