精霊のこどもたち
 〜 緑の吹く丘の上で 〜




 海はどこまでも青かった。
 つい先日、船に乗ったときには、全てが灰色に見えたのに。今は本当に青く…美しかった。
 …それは。
「リィン、何見てるのー?」
 考えていた人物に声をかけられ、リィンの胸が跳ね上がる。
「…な、なんでもなくてよ、ルーン。ただ、…海がとても綺麗だと思いましたの。」
「うん、そうだね。とってもいい天気だねー」
 ルーン、リィンの横に立って、海を眺めた。空を見上げ、海を見下ろし…そうしてその様子を じっと眺めていたリィンに、いつものように微笑んだ。
 …そのことに、涙が出そうだった。自分の中から幸せな気持ちが湧き出して止まらなかった。
 ルーンの笑顔がじんわりと染み渡る。ただ、笑っていてくれる。それだけで自分がこんなにも幸せに なれるなんて思わなかった。
 海風が二人の頬を心地良く撫でる。リィンの髪が海風にたなびき、ゆったりと揺れる。そんな はかない時間を、リィンは存分に楽しんだ。

 そんな夢から目を覚ましたのは、レオンの登場だった。
「お前ら、こんなところで何してるんだ?もう少ししたらムーンペタにつくぜ?」
「あ…いいえ、ただ海を眺めていただけですのよ。そう、もうすぐ着くのですわね。」
 ふと、暗い気持ちが落ちた。…ムーンブルクの最後の民が待つ場所。ハーゴンの過去を知った今となっては… おそらく一番危うい場所かもしれない。
 その表情の変化に二人とも気がついたのだろう。
「…大丈夫だろう?やるならムーンブルクをおとした後にとっととやってると思うぜ。」
「ハーゴンには、そんな気なかったんじゃないかなぁ?お城って言うのは王族の象徴みたいなものだから、きっと 気に入らなかったんだろうねー」
 二人の言葉に感謝して、リィンも笑う。
「ええ、判っておりますのよ。それでも一度、見ておきたかったのですわ。ロンダルキアに行く前に…」
 その言葉に、ルーンは両手をぽん、と打った。
「そういえばリィン、レオン。僕ずっと気になってたんだけどねー」
「なんですの?」
「月のかけらで封印された修行場だっけ?そこに邪神の信徒がいるから行こうって言ってたよねー?」
 二人の表情が一瞬固まる。そして
「「あ!!」」
 同時に声を上げた。二人とも、すっかり忘れていたのだ。なにやらずっとごたごたしていて、それどころではなかったのだ。
「…そういえば…邪神の像を持っている者だけが、ハーゴンへの道を開くことが 出来るとか聞きましたわね…」
「やっべー…すっかり忘れてたな、おい。」
 頭を抱えるレオンを見て、ルーンは笑う。
「あははははー、僕もさっき思い出したんだよー。じゃあ、ムーンペタに寄ったら、浅瀬を探そうねー?」
「確か、ザハンの近くでしたわよね?」
「そうだったな。もしかしたらそこに紋章があるかもしれねーしな。」


 道端で世間話をする主婦。楽しそうに遊ぶ子供達。忙しそうに町を走る男。…本当に平凡な…平和な光景。
 それを本当に嬉しく思う反面、少し寂しかった。
「リィン?」
 心配そうに覗き込むルーンに、リィンは笑いかけた。
「かつては子供が来たらいたずらされそうで恐ろしかったのですけれど、今はとても微笑ましいですわね。」
「見方が変われば、感じ方も変わるんだろうな。」
「そうですわ、レオン。なんと言っても視線が違いますもの。もしわたくしが、レオンやルーンと 同じ身長でしたら…きっと感じ方や考え方も、変わっていたでしょうね。」
「大きいリィン、きっとかっこいいだろうねー。」
 ルーンはにっこりと笑って、リィンを見下ろした。リィンはそんなルーンを見上げた。
 レオンは生まれた時から大きかったが、ルーンはあまり育たない子供だったから、リィンと同じくらいの身長だった。
「殿方ってずるいですわね。努力しなくても、わたくしたちより力をつけて、大きくなるんですもの。」
「そんなことないよ、リィン。リィンには僕たちが絶対叶わない武器がたくさんあるよ?僕がずるいなって思うくらい。」
「…それはなんですの?」
 リィンの問いに答えず、ルーンは笑う。
「ね?レオン?」
「なんの話だよ。おら、とっとと行くぞ。あの兵士にあっときゃ大体のことはわかるんじゃねーの?」
 レオンの促しで、三人は村の隅にいるはずの、ムーンブルクの兵士を探した。


 その場所は、野営地と化していた。
「…これはなんですの?」
 いるのは主に若い男。布で作ってはあるものの、かなり本格的なテント。まるで炊き出しのような食事を、老齢の女性たちが 作っている。そしてそれをおいしそうにほうばる若い男たちは、皆簡単な装備を整えている。…スラムにしては綺麗な 身体で、顔が輝いている。
「なぁ、俺たちは旅のもんなんだけど、お前らはなんだ?」
 レオンが軽く声をかけると、近くにいた一人の男が答えた。
「この時勢に旅をするなんて酔狂だな。ここはムーンペタ自警団本部だぜ。」
「あれー?僕、前にもここに来たんだけどー、その時にはなかったような気がするよー?」
 ルーンの言葉に、当然とばかりに胸を張る。
「そりゃそうだろ。できたのはここ最近だ。あるとき、村にモンスターが入ってきてな。それを城の生き残りの兵士が先導して、 そいつらを捕らえてくれたんだ。」
「な!」
 声を上げようとしたリィンの口を、レオンは抑える。
「お前が出てくるとややこしいんだ、黙ってろ。」
 レオンのささやき声にリィンがしぶしぶ頷いた。ルーンがリィンの顔を隠すために、マントをはずして顔からかぶせる。そして そのリィンを隠すために、レオンは前に乗り出して話を続けた。
「そりゃすげえな。そいつが一人で?」
「いや、俺たちも協力したぜ。かなり苦戦したけどな。だが、王が亡き今、俺たちだけでがんばらねーとな。 この国を守るのは俺たちしか居ないんだ!!って団長…ってさっきの生き残りの兵士さんなんだけど… そう言ってくれて。俺たちは感動したね。」
「すごいねー。僕、その人に会ってみたいな。団長さんってどこにいるの?」
 ルーンの言葉に、男がテントを指差した。
「団長ならあそこにいるはずだぜ。」


 



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