精霊のこどもたち
 〜 過去の幻影、そして… 〜

 呪いから解放されたあとの朝日は、殊の外美しかった。
「目、覚めちまったな。」
 ゆっくり眠れた気もしないが、さりとて起きるには中途半端な時間だった。
「…そのままで、聞いてくださる?」
 ずっと座り込んでいたリィンが、顔を上げぬままそう言った。
「なぁに?リィン?」
「どうしたんだ?」
「…ルーンは知っていますわね。わたくしが夢の中で何を見たか…何を見せられたか。」
 リィンの言葉に、少し首をかしげるルーン。
「うーん、僕にはずっとあの赤黒い変な樹に見えてたから、実際に見えてたわけじゃないよ?」
 ルーンの言葉に頷くレオン。
「で、何が見えたんだ?」
「…お父様とお母様…それにあの時に死んだ、城の皆が見えたわ。たくさん居た。皆わたくしに呼びかけていた。 『こっちにおいで』と。」
 その言葉に、レオンは怒りの炎を燃やす。
「…どこのどいつか知らねえが死者を辱めるなんざ、神官の片隅にもおけねーだろ!」
「いいえ、レオン、それならばわたくしが責められるべきだわ。…そう望んだのは、わたくしなのだから。」
 リィンの言葉に、レオンは一瞬詰まるが、思い返したように言い返す。
「あんな風に死なれたら、もういっぺん会いたいと思うのはあたりめーだろう?」
 その言葉に、リィンは笑う。本当に、レオンはまっすぐで、いつでも正しくあろうとして…自分も正しくあらねばと 思ってしまう。
 だからこそ、自分の罪を此処で暴くのは辛かった。
「…リィンが言いたいのは…その事じゃないよね?お兄さんの…フェオさんのこと?」
 そのルーンの言葉がなければ、そのまま蓋をしていたかもしれない。が、リィンは結局頷いた。

「フェオが…?どうしたんだ?まさか、呪いをかけたのが…フェオだとかいわねえよな?そりゃフェオは 優秀な魔法の使い手だったけど…フェオはぜってーそんなのしねーぞ!!」
「いいえ、わたくしには分からない。けれど、思い出したことがあるの…レオン。…良く聞いて頂戴。」
 そう言って、リィンは顔を上げた。
「以前、わたくしは言いました。儀式の直前に兄が入ってきて、父と母を殺したと。」
「…ああ。」
「その言葉に相違はありませんわ。確かに兄と…父と母が兄と呼んだ人間は…父と母を笑いながら刺し貫きました、 手に持った、その剣で。本当に嬉しそうで…恐ろしかったのです。わたくしは…」
 レオンに不満がありそうだったが、ルーンが手でそれを制する。リィンは話を続ける。
「…その後、すぐに兄の手から魔力が放たれ…わたくしは犬に変えられた。そう思っておりました。けれど… わたくしは思い出したのです。…兄は父と母を自らの手で殺したあと…その後すぐに、わたくしを犬に変え… そして、自らの身を剣で刺し貫きました。そしてわたくしにこう言いました。 『すまない…こんなことしか、出来ない。けれど、お前だけは…守る…』 …犬となったわたくしは、魔力で外へと飛ばされ…その途中に気を失いました。」
 それは、あまりにも理解不明な言葉だった。
「自殺…しちゃったって、こと?」
「わかりませんわ。どうして兄が自殺したのか…。あれほど嬉しそうに父と母を殺したのに… それでも、わたくしに話しかけたその一瞬は…とても慈愛にすら、満ちているような気がして。… 兄は私を守るために、犬に変えたのだと…信じられませんが、そう思いました。…ですが、それを認めたく、 ありませんでした。あまりにも、理解できないことばかりで。わたくしは忘れてしまうことにしました。 そう決めていたわけではありませんけれど、無意識に忘れようとしておりました。」
 そして、実際忘れたのです。そう言って、リィンは顔をゆがめて笑った。

「…フェオは…死んじまったって…こと、か?」
 しばらくの沈黙の後、レオンがそう恐る恐る口にした。
 レオンは、今始めて自覚した。この旅を続けていれば、やがてフェオに会えるのだとそう信じていた、 願っていたことを。
「分かりません。ですが、これを思い出したのは、あの夢の中で死者の一人として、兄がいたことにあります。 ハーゴンが兄でなく、兄の知人であるならば…その死を知っていて、わたくしにその幻影を見せた可能性はあると思います。」
 そう言ったリィンと、それを聞いたレオンは驚くほど力ない様子だった。


 レオンは揺れていた。
 生きているか、死んでいるか。どちらの道をとっても、悲しい現実しかない。
 会いたかった。旅をしていれば、あの時のフェオが、自分に笑いかけてくれる気がしていた。『相変わらずだな』と微笑んで、 剣の腕の上達を褒めてくれる…そんな気がしていた。
 だが、もうそれはありえないのか。そんな甘い現実は。

 リィンも揺れていた。
 憎んでいれば良かった。責任を全て兄に押し付けて、兄を憎めればこれほど楽なことはないのだ。
 憎しみだけで生きて。憎しみにすがって。暖かな感情など感じずに。
 兄を憎んでいる。父と母の愛情を一身に得ながら、それを捨てていった兄を。
 兄を憎んでいる。父と母の愛情も、希望も、…命も全て奪っていた兄を。
 …兄を、憎めない。いとおしげに、口から血を吐きながら、それでも優しく微笑んでくれた兄を。
 半分に、引き裂かれてしまいそうだ。憎しみと、愛情で。


 揺れている二人の横で、ルーンは一人、荷物を探っていた。
「…本当は、これを渡していいのか…僕には分からないんだけど…」
 そうして取り出したのは、淡く輝く石だった。朝日に負けてしまうほど、淡く、淡く 輝く石。何色に輝いているのかさえ分からない石。元はピラミッドの形をしていたのであろう 小さな石は、あちこちが欠けていて、古さを感じさせた。
「…ルーラの基石…?」
 リィンがようやく口にした言葉に、ルーンは頷く。
「うん、レオン、覚えてるよね。これね、ムーンブルクのお城で見つけたんだよ。」
 そう言われて思い出す。周囲を探っている時に、確かにこれにけつまづいたことを。
「ああ、そういや、そうだっけ…?それが?」
 レオンがそう言うと、ルーンは石をまっすぐに差し出す。なにやら彫ってあるところを指差した。
「ここね。古くって。良く見えないけど…フェオさんの名前じゃないかな?」
 その言葉に二人が恐ろしい勢いでルーンに詰め寄る。リィンがルーンの手に置いてある それをじっと眺める。それは・・・あちこち欠けたり薄れたりしているけれど…そう読める気がした。
「…確かに…」
 それは、確かにフェオストラス・ルミナ・ロト・ムーンブルク。そう読めなくもなかった。


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