〜 舞い踊るものは何？ 〜 きらびやかな人の群れは、何ヶ月も王宮を離れていたレオンの目をちかちかとさせた。 （おいおい…） 事前に『内輪のパーティ』だと確かに聞かされていたのだ。にもかかわらず、まったく内輪とも思えない人数が、 広場にたむろしていた。 「あー、レオンだー。うん、良く似合ってるよー。」 ふわりと薔薇の匂いを漂わせて、ルーンが現れた。明るい緑色にレースの付いたの上着と白い真珠の飾りが良く似合っていた。 対する自分は暗めの青の上着。できるだけレースがない地味な物を選んだつもりだったが、きらきらした飾りがどこか面映い。 「よぉ、遅かったな。」 「凄い人だねー。この城の人だけって聞いてたのにねー。」 「全部そうなんだろ。」 周りを見渡すと、淡い色をした髪の貴婦人たちが、こちらを見ている。どうやらこの国の王女だろう。デルコンダル王の 面影がある女性も多い。そしてその向こう側には王子たち。こちらは妙にそわそわしている。 「すごいねー。たくさんいるねー。」 「…親父曰く、国王たるもの次代につなぐ人材を多くそろえておくことも義務だそうだぜ。」 レオンが軽い気持ちでそう吐き出したとたん、ルーンがにっこりと微笑む。 「レオンも、そう思ってるのー？」 その笑顔が本能的に怖いと思ったのは、レオンの気のせいだろうか。思わず半歩あとずさる。 「…思ってねえよ…ただ、デルコンダル王は親父と同じ考え方なんじゃねえの？」 「そうかもねー。…僕はやっぱりそんなの嫌だけど…」 ルーンがそう行ったちょうどその時、人がいっせいにざわめいた。 真っ赤なドレスはまさに薔薇。高く結い上げた髪には薔薇の花と、宝石がきらきらと輝いている。しずしずと デルコンダル王に手を引かれてやってきたリィンは、ため息が出るほど美しかった。 デルコンダル王のもう片手には白と青のドレスを着た清楚な姫。おそらくイェスミーナ姫だろう。幸い デルコンダル王とは似ていない愛らしい姫だが、リィンと一緒にいると不幸なことに引き立て役にしかなれなかった。 二人を両手に引き連れたデルコンダル王は、豪奢な椅子がある、赤絨毯の上で止まった。レオンと ルーンの前に居た人間が、道を開けた。二人はその人の道を進む。 「本日はイェスミーナの生誕祭に来てくださって感謝する！」 デルコンダル王の言葉に、レオンがまず頭を下げる。 「イェスミーナ王女の生誕の祝いに参加できたこと、真に嬉しく思います。」 「イェスミーナ姫、誕生、おめでとうございます。この一年がイェスミーナ姫にとって、幸せな年でありますようにお祈り いたします。」 続いてルーンがにっこりと微笑んで、祝いの言葉を述べた。 「イェスミーナ姫様、おめでとうございます。姫の中の花がほころぶこの時期に、お会いできたこと大変嬉しく思います。」 最後にリィンが恭しくイェスミーナに礼をした。その優雅な動作に、周りからざわめきが聞こえる。 「私の誕生日に多くの方が祝辞を述べてくださる…これほどの幸福はございませんわ。それでは今宵の一時を楽しくお過ごしくださいま せ。」 イェスミーナはにっこりと、ルーンの目を見て微笑んだ。その言葉が合図になり、楽団が音楽をゆるやかに流し始めた。 女は全般的に嫌いだが、その中で一番嫌いな女は、舞踏会の女だとレオンは思う。 男もそうだが舞踏会の女は、こちらをぎらぎらと見る。王族として生まれた以上、その理屈は良くわかる。舞踏会などと名が 付いていても、結局は男女の狩場なのだ。それはある意味モンスターと戦っている自分たちとはまた違った戦いであり、 そんな生き方もありだとは思う。 …だからこそだろうか。普通なら『熱っぽい』と表現される貴婦人の目を見るたびに、かつての母を思い浮かべる。 