〜 UNDER GROUND 〜 ちょうど教会についた頃は、二人の歌姫を見た人たちが立ち寄っていたためか、ずいぶんとにぎやかだった。 「しかし…これ、避難用に作ったんだろ?ずいぶん立派だな。ステンドグラスまであるぜ?」 「このように閉鎖された空間ですもの。きっとこういった不安を吐き出す場所は重要なのですわ。」 「もともとあった教会から持ってきたんじゃないかなー?」 他の建物に比べても、ずいぶんと手の加えられた建物だった。そして扉の中に入ると、意外なほど楽しげな 人たちが、おしゃべりしていた。ここは、懺悔の場所ではなく、交流広場のようなものなのだろうか。 自国の教会のあまりのイメージの違いに、三人は少し固まっていた。だが、神父はその姿に気が付き、にこやかに こちらに話しかけてきた。 「…ああ、貴女が噂の歌姫ですね。皆様方、こちらには懺悔ですか?」 「え、いいえ。あの…」 「僕たちー、この町のこと、いろいろ聞きに来たんですー。」 突然話を振られて少しうろたえたリィンを、ルーンがフォローする。 「そうですか。ですが、そちらの歌姫さんが皆様に見つかるといろいろと大変でしょう。よろしければ、こちらへ…」 神父の言葉に、はっと気がつく。下手をすると周りを取り囲まれてしまうだろう。三人は頷き、神父の 促されるままに奥の部屋へと向かった。 案内された部屋は、どうやら神父の私室のようだった。部屋の隅には小さな机と教会で人が座りきれない時に使うのだろう、 木製の椅子が積み重なっていた。 神父は椅子を三つ取り出し、机の上に並べた。それから奥に引っ込み、暖かいお茶を出してくれた。 「ありがとうございます。ですが教会にいらっしゃる方々はよろしいのですか?」 リィンの言葉に、神父は気さくに笑った。 「いいんですよ、皆さんが楽しくお話していらっしゃるのですから。」 「じゃあ、ここでは懺悔とか祈りとかはないのか?」 レオンの言葉に、神父は人の良い笑顔を浮かべながら答える。 「そういう人はね、昼間から来ないんですよ。ほら、ここ狭いでしょう。教会の中に誰もいなくても、暗い顔して 教会に入っていったら『ああ悩みがあるんだな』ってわかっちゃうんです。 誰にも見られないで教会に来るのは無理がありますからね。下手をするとその内容まで わかっちゃいますから、たいてい早朝や深夜にいらっしゃいますね。それでも、もし暗い顔をした町の人が 来たら、皆さん自然に帰ってくださいますよ。」 そう言って、紅茶を飲んだ。紅茶から漂う湯気は、部屋に暖かな空間を生み出す。 「それで皆様はこの町の、何を聞きにいらしたんです?」 神父の促しに、レオンが紅茶を飲み干して聞いた。 「ああ、紋章のことを知っているか?」 「紋章…ですか?」 「ああ、精霊ルビスの加護を象徴したものだ。」 「…お話は聞いたことがあります。何でもラダトームの南、大灯台に一つ、眠っているとか…」 神父の話に、三人は肩を落とす。ルーンが星の紋章を取り出した。 「それは、もう手に入れちゃったんですよー。」 「おお…これが…。でも残念です。私は他に紋章のことは知らないのです。…何か、他に知りたいことはありますか?」 その言葉に、リィンが姿勢を正して聞いた。 「…ここは、ハーゴンの侵攻を恐れて地下に逃げたと伺いました。ハーゴンのことについては、何かご存知です?」 …その言葉に、神父は沈黙した。そして、用心深く聞く。 「…貴方たちの望むような情報は、ほとんど持っておりません。私たちはムーンブルクがハーゴンを襲ったこと、 そして、邪神を呼び出し世界を破滅させようとしていること…せいぜいその程度です。」 「ええ、それは…ムーンブルクが滅ぼされる前から存じ上げておりましたわ。それゆえ、 ハーゴンは邪神官、と名乗っていると。」 リィンが苦い顔をしてそう言った。…それは、世界の情報を集めている伝令兵が聞いてきた情報だったが、まさかそれが …自分の兄で、自国を滅ぼすなど、考えてもいなかった。 「その他は…そうですね、ハーゴンがいつ、世間に知られることになったか、ご存知ですか?」 その言葉に、三人は考える。邪神を呼び出そうとしていると、噂で聞いた。だが、それはいつからなのか…そんな 基本的なことを、三人は知らなかった。 「ではやはり…教会の炎獄のことも、ご存じないのですね。」 「ええ…わたくしは知りませんわ。二人も知らないはずです。…どうか教えてくださいませ。」 リィンがそう言って、それから二人を見た。二人も頷いた。 「…ここから西。ちょうどテパのから南。ロンダルキア山脈のふもとに教会があったことはご存知でしょうか?」 静かに語りだした神父の言葉に、三人は首をふる。 「それはそうでしょうね。国家とは何のつながりもない教会でしたし。