精霊のこどもたち
 〜 時のはざまと勇者の血 〜




 デルコンダルの城は、街の中以上に飾り付けられ、人々は楽しそうに走り回っていた。
「尋ねてきていただいたのであわただしくてすまんな!」
 デルコンダル王が目の前で豪快に笑う。
 ここは王の間。三人の訪れに最初はもめたが、レオンが切り札の『ロトの紋章』を取り出すととたんに態度が 変わり、すぐさま王の間へと案内されたのだ。
「いいえ、先触れもなく参上したことをお許しくださり、真にありがとうございます。」
 レオンが真面目顔で王に頭を下げる。デルコンダル王が豪快に笑った。
「いやいや、そんなにかしこまらずともよいぞ、レオン殿。…して…」
 王がリィンの目を向ける。
「その美しい方は、どなたかな?」
「お初にお目にかかります、デルコンダル王。わたくしはリィンディア・ルミナ・ロト・ムーンブルクですわ。」
 完璧な笑顔を浮かべながら、リィンは華麗に頭を下げて見せた。
「おお、ムーンブルクの華麗なる花か!話には聞いておるが、想像以上の美しさだ!今まで お会いできなくて真に残念だった!!」
「いいえ、国亡き今、こうしてお会いしてくださっただけでも嬉しく思いますわ。」
「そうだな、ロトの血筋の国と言えど、ルビスの守護はもはや届かなかったようだ。非常に残念なことだ。」
 その言葉にとげを感じたが、リィンは黙って頭を下げる。続いて、ルーンが前に出た。
「デルコンダル王様。サマルトリアのルーンバルトです。お初にお目にかかります。」
 ルーンの言葉に王は頷き、またリィンに目を向ける。
「あさっては我が1四人目の娘、イェスミーナの15歳の誕生日でな、これも何かの縁、貴公ら三人もパーティに 招待しよう。我が娘や息子たちも喜ぶだろう。」
「い、いえ…その、実は…」
 レオンが声を上げるが、王はその言葉を聞いていない。
「部屋を三つ用意した。どうぞ今日はゆるりと休まれよ。わしの子供達が貴公らに会いたがっておったし。 何よりリィン殿が着飾ったところをぜひとも拝見したいからな。いや、今着ておられる その羽衣も良く似合うが、やはり美しき花はもっとこう、派手に着飾ってもらいたいからな!!」
 笑って召使いを呼ぼうとする王に、リィンが急いで口を挟む。
「デルコンダル王様、申し出は嬉しく思います。ですが、わたくし達はなさなければならないことがある身ですわ。 実は王様にお願いしたいことがあって参りましたの。」
「ほうほう、なんだ?リィン殿の申し出ならば、出来る限りの事をしよう。」
 デルコンダル王は鼻の下を伸ばしながら言った。
「紋章…というものをご存知でしょうか。ルビスの加護を得たものですわ。こちらにあると聞いておりますの。」
 リィンの言葉に、一瞬顔をしかめたが、また元の笑顔に戻った。
「ふむ…我が国への捧げ物として、そのようなものがあったように思うが…また探しておこう。」
「あの…」
 リィンの言葉をさえぎって、王は大声で告げる。
「ともかく、今晩は共に食事を囲んでいただこう。このような辺境の国ではあるが、精一杯のもてなしをさせてもらうからな。 イェスミーナも、他の子供達も、ぜひそなたらと会ってみたいと言っておるからな!ではわしは、晩餐の準備が あるからこれで失礼させていただこう!部屋の準備は整っておる。夕餉の一時を楽しみにしておるぞ!」
 そう言うと、王は王座から立ち上がり、別室へと向かってしまった。
「皆々様、部屋をこちらに設えてございます…どうぞ…」
 しずしずと二人のメイドがこちらに向かってくる。レオンの体があとずさった。
「あ、ああ…」
「はい、お願いしますー。僕と、レオンの部屋は近いですよね。」
 レオンを後ろにかばいながら、ルーンが笑う。
「はい、お隣の部屋にさせていただきました。こちらにどうぞ…」
 そう言われて三人がメイドの行く方向へ歩いていこうとすると、もう一人のメイドがリィンをやんわりと 止める。
「リィンディア様はこちらへ…」
「失礼いたしましたわ。では、レオン、ルーン、あとでまた…」
 リィンは頭を下げて、レオンたちとはまったく違う方向へと歩いていった。


 通された部屋は、典型的な客室だった。どうやら重鎮を迎えるための部屋で、自室と比べても遜色がない。 ただ、デルコンダルらしく、部屋の調度品が少し派手派手しいが、これは許容範囲だろう。
 しばらく椅子にへたり込んでいると、ドアがノックされる。ルーンの声がした。
「レオン、お邪魔しますー。」
「おおー。」
 力なく返事をしたレオンの声を聞き、ルーンが扉を開けて入ってくる。
「どうしたのー?元気ないねー。」
「このあと晩餐会か…お前も気をつけろよ?」
「えー?何がー?」
 にっこりと笑うルーンを見ていると、なんだかどうでも良いような気がするが、それでも過去の恐怖経験を語る。
「俺が前に一回ここに来たときには、王女たちにもみくちゃにされたぜ…?お前も王子なんだから大変だぜ…」
 レオンがそういうと、ルーンはにっこり笑う。
「僕は大丈夫だよー。でも、リィンが心配だよねー。」
「あいつなら大丈夫だろ。」
「誰が大丈夫ですって?」
 そこにいないはずの人間の声が部屋に響いた。

「リィンー。」
 ルーンが窓を開ける。レオンが立ち上がり、窓に駆け寄った。見下ろすと、底には董の髪。
「おおお、お前、一体何やってるんだよ!」
「見てわかりませんの?・・・嫌ですわね。長い間旅なんてしていると、粗野な行動にも慣れてしまいますわ。」
 リィンを良く見ると、青いマントを羽織っていた。旅の荷物もそのまま持ち出してきたらしい。
「お前、風のマントで飛び降りて抜け出して来たのか?」
「そんなことより入ってもよろしくて?」
「いいよー。」
 ルーンが微笑んで手を伸ばそうとして…後ろに下がる。
「僕も荷物持ってきたほうがいいのかなー?」
「別に気にすることなくてよ?」
「ううん、僕、持ってくるねー。レオン、リィンを上げてあげてー。」
 くるりと身を翻し、ルーンは部屋を出て行った。
「…なんだあいつ?」
「…わかりませんわね…ともかく上げてくださらない?窓を這い上がる気にはさすがになれませんわ。」
「わぁったよ。」
 レオンは手を伸ばし、リィンの腕を無造作に掴む。二人の顔が近づいた。リィンはじっとレオンを見つめた。
「…なんだよ。」
「いいえ…ただ、顔だけはアレフ様に良く似ていると思っただけですわ。」
 そう言いながらリィンは壁を蹴飛ばし、窓から部屋に入った。
「なんだよ、それは、どういう意味なんだ?」
「いいえ、ロトの血筋というものは一体なんなのか、少し考えただけですわ。」
 リィンは服の埃を払い、適当な椅子に座った。



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