精霊のこどもたち
 〜 港の恋の物語 (後編) 〜

 泣き声は、町のはずれにしつらえられた、林の奥から聞こえた。複数の子供の泣き声だった。
 三人は、木々の合間をぬって走った。そして。
「あそこだよ!!」
 先頭を走ってたルーンが、指差した先には、何匹ものモンスターが、女性と子供を追い詰めている姿だった。 女性は座り込み、泣き喚く子供を必死にかばっていた。
「二人とも、道を開けて!!!バギ!!」
 言われると同時に、左右に開いた二人の合間から、リィンの風魔法がモンスターへととんだ。止めを刺すには 足りないが、足止めするには十分な威力だった。その間に、二人はモンスターと女性の間に割り込んだ。

「手前らどっから入ってきやがった!!」
 モンスターの鉤爪と剣をあわせながら、レオンが怒鳴る。
「どこか塀が破れているのかもしれませんわね!」
「あ、あっちみたいだよー。」
 リィンとルーンが同時に呪文を唱え、モンスターの肌を切り裂き、焼く。
「あ、あああああああ…」
「怖いよう、おねえちゃーん」
「うわぁぁぁぁぁん」
 すぐ後ろでは、子供の泣き声と、女の混乱した声が聞こえる。モンスターの数は思った以上に多く、かばいながら 戦うのもそろそろ限界に近づいていた。
「ぼさっとしてるな!!とっとと逃げろ!!!」
 レオンが戦いながらそう叫んだ。
 その怒鳴り声に、女性は体を震わす。
「え…ええええ…」
「駄目だよ、レオンー。おびえてる人に怒鳴ったらー。」
 モンスターの羽を剣で突きながら、ルーンはにこやかにレオンをいさめる。
「そうですわよ、もう少し言い方があるのではなくって?」
「うせえな、邪魔なんだからしかたねえだろ!」
 レオンがそう怒鳴り返したときだった。
「…むりよ…そんなの。」


 それはとても震えた声だった。
「お姉ちゃん?」
 子供の泣き声も、女性には届いていないようだった。
「無理よ!走ったってどうせ追いつかれるわ!立てないもの!!…足だって怪我してるもの…無理に決まってるじゃない、 無茶言わないで!!」
 最後はほとんど悲鳴だった。よく見ると、足に擦り傷がある。どうやらモンスターにあって逃げたとき、転んだらしい。
「何言ってるんだ、擦り傷じゃねえか!!ふざけんな!邪魔だ!!」
 もともと女性をやさしく気遣う気などないレオンだが、戦いの最中にそんな余裕などまったくない。思い切り怒鳴りつける。
 だが、それは明らかに逆効果だった。さらに女性は萎縮し、震えている。
「ごめんねー。レオン、ちょっと口が下手な人だからー。ここにいたら危ないよ?安全なところまで逃げて?」
「レオン、もう少し言い方がお考えになったら?それが出来ないのでしたら黙って一匹でも多くモンスターをしとめてくださ らない?大丈夫ですわ。ここのモンスターはわたくしたちが責任を持って食い止めます。」
 やさしく言った二人の言葉にも、女性は頷かない。
「…無理よ…走れないもの…こんなに怖いのに、背中を向けたとたん、殺されるかもしれないのに…怖いもの、怖いもの…私一人じゃ、 何にも出来ないもの!!」
 その声を聞いて、恐怖が伝染したのだろうか、子供がさらに泣き出す。その子供を狙い、モンスターの攻撃が苛烈になった。
 女性たちを背にかばいながら、ルーンが呪文を唱えて敵を散らす。
「ここにいると危ないんだよ?子供たちも泣いてるからー」
「ねえ貴女?大丈夫ですわ。貴女達の背中は、必ずお守りいたしますから。」
 リィンが美しい笑顔でやさしく語りかけるが、すでに見えてない。
「出来ないわ!!無理よ!怖いの!…貴方たちみたいに戦える人に、戦えない私の気持ちなんてわからない!!!」
 女性は泣きながら、そう叫んだ。
 その言葉に、ルーンは静かに言った。
「そんなことないよ。戦ったことない人なんて、いないよ。」


「ルーン?」
 ルーンの声が、あんまりにも静かで、リィンは一瞬手を止めた。合間をぬってのモンスターの攻撃を、レオンは剣で 弾く。
「…戦ってない人なんて誰もいないよ。あなたも、きっと戦ってるよ。戦える。だってね、生きてるって戦いだから。」
「…そんなの、戦えるあなただから言えるのよ!」
 ルーンは剣を下ろし、女性に近づいた。それは無防備な行動だった。だが、ルーンは怖くなかった。
「生きてるとね、苦しいこととか、辛いこととかたくさんあるよ。それに負けないように、僕たちは頑張るんだよ。」
「…だから何だって言うのよ!!」
 ルーンの微笑みは、見たこともない表情だった。いつも明るく笑っている笑顔とは違う、少し曇った、笑顔。
「なによりもね、自分と戦わなきゃいけないんだよ。誰かをうらやましく思っても、自分だ駄目だなって落ち込んでも、 その気持ちに負けちゃいけないんだ。生きてるってことはね、今までそんな自分に勝ってきたってことなんじゃないかなぁ?」
「ああ、そうだ!!」
 そう元気よく言ったのが、レオンだった。ルーンがいなくなった二人分をレオンは苦しそうに裁いている。 三人が二人になったことで致命傷を与えられなくなったが、それでも文句を言わず、レオンはモンスターに攻撃をしていた。
「生きてるってこと自体が、多分戦ってるってことなんだと思うぜ!?生き続けるってことは、それだけで勝ち続けるってことなんだ !お前だって、誰だって戦ってるんだ!!俺たちは、モンスターと戦えるけど、お前にしか出来ない戦いもあるだろ?」
 その言葉を、呆然と聴いていた。

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