精霊のこどもたち
 〜 遠い夢、近い過去 〜




 夢を見ていた。
 終わりの夢を。
 そして始まりの夢。全ての悲劇の始まり。
 それはとても不幸な悲痛。どうしようもない慟哭。
 それは確かに罪。それは禁忌。
 ・・・だが、その叫びは闇に溶けなければならぬほどの罪だったのだろうか?


 悔しかった。
 憎めればいいのに。憎い恋敵だと思えればいいのに。それでもとてもよい人で…とても憎むなんてできなかった。
「最近元気がないね。どうしたんだい?」
 そう心配そうに言われれば、にっこり笑ってこう返すしか僕にはできなかった。
「なんでもない。…そうだね、寒くなってきてるから…風邪をひいたかな。」
「そうか。そうだね…十分に休んだ方がいい。」
 そう心配してくれるのがやっぱり嬉しくて、少しだけ悔しい。
 …普通に暮らそう。僕はそう思った。幸いマリィたちがいる寮とこの寮とは距離がある。 しばらくマリィに会わないようにすれば…やがてきっと、この痛みに耐えることができる。これも…きっと 神の試練だと僕はそう思った。


 時々のようにやってくる痛みに耐えて…それでもようやく耐えられるようになったころ。この教会に 冬が訪れていた。
 このところ、その痛みを忘れるためにひたすら勉強をしていた。知識があるということはそれだけでも 財産だ。神学だけではなく、自然学、魔術、歴史、語り継がれる天界や魔族のこと。
 そして、その全てのことに恋敵は詳しくて、また少し苦しかった。どうしても叶わないことが悔しくて 辛かった。
 …それでも、いつかそのことを笑えるようになる。そう神に祈り、信じていた。


「…あれ?」
 食事も終わり、ほんのわずかな自由時間。勉強を始めようと思ったとき、聖書がないことに気がついた。 …おそらく礼拝堂に忘れてきたのだろう。廊下は寒いので少し躊躇するが、 生まれてからずっと側にいた聖書が側にないのは落ち着かない。あれは神の教え、神の恵みを 象徴するもの。それを置き忘れる自分を少し情けなく思い立ち上がる。
 廊下に出ると、その寒さに身を震わせる。雪が降りそうな寒さだった。

 小走りに寮を出て、礼拝堂へと向かう。建物の扉をそっと開け、扉を閉める。そしてルビス像が見守る礼拝堂の 扉を開けようとして…話し声が聞こえることに気づいて、その手を止めた。養父の声だった。

 …どうしてあの時、躊躇せず扉を開けてしまわなかったのか。話中だからとどうしてまた明日にしようと 思わなかったのか。
 けれど僕は止まってしまった。その会話に聞き耳を立ててしまった。
「・・・寒い中、すまないね」
「本当にごめんなさい。」
「いえ、大丈夫です。それより、お話とはなんですか?」
 その声に、出た時には部屋にいなかったことに気がついた。…養父と養母も いるようだった。一体三人は何を話しているんだろう?
「…君にこの教会の跡をついで欲しいんだ。」
 ……え?
「神父様?奥様…それは、一体…どうして!?貴方には息子さんが…ハーゴンがいるじゃないですか!」
「…知っていると思うけれど、ハーゴンは私たちの本当の息子ではないの。」
「だからって、どうして自分なんですか!?」
 必死な声の後、養父の言葉が残酷に刺さる。
「…マリィが君のことを好いているみたいなんだ。どうかマリィと結婚してこの教会の跡をついで欲しいんだ。」

 …その場に崩れ落ちる想いがした。この22年、がむしゃらに頑張ってきた。養父や養母に認められるため。 自慢の息子だと何度も言ってもらえて…それでも養父や養母に認められようと頑張って、頑張って…僕は 二人を本当の親のように思っていたし、思われていたと思っていたのに…
 泣きそうだった。それでも頭を振って思い直す。僕がマリィを妹のように思えなかったように、二人も マリィが一番大切なんだ。…それは仕方ない。愛する二人の娘なのだから。何よりも愛しく思えて当然だ。 そのマリィが好いている人間と結婚して欲しいと言うのは…それもきっと当然。親心というやつだ。
「…神父様、奥様。申し訳ありません。そのお話をお受けするわけには…」
「どうして?マリィがお嫌い?」
「…ハーゴンが可愛そうです。ハーゴンは貴方たちに認められたいと頑張って・・・立派な息子さん ではありませんか…」
「ああ、ハーゴンは自慢の息子さ。ハーゴンにはなんの不服もない。あの子は本当に いい子だ。私たちが未熟なのだろうね。あの子の親には ふさわしくないのかと考えるよ…それでも私たちはマリィにここの跡をついで欲しいと思うんだから。」
 その言葉だけでも、十分だった。それならいい。愛されていたのだ。ならば、十分だ。
 心痛むけれど…失恋の思いと共に、きっと忘れられる。…恋敵は憎らしいくらい、僕では勝てない素晴らしい 相手なのだから。
「・・・お言葉は嬉しいです。けれど、やっぱり…」
 扉から離れようとした時、その声が聞こえて僕は立ち止まった。
「…マリィではお気に召さないかしら?…あの子は本当に貴方が好きなのよ。」
「…奥様、マリィさんは、自分にはもったいない方です。そしてそれ以前に、自分は誰かと結婚することなど許されません。」
 その言葉が、意外だった。…何か事情があってここに来た事は知っていた。けれどその言葉はその想像以上に重かった。
「…申し訳ありません、ご期待に沿えることが出来ず…もし不服でしたら自分はここから出て行きましょう。」
 その言葉に、扉を掴んだ。止めたいと思った。ここから出て行くことを。もう、ここ以外にきっと行く先はないだろうから。
「…君が、王族だからかい?」




 え・・・・?


「…知っていたのですか?」
「…なんとなくだけれどね。フェオ君、貴方がムーンブルクの第一王子だと言うことは知っていたよ。偉大なる ロトの血筋に連なる高貴なる方だとね。」


 ……今、なんて…?


「…それでも…いいや、だからこそ貴方に、マリィを、この教会を頼みたいと思ったんだ。」
「貴方はルビス様の祝福を得て生まれてきた方だもの。」


 …どう、して…

 音も立てず、僕は引き返す。
 どれだけ頑張っても、どれだけ努力しても、血には勝てないのか。高貴な王族の血とはそれほど凄いのか、 ルビスの祝福とは、所詮、選ばれたものにしか与えられないのか、どれだけ努力しても、どれだけ頑張っても、 高貴な人と言うのはその上をいくのか、全てを与えられるのか、その血だけで!!!!
 フェオが優秀だったのも、自分より物知りだったのも、全て血なのか、祝福された王族だからなのか!!
 神とはなんだ、祝福されるとはなんだ。どれだけ努力しても届かないその先にただいるだけで幸福を 与えられる者がいるのが、ルビス神に守られた世界なのか!!
 僕の心が、どんどん闇に病んでいくのが判る。ああ、でもそれは当然だ。病んでいるのはこの 世界全てなのだから。
 僕が一体何をした?一体何をしたのだ?ルビスの教えを守り、それを学び、心から信じていた!! 神に近づけるよう、この22年努力した、努力してきた!!その仕打ちがこれなのか、何も与えられない、 誰からも受け入れられないのか!!
 そのような不誠実な神ならいらない。フェオを肯定する世界も、僕…私を認めない 人々も…全て消えてしまえばいい!!!!
 いらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらない いらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらない いらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらない いらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらない いらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらない いらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらない いらないいらないいらないいらないいらないいらない…

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