精霊のこどもたち
 〜 空と海との間で 〜

 目指すザハンの村は、灯台からはるか南東の海にあった。長い船旅は時々出るモンスターのほかは 順調に平和に進んでいた。
 船室から見える空は青く、どこまでも澄んでいた。
 四角く囲われた青い空を見ながら、リィンはひたすらベッドの上でうずくまっていた。あまりにも いろいろありすぎて。考えることが多かった。
 あの肖像画が、今も頭に焼き付いている。
(同じ時代に、名を残した先祖と同じ顔をしたわたくし達が生まれたこと…何か意味がありますの?)
(…もしわたくしは、紛れもなく、ロトの末裔なら…?どうしてお父様はわたくしを認めようとしてくださらなかったの…?)
 父は知らなかっただけなのだろうか。もし、そうならラダトームがあの肖像画を隠匿していなければ、自分は父に 認められたのだろうか。
(けれど…ただ、両親と外見に相似点がないと言うだけで血のつながりを否定するほと…お父様は愚かではなかったと 思いますわ…。なら…どうして…?)
(兄の…せいなのかしら…それにどうして、兄は…ムーンブルクを…?)
 コンコン。
 ノックの音と共に、ルーンの声がした。
「リィンー。入ってもいい?」
 顔を上げて返事をする。
「ええ。かまわないわ。」
 ルーンが扉を開けると、ベッドの上にうずくまったリィンが見えたのだろう、心配そうに声をかけてきた。
「具合、悪いの?大丈夫?」
「いいえ、体は快調よ。船酔いもしていないわ。」
「そう、良かった。ずっと出てこないから、ちょっと心配してたんだよー。」
 本当に嬉しそうににっこりと笑うルーン。そんなルーンにリィンは疑問を投げかける。
「ルーンは…どう思いましたの?あの、肖像画を見て。…自分と同じ顔をした。ロトの勇者を見て…」
「血って不思議だなぁって思ったよー。」
 あまりにもあっけらかんと答えるルーンに、リィンは少々面食らう。
「…それだけですの?」
「あ、良く似てるなー、とか、レオンっていつもこんな気分だったのかなとか…」
 指折り数えながら、ルーンは次々にあげていく。
「…悩みは、しませんでしたの?」
「何が?」
 本当に、この少年の心はわからない。深いようで、とても浅い。
「…わたくしは…とても嬉しかったのに…。どこか、自分が自分でないような…勇者の仲間の…スペアのような、 そんな気がしておりましたわ。世界の危機に瀕したときに…英雄の変わりに自分が生まれたような…そんな気がしてましたの …」

 自分が自分でなくなったような、そんな疎外感。世界が自分を見てくれないような気がしていた。
 暗い顔をしてうつむいてしまったリィンに、ルーンは明るく言う。
「なぁんだ、リィン。そのことでずっと悩んでいたの?」
「…ルーンは…気になりませんの?」
 リィンの言葉に、ルーンは目をクリンとさせて笑う。
「だってリィン、レオンはレオンでしょうー?竜の勇者のスペアなんかじゃないよね?」
 その言葉に、のどが詰まる。…言い返せなかった。言う、言葉がなかったのだ。
 だが、ルーンは疑う様子など見せなかった。当然のように話を続ける。
「僕はレオンが好きだもの。アレフ様の生まれ変わりじゃなくったって大好きだよ。…この気持ちは、きっとロトの勇者は 持ってなかったよ。僕だけのものだもの。だからね、僕は僕だよ。リィンだってリィンだよ。だって、僕、リィンの こと好きだもの。名前も知らない絵の女の人よりも、ずっとずっと、リィンのこと好きだもの。だから、 リィンはリィンだよ。」
 まったく理屈になっていないと、リィンは思った。だが、理屈では表現できない「思い」があるような気がした。
「こんなところで考えてるから、悲しい考えになるんだよー、リィン。外に出ようよ、気持ちいいよー?」
 そう言って、ルーンはリィンに手を差し伸べる。リィンは何も言わず、その手に手を添えた。 ぐい、とリィンの体が軽々とひっぱられ、持ち上げられる。
(懐かしいわ…)
 何故だか分からないけれど、それが妙に懐かしかった。
 けれど、いつだってルーンは、悩んでいる自分を引っ張り上げ、光に導いてくれる、そんな気がした。
 …そう、とても懐かしくて。懐かしくて。
 そのまま導かれるままに、リィンは部屋から外に出た。

「お、お前ら、ちょうどいいところに出てきたな。」
 外に、レオンが待ち構えていた。
「どうしたのー?」
「ザハンが見えてきたぞ。あそこだ。」
 レオンが指差した先に、小さな小さな島が見えた。


「漁師村ザハンにようこそ!」
 そう出迎えたのは、元気な妙齢の女性だった。
 ザハンと呼ばれるその村は、とても小さな村だった。入り口からでも、ほぼすべてが見渡せるほどだった。
「げ…」
 そうして、村に一歩踏み入れたとたん、レオンの足が止まり、顔が真っ青になる。
「…お連れ様、どうかなさったのですか?」
 心配そうに見る女性。
「いいえ、なんでもありませんのよ。少し船酔いをしているようですわ。お気になさることではありませんわ。」
 リィンがにっこりと笑う。レオンが顔を真っ青にした理由は、見ただけで分かった。
「…ところで、この町には男の人、いないんですねー。どうしてですか?」
 ルーンの言葉に、女性は誇らしげに言う。
「ええ、男たちは今、漁に出ておりまして、留守でございますわ。」
 その言葉に、レオンの顔色がますます悪くなる。
「わりぃ、俺、帰るわ。」
 くるりと村に背を向ける。
「どこに行かれますの、レオン?」
「駄目だよー、レオンー。」
 2人の言葉に、レオンが怒鳴り返す。
「うっせえ!んなところいてられっか!!」
「あの…」
 女性が遠慮しがちに聞いてくる。
「いいえ、お気になさらないで下さい。それより、わたくし達、金の鍵の伝説を求めて参りましたの。ご存知 でして?」
「それは、タシスンの家にまつわる伝説ですわね。タシスンの家は今、奥様が守っていらっしゃるはずですわ。 案内いたしましょうか?」
「いい、いいからほっといてくれ!!」
 2人が何か言う前に、レオンが叫んだ。その言葉に、さすがに気味が悪くなったのか、女性は去って言った。
「レオンー、失礼だよー。」
「いいからとっとと行くぜ!いつまでもこんなところに居るなんて、冗談じゃねえ!!」
 その言葉に、2人はため息を付く。そして、リィンが手加減せずに言う。
「…わかってますの?レオン?タシスンさんのお家が分からないと言うことは、わたくし達この村の方々に 尋ね歩かないといけないと言うことですのよ?」
 その言葉に、レオンの顔は、真っ青になった。


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