精霊のこどもたち
 〜 祈りながら、歩き続ける。 〜

 塔の中は入り組んではいなかった。いくつかの小部屋とそれをつなぐ廊下。階段が中央といったわかりやすい 場所にあり、すいすい登っていけた。三人でモンスターと戦うことにも徐々に慣れてきた三人は、なんなく頂上に たどり着いた。
 だが、頂上にあった宝箱には。
「マントじゃないねー。」
 小さな指輪がひとつ、ルーンの手の中にあった。
「なんだ?これは?」
「祈りの指輪だわ。…ここでは、なかったのかしら…」
「でも、風の塔だぜ?ここじゃねえの?」
 レオンはそういいながらごろりと寝そべった。

 塔の最上階は屋上になっていて、とても空に近かった。
「…だらしないですわよ、レオン。」
 ため息交じりのリィンの言葉に、レオンが視線だけ向けて言い返す。
「んなこといってて、旅が続けられんのかよ。」
「気持ちいいー?レオンー?」
「ああ。ひんやりしてる。よく風が当たるな。」
「そっか、じゃあ僕もやろー」
 同じようにころりと寝そべる。リィンはもう一度ため息をついて、その横に座った。山道を一日以上かけて歩き、 八階もある塔に登ったのだ。疲れていないはずがない。
「空が綺麗だね――、きっと明日はいい天気だよー。」
「そうね。雲もとても白くて…平和だわ。」
 そうして見上げた空に、鳥が飛ぶ。…本当に平和な光景だった。
「俺さぁ…鳥は雲から生まれっと思ってたな――――――。」
 ぼんやりしたとレオンのつぶやきに、リィンが鋭いまなざしを向ける。
「なんですの?そんなことあるわけないでしょう?」
「子供のころの話だよ!!!空にいるからそうだと思ってたんだよ!教育係のじーさんがが鳥は白いもんから生まれる つーからよ!」
 起き上がってリィンに食って掛かったレオンを、ルーンが言葉だけでなだめる。
「僕だってあるよー。そういう勘違いー。僕、大きくなったら髪の色、レオンみたいに 黒くなるんだって思ってたよー。」
「白くなるのではなくて?」
「うん、ほら猫とか、子猫の時と色が違うからー。リィンはきっと青い髪になるんじゃないかって 僕ずっと思ってたんだー。」
 その言葉に、二人の周りの空気が凍った。硬い表情をしたまま止まっている。

「んー?どうしたのー?」
 二人の空気を不思議に感じ、ルーンも起き上がる。
「…お前…」
 なんとか言葉をひねり出したレオンが、恐ろしく真面目な表情でルーンに問いかけた。
「なぁ、お前さ…もしかして、フェオに、会ったこと、あるのか?」
「ないよー?なんでー?」
 首をかしげているルーンに、少しかすれた声でリィンが言う。
「…兄は青い髪でしたわ。父は黒かったし、母は栗色。わたくしの外見で家族に似ているのは、 …不本意ながら、少し変わったこの髪の色が兄と同じくらいでしたわね…」
 青や紫の髪のものはめったにいない。一説ではロトの勇者が来た異世界の血が混じっていないと 出ないといわれている。割合変わった髪色が多いロトの一族の中でも、五人に一人生まれるくらいである。
「フェオはほとんど黒に近いくらい濃い青色だったけどな。日に透けると綺麗な青色だった。… なんでルーンが知ってるんだ?」
 ルーンに詰め寄るレオン。だが、ルーンはフェオの髪が青かったことなど初耳だった。
「知らないよー。僕だってどうしてそう思ってたかなんて覚えてないものー。きっと ただの偶然だよー。」
 その言葉に、二人は少し首をかしげた。が、覚えていないのでは仕方がないと引き下がった。
「あ、そうだ…リィン。」
「なんですの?」
 立ち上がり、スカートの埃を払っていたリィンがレオンの向き直る。
「…言われたくねえかも知れねーけど…」
 めずらしく口を濁すレオン。
「珍しいですわね。かまいませんわ。言ってくださいませ。」
「…お前、フェオには結構似てっぞ。目元とかだけどな。」
「へー。じゃあとっても美人な人だったんだねー。」
 ルーンのコメントには答えず、レオンは話を続ける。
「フェオは両親にも似てた。…だから、多分四人いればきっと家族に見えたんじゃねえの?」
「それがなんですの?わたくしが知ったことではありませんわ。…あんな人間家族などと認めたくも ありませんもの。」
 ふいっと二人に背を向ける。そしてつぶやく。
「…それに、だからといってわたくしとお父様たちの血のつながりが証明できるわけではありませんもの…」
 それだけ言うと階段近くまで歩き、振り返る。
「いつまで休んでらっしゃいますの?早くマントを探しに行きましょう?」
 そう、いつもの表情で呼んだ。