独り占めしたい、邪魔者を排除できた喜びに満ちた、狂気の目。 …自分も、同じ目をしているのだろうか。やがてそんな目をするようになるのだろうか。そんなことをぼんやりと 考える。 周りを見渡すと、遠巻きに眺める女たちがじっとこちらを見ている。形式的に向こうから話しかけることが 出来ないのだろう。それができる主役のイェスミーナはルーンの側で顔を赤くしている。 どうやらルーンが気に入ったのだろう。リィンの美貌や、レオンの丹精な顔立ちに隠れて目立たないが、 王族として生まれた気品と優しげあふれた顔は美形と行って差し支えない顔立ちだ。 そしてリィンはようやくデルコンダル王から解放されたらしく、いままで待ちわびていた王子たちに 囲まれている。リィンを射止めれば地位もあがるだけあって、王子たちは必死だった。 他人事気分で眺めていると、一人の王子がこちらに近づいて話しかけてきた。 「レオンクルス王子…ですね。はじめまして、私はアーケル。第八寵姫ダラリスの長男です。ようこそデルコンダルに。」 「はじめまして、このような場にご招待いただいたこと、光栄に思います。」 堂々と寵姫の存在を伝えられることにいくばくかの驚きを見せながら、レオンは頭を下げた。 冒険の話や国政、自国の風習などを話しているうちに、やがて他の王子たちも集まり…そして次々にレオンの 自分の姉や妹を紹介し始めた。 なんとなく途中から予想はしていたが、さりとてどう対処していいかわからない。踊って欲しいと迫る女性たちの前に レオンが観念しはじめた時だった。 「あ、レオンー。ちょっと相談があるんだよー。いいですかー？」 いつからいたのか、にこにこ笑うルーンがレオンの肩を叩いた。王子王女達が、頭を下げて去っていった。 「…助かった…」 ルーンにすがりつかんばかりに、レオンはルーンに近寄る。にこにこ笑うルーンが、神様にも見えた。 「お疲れ様ー踊ったの？」 「踊ってねえよ…」 「そっかぁ。」 にっぱりと笑うルーン。視線をフロアに向けると、十重二十重に広がった貴公子の中心にリィンが居た。 「あいつも大変だな。」 「うん、さっき三人くらいの人と断り切れなくて踊ってたみたいだよー。」 どうやら真の主役はリィンのようだった。先ほどデルコンダル王が付き添っていたのもそれが理由だろう。 男と違い、女は話し掛けられたら断りづらい。 「…レオン、助けてあげなよー。」 「あ？」 「リィン、踊りに誘ってあげたらー？きっと困ってるよー？」 ルーンの言葉にレオンは眉間にしわを寄せる。 「何で俺が…お前がいけばいいじゃねーかよ。」 「僕踊れないからー。」 ルーンのその笑顔にだまされそうになるが、なんとか持ち直す。 「…踊れるだろ？お前。何度も見たぞ。リィンとも前踊ってたじゃねーか。」 しかも間違いなく自分より上手かったはずだ。自分も体を動かすことは好きだが、優雅さというものに 欠けていると、舞踊の先生によく言われていた。 レオンの言葉に、ルーンは口元に人差し指を当てる。 「ってことにしてるんだよー。だから駄目なんだー。」 「…してるって…あの王女さんか？」 「うん、イェスミーナ姫に踊ってって言われちゃったから。そう言って断ったのに、リィンと踊ったら 駄目でしょう？それにリィンと踊ってる間は、誘われなくて済むよ？」 その言葉にレオンは盛大に舌打ちしてみせた。 「…しゃーねーな。まぁ、俺も視線にさらされてるのも落ちつかねーしな。お前にも助けてもらったし。」 「うん。頑張ってねー。僕ここから二人が踊るのを見ているよー。」 ルーンが笑顔で手を振っている。レオンはため息をつきながらリィンの元へ向かった。 |
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