精霊のこどもたち
 〜 嵐に向かうように 〜




 王の間の扉が閉まると同時に、リィンとレオンはルーンの裾を掴んだ。
「どうしましたの?ルーン?」
「お前なんかずっと変だぞ?」
「えー、僕、なんか変ー?」
 のんびりと自分の体を見直すルーン。いつもの笑顔。けれどその奥にどこかあせりのようなものを感じた。
「別にお前の体が変だって言ってるわけじゃねえよ!さっきの態度っつーか…」
「だって僕、怒ってたもん。とっても怒ってたもん。」
 心なしか頬を膨らませてルーンが言う。
「怒ってたぁ?あれが怒ってる態度かよ!!」
「えー?僕どう見ても怒ってたでしょう?ねえ、リィンー?」
「え、ええ…そうね。」
 リィンはようやく思い出す。かつて、初めてルーンが怒った、あの夢の中を。
「なんだよ、リィン。お前気がついてたのかよ。」
「そういうわけではありませんけれど…言われたらなんとなく納得しましてよ。」
「そうかぁ?」
 レオンは首をかしげる。ルーンが怒ると言うことが信じられないようだった。そしてその気持ちは リィンにも伝わる。
「無理もありませんわ、レオン。わたくしだって以前、ルーンに怒られなければ同じように思っておりましたわ、 きっと。」
 くすくすと笑うリィンに、レオンがあんぐりと口を開ける。
「…お前、ルーンに怒られるって…なにやったんだ?」
「リィンが悪かったんじゃないよー、あの時はごめんね?リィン?」
「いいえ、ルーン。感謝していますわ。…それに、今もそうですわね?わたくしの為に怒ってくださったのでしょう?」
 やわらかく微笑むリィン。
「そんなことないよー?僕が勝手に怒ったんだよー?」
「それでも、感謝いたしますわ。」
 そっとリィンがルーンの手に触れようとした時だった。
「リィン姫!!」
 反射的に振り返る。そこには一人の貴公子。昨日最初に踊った王子だったと思い出す。確か第二寵妃の息子だった はずだ。
「貴方は…アンドール様。昨日の踊り、楽しかったですわ。」
 リィンはにっこりと笑うが、アンドールは真剣な表情でリィンの前に立った。  


「リィン姫…明日、獣と戦うと言うのは本当ですか?」
 真剣な顔をして王子が言う。リィンは変わらぬ笑顔のまま頷く。
「ええ、そうですわ。」
「おやめください!そんな危険なこと、どうして貴女がなさらなくてはならないのですか!!」
「ご心配には及びませんわ、アンドール様。けれどわたくし達にはどうしても紋章が必要なのです。」
「…リィン姫は本当は、父の妃となられるのが望みだと聞きましたが…違われるのですか?」
 その言葉に、リィンはため息をついた。国をなくした王女が他国を訪れればそう言われるのは当然だ。 おそらく、デルコンダル王は吹聴したのだろう。三人はわざと負け、しぶしぶ娶られると言う体裁を つけるつもりだと。
「そうならないために戦うのですわ。」
「つまり父の妃になることは、リィン姫にとって望ましくないと言うことで…よろしいのでしょうか?」
 リィンが頷く。すると、アンドールは目を潤ませた。
「…けれど、リィン姫、わざわざ貴女が戦う必要はありませんよ。ロトの王族が代々魔力に優れていることも存じております。 ですが、あの獣に何人もの兵士が重症を負わされているのです。もし貴女の体にあの獣が爪を立てたらと思うと…。」
「…なんだってそんなもん飼ってるんだ?」
 レオンのもっともな台詞に、アンドールがレオンをにらみつけながら言った。
「父はとにかく強い者が好きなのです。最初はこの国の王位決定を、その獣に打ち勝った者に決めるつもり だったらしいのですが、母を初め、正妃様たちからも反対され、父はやむなく断念したのです。」
「そこでお前が名乗り出りゃ、お前は一躍次期国王だったんじゃないのか?」
「それができれば苦労はしません!次期国王になりたいとは思いますが、命を犠牲に したくはありません!!」
 レオンに怒鳴ってから、アンドールは我に返る。
「し、失礼しました。しかしそれほど危険な獣なのです。常に血に餓えており、動くものを見ると 例外なく襲い掛かってくる、理性のない獣です。どうか皆様思いとどまって下さい。私も 一緒に父上に進言します。どうか…」
 そういいながら、アンドールの目線はリィンしか見ていなかった。
(わかりやすいな、こいつ。)
 そう思いながら、レオンはアンドールを諭す。
「負けないぜ?俺たちは。まぁ黙ってみてろよ。」
「レオン王子!腕に自信がおありなのは存じております!!ですが思いとどまってください!!どうしても 紋章が必要だと言うなら私が何とかして手に入れます!!」
「アンドール様…」
 興奮するアンドールは、リィンの小さな手を掴む。
「…姫…私と結婚してくださいませんか?父も私と姫が恋仲だと判れば、無為な求婚はしないでしょう。 …私はあなたの流れる血だけを見ているような父とは違います。」
「アンドール様…けれど、わたくし…」
「昨日踊った時…いいえ、初めて貴女を目にした時から、私は…」
「ありがとうー。」
 アンドールの言葉をさえぎったのは、ルーンののんびりとした声だった。

「ルーン王子…?」
「あ、…ごめんね、えっとー、僕が邪魔するつもりじゃ、なかったんだけど…」
 どぎまぎしながら、そう弁解したあと、ルーンはにっこりと笑う。
「アンドールさん、とってもいい人だねー。ありがとうー。 僕たちのこと心配して、くれたんだよね?でもねー、僕たちきっと負けないから、大丈夫だよー。」
「…あの獣は、強いですよ?」
 毒気が抜かれたように、アンドールはそうとだけ言った。
「でもね、僕、レオンのことも、リィンのことも信じてるから。きっと勝てるって。だから勝てるよ。」
「…ルーン王子は、戦わないのですか?」
「そんな二人を助けられるように、僕も頑張るよ。でも、レオン。勝てるよね?」
 にっこりとレオンにそう問いかける。レオンは握りこぶしをぐっと見せた。
「あったりめーだろ?なぁ、リィン。」
「ええ、わたくし達は負けませんわ。」
 自信満々と言う三人に、アンドールはぽっかりと口を開ける。そんなアンドールにリィンは微笑みかけた。
「…アンドール様、お心は嬉しく思います。ですがアンドール様、わたくし達を 信じてくださいませ。…出来ないことを言い張るほどわたくし達は素人はありませんわ。」
 その自信に満ちた三人の姿が美しく、アンドールは声も出なかった。
 そうしてアンドールは自分のに礼をして去っていく三人の姿を、言葉もなく目で追った。


リィンと別れて、二人は隣り合った扉にそれぞれ手をかける。ルーンは部屋に入ろうとする レオンを目で呼び止める。
「…なんだ?」
「リィン、守ってあげなきゃ駄目だよ。」
「あ?明日勝てってことか?言われなくても判ってるぜ?…なぁ、お前、やっぱなんか変じゃねえ?」
 その言葉に、ルーンはにっこりと笑う。
「判ってるならいいんだー。ごめんねー、じゃあねー。」
 閉まる扉の音に拒絶の響きがあるように聞こえたのは、レオンの気のせいだったのだろうか。 ルーンが残した薔薇の香りだけが、廊下に漂っていた。



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