「隠し部屋とか、あるのかもしれないねー。」
「ああ?わざわざそんなもん作って隠してんのか!?」
 レオンの切れかけた言葉に、
「レオンが頂上にあると言ってずいずい登っていったせいで、見逃しただけかもしれませんわね。」
 髪をかき上げながらさらりと言ったリィンの言葉が水を差す。
「知るか!おめーらだって気がつかなかっただろうが!」
 しばらく壁を蹴り上げた後、階段を下っていく。二人もその後に続いた。

 かつーんかつーんと三人の足音。
「…やっぱりどこかに隠し部屋があるのかもしれませんわね。音の響きからすると、もっと広いと思いますわ。」
「うん、そうだねー。」
「めんどうくせーな…とっとと探すぞ。」
 そうして一階まで降りた。中央に立つ。
「…風の塔か。」
 レオンの言葉に言われるまでもなく、他の二人も気がついていた。ルーンが木に火をともす。火が、 たなびいた。
「あっちですわ・・・」
 そう、ここは塔の中。にもかかわらず、絶えず風が吹いている。おそらく、風が吹くほうをたどれば、そこに 風のマントがあるはずだった。
 そうして、ようやく外側に隠された通路を見つけた。階段を登る。
「わー、すごいねー。いい見晴らしー。」
 一人がやっと通れるほどの通路が、壁の備え付けられていない外側にあった。
「ここ、本当に通路なのかなー?」
「通路じゃないのに階段なんかつくらねーだろ。とっとと行こうぜ。」
 ずかずかとレオンが細い通路を歩く。
「気をつけてねー。僕たちもいこうよー。」
 そういってルーンはリィンを押し出し、その後ろに続いた。

 道は果てしなく遠かった。距離的には、最初に塔の上までいったのと、それほど変わらないはずなのだが、 いかんせん速度が違う。足に無駄に力が入るが、休む場所もなく、一同は進む。
 そうして、上り下りを繰り返し…精神力が尽き果てたころ、ようやくひとつの部屋につく。
 そこには、ふわりと風にたなびくマントがあった。鳥のようなマントのすそが、風に踊っている。
「ちくしょ…なんだよ、こんなややこしいところに…」
「何か意味があるのかもしれませんわね。今となってはわかりませんけれど。」
「そうだねー。なんだろうねー。」
「まぁ、無事に取れたしもういいか。」
 そういってレオンは乱暴にマントを剥ぎ取った。
「とっとと帰るぞ、ルーン!」
「うん、じゃあ行くね!…リレミト」
 三人は一気にムーンペタに帰ってきた。そして、その勢いのまま、ドラゴンの塔を目指した。
 大陸を西へ。目指すは、ドラゴンの角。
 そして…その途中。

「………」
 リィンは何も言わなかった。二人も黙って見つめていた。
 城にはカラスががいた。不吉の象徴のように、黒々としたカラスが、城を覆っていた。…死肉を求めて。
 そこには、もう城はない。…楽しかったあの城は。たくさんの思い出がつまったあの城は、もう、どこにもない。
 もう、帰れない。帰る場所はない。あのムーンブルクの城には、二度と帰れない。
 リィンは泣かなかった。表情すら動かさなかった。
 ただじっと見つめ…何事もなかったかのように歩き出した。


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