精霊のこどもたち
 〜 人はただ、風の中を 〜

 今現在、ローレシア大陸からムーンブルク大陸へ行くものは皆無といってよかったが、ムーンブルクから ローレシアへ向かう旅人は結構な数になっていた。その多くは城と関わりあうことで生計を立てていた物が、 ローレシア、サマルトリアなどにいる親戚などを頼るため、身一つでローラの門を抜けるのだ。

 そして三人も、その中に混じった。美しすぎるリィンの美貌を頭巾で隠し、うつむきながら歩く。本来なら 怪しいことこの上ない行動だが、兵士たちにはまったく気付かれることはなかった。 なぜなら、周りのほとんどが同じように歩いていたからだ。
 この中の何人が、夫や父を亡くしたのだろうか。どれほどの 涙が流れたのだろうか。人が死ぬということは、ただ命をとるということだけではない。 その人間に関わる、全ての未来を奪い取ってしまうと言うことなのだが、痛いほど感じた。
 …そして、それこそがハーゴンが為した所業なのだ。だからこそ、討たなくてはならないのだと空気で感じた。


 埃っぽいローラの門を抜け、北上する。城が見える頃には昼を回っていた。
 慣れた感じでルーンは庭を横切り、妹姫の窓の下へ行く。そして下から窓枠を叩いた。
「おにいちゃん?!」
 すぐさま声が返り、窓が開く。ルーンは勢いよく窓に飛び乗り、手を振った。
「セラ、元気だったー?」
 ひらりと部屋に降り立つと、セラは兄の腰にしがみつく。
「うん…お兄ちゃん!ちゃんとしっかりやってる?」
 涙声で気丈にも兄をしかりつけるセラ。
「大丈夫だよー。」
「本当?お兄ちゃん、のんびりやだから心配だわ。やっぱりセラがいないと! ねーお兄ちゃん、セラも連れてってよお!お兄ちゃんより役に立つよ!?」
「だめだよ、セラはお留守番してて。ね?」
「なによ!お兄ちゃんのいじわる!」
 そう言ったとたん、兄の背後から、鈴が転がったような笑い声。
「相変わらず、お元気そうで嬉しいわ、セラ。」
「リィン姉様ー!」
 ルーンから離れて、窓際にいたリィンに抱きついた。


「心配してましたのよ!リィン姉様!ご無事?なんともない?」
「ええ、大丈夫よ。」
「リィン姉様がご無事で、嬉しいです!またお会いできて嬉しいです!」
 子猫のように抱きついてくるセラの蜂蜜色の髪を、リィンは撫でた。

 かわいい、可愛いセラ。三人の子供を生んでさえ、なお容色麗しく、そして人に愛されたローラ王妃の顔 そのままに、愛らしさの花束のような顔立ちと、そして言動。
 やがてそのあどけなさが、大人になって消えてしまっても、決して愛らしさは消えず、なおそれに 勝る麗しさがその顔の中に咲き誇ることがわかる。…かのローラ王妃と同じように。
 いくら自分が美しいと言われても、決してみんなはセラのように自分を見てはくれないだろう。
 自分がいくら微笑んで見せても、皆はセラを見るように微笑んではくれないだろう。
 そして、自分は決して、セラのように可愛らしく微笑めないだろう。これほど素直に物を言うことは できないだろう。
 …そして、この姫は、決して自らの血筋を疑うことはない。これほどローラ王妃に似ていては疑う余地もない。
 自分が持っていない全てを、この姫が持っている。
 それはうらやましくて、とてもねたましいこと。
「相変わらずリィン姉様はとっても綺麗!いいな、セラ、とってもうらやましいです!」
 自分が欲しくてやまないものがここにある。
「セラこそ、いつも可愛らしいわ。」
「リィン姉様にそんなこと言ってもらえるなんて嬉しい!」
 きゅっと抱きしめられながら、その頭をもう一度撫でた。
 その『ねたましい』と思う心すら、『可愛くない』のだと苦笑しながら。
 そして、それほどねたましくても、決して憎めない。愛しいとすら感じてしまうセラが、本当に うらやましくて…大好きだった。

 そして、その二人の後ろ。ため息をつきながら窓から這い登ってきたレオンは愕然としていた。
(…なんだぁ?)
 唖然としながら抱き合うリィンとセラを眺めていた。
 レオンにとって、ルーンの妹姫はローラ姫にそっくりで、年の割にはどちらかと言うと大人っぽい、表情がくるくる変わる 不思議で苦手な姫、なのである。
 にも関わらず、今ルーンやリィンと一緒にいるセラは、年相応でいかにも嬉しそうで…むしろ子供っぽい気さえした。
 考えてみればこの姫とは苦手だからと式典のとき以外は、ほぼ一緒にいたことがないのだから、格式ばった 会話だったのは当然かもしれないのだが…
「どうしたの、レオンー?口あけて、なんだか驚いてないー?」
 ルーンの声に、レオンが我に返り、セラも顔をあげ、リィンから離れる。

「レオン様、いらっしゃっていたのですね。リィン姉様をお連れ下さってありがとうございます。」
 よそ行きの声。緊張感の漂う顔。
「いや、約束でした。姫が礼を言うことじゃない。」
「そうですか…感謝しております、レオン様。」
 漂う堅い雰囲気にリィンは苦笑いをしながら見守っていた。
 レオンがセラから目をそらす。ルーンにいつもどおり話かける。
「で、だ。これからどうするんだ?」
「うーん。とりあえずなんとかこの大陸を出なくちゃねー。とりあえず 塔に行くんだっけー?あ、でもゆっくりローレシアの港が開くのを待ってるって手もあるよねー。」
「お前、それ何日かかるんだよ…」
「そんなことをしていては、ますますハーゴンの被害が広がるでしょう?」
「あははー、駄目かなー?でもねー、塔に橋がかかってないなら渡れないよねー」
「鳥のように翼があるのなら別ですけれどね…」
 嘆息交じりにいったリィンの言葉で、レオンの脳裏にひらめいた言葉。
『どこかの塔の中に風のマントってえのがあるらしいぜっ! そのマントをつけてれば高いところから落ちてもむささびみたいにとべるんだってよ。』
「風の…マント?か?」
「あ、そういえば聞いたよねー。高いところから落ちても飛べるんだって!それがあれば 海を越えられるかもしれないねー。」
「…わたくしも聞いたことがありますわ。確かムーンペタよりまだ東。山脈の向こうに風の塔と呼ばれる 場所があると…もしかしたらそこに…」
「よし、早速いこうぜ!」
「うん!」
 レオンの威勢のよい声に、ルーンが答えたときだった。
「お兄ちゃん!セラも連れてってよ!!」
 そんな声が再び聞こえたのは。


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