とはいえ、そこの神父はなかなかの人格者で、青少年の 教育に一役買っていたのです。」 「それがどうかしたのか?」 「…その教会を襲ったのが、私の知っている限り、ハーゴンの最初の罪深き所業です。」 …一瞬の沈黙が降りる。レオンが音を立てて立ち上がった。 「…なんで、そんな教会を襲ったんだ!?俺たちが知らないような教会だったんだろう!?」 「わかりません。ただ、その神父も、ご家族も、本当に信仰深い、清らかな方々でした。そこに師事されていた方々も です。…それが、気に障ったのではないでしょうか?」 「…教会の炎獄というのは?」 リィンの言葉に、神父は重々しく語る。 「…まず、どうしてこの事実が知られていないのか、お話しましょう。…それは、 その教会に住む者は誰も生き残らなかったからなのです。 誰一人として…それはある意味、ムーンブルクと同じですね。ただ、山奥にあった教会ですので、ムーンブルクほど 広がらなかったのです。…ですが、ペルポイには、その教会に商売をしに行っていた方がおりました。…たまたま、その日そこに 訪れ、たった一人悲劇を見たものがおります。 私は、その方からその事実を聞きました。…その方はまるでその情景は『炎獄』であったと述べました。」 「燃えたのですか?」 リィンの言葉に、神父はためらった。 「その方が言うには、炎が上がっていたというのです。・・・ですが、燃えてはいなかったそうです。」 「は?」 レオンが聞き返す。神父は苦笑した。 「私も、同じように聞き返しました。そうするとこう言いました。『確かに炎が上がっていた。だが、その周りにあった木々は 燃えてはいなかった。教会すら、そのままにあった。』と。ですが、その方は…手足にやけどがありました。…そして、 その後そこに訪れてみると、人は炭化するまで燃やされておりました。」 「幻の術…それも高度なものですわね。実体を出さずして、見た者にそのままの特性を伝える…呪いの一種ね…」 「はい、おそらく、ハーゴンは幻が得意なのでしょう…もし、それから身を守るのでしたら…ルビス様の加護を 得るしかないと思われます。」 その時、ずっと黙っていたルーンが、神父に質問をした。 「その教会は、燃えていないのなら、今もまだあるんですか?」 「いいえ、その後、呪によって破壊されたそうで、今はその跡を残すのみです。」 「そっか…」 ルーンは飲み干された紅茶の跡を、じっと見つめた。 …その後、しばらく沈黙が続いた。神父がすっかり冷め切った紅茶を、いつまでもかき回していた。 「…時間とらせて悪かったな。十分役に立つ情報だったぜ。」 最初にその雰囲気に耐えかねたレオンが、そう言って椅子から立ち上がる。 「…待ってください。…その前に、一つだけこちらからお聞きしてもよろしいでしょうか?」 「なんだ?」 「…あなた方は、何のためにハーゴンのことを、お聞きになったのですか?…ハーゴンの被害から逃れるためですか?」 「何故、そのことをお聞きになるのです?」 リィンが置いたスプーンが、ちりんと小さい音を立てる。 「貴方たちは、アンナから私のことを聞いた、違いますか?」 その問いに答えることはできなかった。それは、アンナにとって不利益なことなのだろうか。 黙ったままの三人に、神父は笑顔を見せる。 「そんなに固まらないで下さい。…困ったな。実はね、今の話…おそらくアンナは知っていたと思うんです。 あの子は町の歌姫。人の中心に常に立っている子ですから。」 その言葉に、息を呑む。ルーンが首をかしげる。 「でも、アンナさんは紋章のことは知らないって行ってましたよ?」 「そうですね。そのことについては、私の方がまだ詳しいでしょうし、あの子もそのことを知っているでしょう。 ですが、それだけならわざわざ私のことを紹介しなくても『知らない』で終わらせれば良かったはずです。… 私はあの子の真意を測りかねているのですよ。貴方たちの人柄を見極めて欲しかったのか。それとも、私に全てを任せたかったのか。」 「全てを…とはどういう意味ですの?」 リィンの言葉に、首を振った。 「…もしあなた方が身を守るために、ハーゴンのことをお聞きになったのでしたら、意味のなさないことです。ただの 興味、感心だとするならば、触れてはいけないことです。」 「…ハーゴンを討つ為なら?」 レオンの言葉に、神父は答えた。 「…そして、あなた方にそれ相応の腕があるのならば、私は町の人に秘密にしている事実を、お教えします。」 「…ああ。頼む。」 ごくりと、生唾を飲む音が聞こえた。 「とは言っても、私から重要なことが話せるわけではありません。この町の北東にある牢獄に…ハーゴンの手下が捕らえられている。 それだけです。」 |
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