精霊のこどもたち
 〜 船上にて 〜

 愛孫を助けてもらったお礼にと、狂喜乱舞しながら巨大な船を贈ろうとした老人の言葉を断って、 三人は一番小さな船を選んだ。
 小さいけれどその船は頑丈で、旅に十分耐えられると老人も太鼓判を押し、急いで準備を進めてくれた。
 徐々に整っていく船を見ながら、レオンが声を上げる。
「俺たちの船かー。なんかこう、わくわくするよな!」
 船で旅をしたことはある。だがそれは「国」の船であり、父王をはじめ多くの召使がのり、目的地は定められ、堅苦しい 物だった。
 だが、この船は違う。今も長旅に備えて、水と食料が積まれていくが、作業する人々は嬉しそうだった。
「モンスターが出てきてからは長いこと、長期航海がなくってな。旦那様が取引に行って以来だな。」
 船員は悲しそうにそう語っていた。みな、生粋の船乗りなのだ。船を愛し、航海を人生にしている。 長い航海がなくなったことに、一番悲しみを覚えていたのが、船乗りたちだった。
 自分たちが出るのではないにしろ、誰かの旅立ちを見れるということが、船乗りの喜びだった。それが 将来性のありそうな若い男や、美しい女のためならなおさらだった。

「そうだねー。冒険って気がして、なんだか嬉しいねー。ねえ、リィン?」
 ルーンが隣にいるリィンに話を振る。リィンはぼんやりと船を見ていた。
「…リィン?」
「あ、ええ、そうね。わたくしも嬉しいわ。」
「どうかしたか?リィン?」
 レオンの言葉に、リィンは言葉を並べる。
「たいしたことではありませんわ。改めて船を見て、なんだかその造形に感心してしまって… 宮廷の船は優美でしたけれど、装飾がなくても計算されて設計された物は、美しいのですわね。」
「なんだそりゃ。」
 レオンは首を傾げるが、ルーンは頷き、言葉を返す。
「そうだねー。レオンだって儀式用の使えない剣より、鋼の剣の方が好きでしょー?」
「ああ、そういうことか。そうだな、俺も実用的なやつのほうが好きだな。」
「ええ、そうね…」
 そういうと、リィンはまたため息をついて、ぼーっと船を眺めた。
「なんだ、らしくねぇな、リィン。」
「…らしくない…?」
「なんかずっと静かだぜ?やっぱおめーは強気でいるほうがらしいだろうよ。気持ち悪いぜ?」
「レオン…そんな風に言っちゃ駄目だよー?」
 ルーンのフォローを聞く間もなく。
「それはレオンのことではありませんの?誰もがレオンのように単純な頭だと思わないでいただきたいですわ。」
「んだと?誰が単純だ?」
「今その言葉に、怒ってらっしゃる方でしょうね。」
 二人のにらみ合いが始まってしまった。
(リィンが元気になるなら、かまわないんだけれどねー。)
 にこにことそれを眺めながら、それでもそろそろ止めたほうがいいかと思ったとき。
「あの…出港される方ですよね…」
 おずおずと商人がルーンに話しかけてきた。

「そうですよー。どうかしましたかー?」
 にらみ合いをしている二人を置いて、ルーンはにこやかに用件を聞く。
「実は貴方たちにお願いがあるのです…」
「僕たちに出来ることでしたらー。」
「てめえ、ルーン!勝手になんか引き受けてるなよ!」
 レオンの言葉と同時に、ルーンの後頭部へ衝撃が走る。
「レオンー、痛いよー。」
「それで、なんのご用件ですの?」
 美しい少女に話を促されたことに気を良くしたのか、商人は勢いよく語り始めた。

「あの夜は、ものすごい嵐でした…。その嵐で財宝を乗せた私の船が沈んでしまったのです。私は たまたま近くを通った船に助けられましたが、財宝は海の底へ…」
 そうして商人は、リィンの白い手を握った。
「お願いです!私の財宝を引き上げて下さい!そうしてくださればきっとお礼をします!このままでは私は破産 してしまいます!」
 手をつかまれ、詰め寄られ、リィンは後ずさりするが、商人はどんどん体を寄せてくる。
「あ、あの、そうですか、それは大変でしたわね…」
「ええ、そうなんです!大変なのです!!積荷は商人の命!それを置いてきてしまうなんて…ああ、私は どうすれば!!」
 ずいずいと寄ってくる商人とリィンの間に、ルーンが顔を割り込ませた。
「それでー。どこらへんに沈んじゃったのー?」
 ルーンがそう言っている間に、レオンが強引につないだ手を離させる。
 解かれた手を未練がましく見ながらも、商人は答えた。
「それが…分からないのです。なにしろほとんど気を失っていて…。ですから、あなた方が頼りなのです!」
「それじゃ、どうしようもねーじゃねーか。」
「ええ…」
 レオンの言葉に沈んだ商人を慰めるために、リィンが優しい目を向ける。
「でも、見つけたら、届けに来ますわね。」
「ありがとうございますー。」
 そういいながらドサクサにまぎれてリィンに抱きつこうとした商人の腕を、ルーンがつかむ。
「うん、約束はできないけど、頑張るねー。」
 にっこりと言ったルーンの笑顔に、商人はしぶしぶ抱きつくのをあきらめた。


「恩人さんたち、そろそろ準備が整いますぞ。乗船なされ。」
 ご隠居が話しかけてきたとき、準備完了の鐘が鳴った。
「ありがとうございます。」
 リィンの礼に老人が首を振る。
「いやいや、孫娘を助けてくれた恩に比べたら、たいしたことじゃありません。いつぞやは 冷たくあしらってしまって申し訳なかったですな。」
「いいえー。ご隠居様には感謝してますー。」
「ああ、ありがとうな。」
 老人はにこにこと笑う。
「旅は厳しく辛かろうが、航海の無事を祈っておりますのでな。」
「ありがとうー。」
 老人や船員たちに見守られ、三人は船へと乗り込んだ。

 帆が張られ、ゆっくりと風を受ける。
 人々の声援に手を振りながら、三人は港から、世界へと旅立った。


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