精霊のこどもたち
 〜 命の意義 〜

「俺って、サマルトリア一族に振り回される運命なのか…」
 森の王国の領地の、まだ奥深く。湖に抱かれるようにその洞窟はあった。
「どうかしたのー?」
 ひたすら頭を抱えてるレオンに、ルーンがのんきに問い掛けた。それがしゃくに 触ったのだろう。レオンはルーンの頭をつかんで、むりやりシェイクした。
「俺は昨日からここらへん一帯を歩き回ったにもかかわらず、またこんなところまで遠回りしたのがむかつくんだよ!」
「目が回るよーレオンー。大丈夫だよー僕が一緒なんだからー。」
「てめえもとろとろしやがって!草花見つけるたびに寄り道してるんじゃねえ!!!」
「うわあ、目がちかちかするよ、レオン―。でももし父様が持ってたら、僕たち、取ってこられなかったんじゃない?」
 その言葉を聞き、レオンはルーンを解放した。実際ルーンの回復呪文や攻撃のおかげでずいぶん楽だったのも事実だった。
「まぁそうだな。じゃあ入るか。」
「うん、レオンと一緒の初めての冒険だねー。僕嬉しいよー。」
「気色悪いこと言うな。おら、とっとと行くぞ!!」
 レオンはルーンを引っ張って、洞窟に入った。


 レオンの目に、黒い闇。そして閉ざされた空気の湿った匂い。
 徐々に目が慣れてくる。見慣れない通路が遠く、はるか遠くまであるような錯覚が、暗い闇に浮かぶ。
 洞窟の奥に進むにつれ、確信に近づく。
(やっぱり、知ってる。ダンジョンで探検をすることを、俺は知ってる。なんでなんだ?)
 確かに行った事がないはずなのに『記憶』している。確かにこの感覚を知っていた。
 一階を一通り探し、階段を下に降りたところで、レオンは口を開いた。
「なあ、ルーン。」
 誰にも話したことがない記憶だった。それでも、ルーンはちゃんと聞いてくれる、そんな気がした。
「なあに、レオン?あ、ホイミ?ちょっと待ってね。」
「いや、違う。なぁ、『生まれ変わり』ってあんのかな…」
「レオン、何かの生まれ変わりなの?どうしてー?」
「…俺が、勇者アレフの記憶があるって言ったら、驚くか?」
 そう言って、レオンは歩きながら語った。自分の中にある、『記憶』を。
 大きな、大きな洞窟。細々と灯る、頼りなげなたいまつが遠くでゆれる。
 そして自分は敵を潜り抜け、美しき宝玉を手に入れ、麗しき姫君を救い上げるのだ。
 それはまさしく、勇者の記憶だった。

「ずっと昔からだった。最初はただ、ずっと何回も話を聞いてて、俺が、勘違いしてるのだと思ってた。けど… 俺は知ってるんだ。この感覚を。ダンジョンに入って、奥に進んで…俺は光ってる玉を手に入れた。 そんで…ローラ姫を助けた。」
「…それは、間違いなく、ローラ姫だったの?」
 ルーンはそう尋ねる。レオンは少し迷いながら言う。
「わからねえ…はっきりとした記憶じゃねえんだ。古い記憶って言うか…ぼけてる。でも、…多分ローラ姫だったと、思う。 …綺麗な女性だった。それは覚えてるからな。」
 レオンが女性にそういうことを言うのは、とても珍しい。ルーンは少し笑って…それから周りを見渡した。
「レオンが覚えてるのは、たとえばこのほこりっぽい匂いとか、暗い洞窟の奥が目に慣れてくると、少しずつぼんやりと 浮かび上がってくるのに、それでもやっぱり暗くて不気味な様子とか…?」
「ああ、なんか感覚が、知ってる気がするんだよ、だからずっと思ってた。俺は…」
 続けようとしたとき、ルーンが真顔で言った。レオンのの手の中にあるランプのほのかな灯りが、ルーンの顔を照らしている。
「…僕もなんか知ってるような気がする。こういう、感覚。暗い中、奥に進んでいって、 何かを見つけたことがあるような、そんな気がする…」
「ルーン?」

「レオンに言われて、僕、気がついたよ。…そっか、これ、記憶なんだ…洞窟はもっともっと大きくって 、足元がこんなにぐらぐらしてなかったけどー…でも覚えてる。」
 それは茶化しているわけでもない。そして、ルーンはそんな嘘はつかない。
「何を見つけたのか、僕、覚えてないけど。それをみつけて、僕とてもとても驚いたよ、それだけは覚えてるんだ…」
「お前も、か?まさかロトの末裔の全員にあるのか!アレフの記憶が?!」
「わかんないよー。でもレオン、それ本当に勇者アレフの記憶なのかな?」
「なんだって?」
 その言葉に、レオンはルーンの方を向き直る。
「それ、どういう意味だ?ルーン?」
 ルーンは闇に目を凝らし、一点を凝視している。
「どうしたの?ルーン?」
「もう一回!レオン、もう一回今度は正面を向いてみて!」
 いぶかしげに思いながら、もう一回体を回転させるように、正面に向き直る。そして、今度は 分かった。
 闇の奥。ランプの灯りを反射した何かがあった。
「鍵だ!!」
 二人は近くの茂みに駆け込む。茂みを掻き分けること、しばし。
「あったよ−!」
 ルーンの手の中に、銀色に光る鍵があった。
「よっしゃ!意外と早く見つかったな!!」
「うんー、良かったねー。」
「じゃあ、ムーンブルクに向かうか!」
「うん、リィンが、きっと待ってるよ!!」

 一直線に出口に駆けていく二人の頭には、すでに先ほどまでの会話はなかった。
 ただひたすら、ムーンブルクへと思いをはせていた。


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