精霊のこどもたち
 〜 正義の在処 〜




「…世界って広いな…」
 レオンの疲れた声が、むなしく空へ響く。
 そう、世界は広く、自分は狭い。どれほど巨大な力を持とうが、王国の王子だろうが、海に入れば自分の海は、 自分の身体の分しかないのだと、思い知らされる。
 …つまり、ムーンペタを出発して10日間、まだ目的に浅瀬を発見するに至らず、レオンはすっかり飽きていた。
「そうですわね…世界中を周っているわけでは在りませんのに…」
 リィンがそれに同意する。周っているのはザハン周辺の海域だが、いくつもある小島付近には数百の浅瀬があり、その全てが はずれだった。今はゆっくりと内側に向かい、浅瀬を探していた。
「けど、広いから楽しいんだと思うよ。世界は広くて、綺麗だから…僕たちが知らない沢山のことがあるんだよね。」
 いつでもポジティブなルーンがにっこりと笑う。
「ロマンはいいけどな。…俺はそろそろ飽きたぜ…」
「僕だって疲れてるよー。でも、きっと見つかるよー。」
「…まぁ、邪教の教会が見つかりやすいところにあるのも、おかしなお話ですものね。」


 そして、それから三日後のことだった。
「…鳴ってる…ルーン、レオン、こっちですわ!」
 月の欠片を持っていたリィンが、舳先を指さして唐突にそう叫ぶ。
「鳴ってる?何がだ?」
 レオンがリィンの持っている月の欠片を覗き込むが、特に変わった様子は見られなかった。
「…何の音もしないぞ?」
「…音ではありませんわ。…呼び合っていると言った方が良いかもしれません。ルーン!わたくしが言う方へ船を!!」
 リィンの言葉に、ルーンが船を動かす。そして、ちょうど大海のへそにあたる部分に…小さな浅瀬が見えた。
「ここ?リィン?」
「確かに怪しい浅瀬だな、おい。」
 二人の言葉に、リィンはしっかりと頷く。
「ええ、ここに間違いありませんわ。」
 リィンは月の欠片を天かざし、叫ぶ。
「潮を操る天空の女神よ!精霊の子の願いに応え、我らが前に道を開け!!」
 リィンがそう叫ぶのと同時だった。月の欠片に描かれた月がゆっくりと光ると、地響きが聞こえ…そして見る間に目の前の 浅瀬が海に飲まれていく。それと同時に、海底からゆらりと陸地が顔を出し…そこには確かに下に下りる階段が存在していた。

「ようやく見つけたな。」
「うん、大変だったねー。」
「そんなことより、随分時間をロスしたはずですわ。早く参りましょう。」
 気がつくとリィンは既に準備を整えている。ひらりと軽い身のこなしで出来上がったばかりの陸地に降り立った。
「…なんだか入り口から熱気を感じますわ。」
「…妙に暑いな。」
 いつの間にか横に降り立っていたレオンがそれに同意する。そして軽い音を立てて、ルーンが降り立つ。
「ほんとうだねー、海の中なのに不思議だねー。」
「ま、寒いと身体が動かねーから、それよりはいいかもしれねーな。んじゃ、行こうぜ。」


 長く暗い階段は、確かにそこに人の動きがあったことがわかる、しっかりとした作りをしていた。そして風が強く吹く。 下から上へ温かい…いや、暑いと言ってもいい吹き上げる風が。
「…随分と暑いですわね…」
 スカートの裾を押さえながら、リィンが嘆息を漏らす。
「地下熱…かな?もしかしたらここは海底火山なのかもしれないね。」
 ルーンの言葉にレオンが喉の奥から低い声を出す。
「それってやばくねぇか?」
「大丈夫じゃないかなー。もしここがそんなにまずい場所ならハーゴンの信徒が一番先に犠牲になっちゃうもん。」
「それもそうですわね。」
 ルーンの言葉に、リィンが頷く。だが、ルーンはにっこり笑って続けた。
「これがハーゴンの仕込んだ罠だったらわからないけどねー。」
 二人の表情が固まった。だが、一瞬ののちリィンが諫める。
「…ルーン、不吉なことを言うのはやめてくださる?いくらなんでも大掛かり過ぎますわ。」
「うん、ごめんね?」
 そう笑うルーンは本当に可愛くて。リィンの頬が少し染まる。
「…あれ?なんか赤いね?」
 ルーンの言葉に、リィンの胸が跳ね上がる。
「っな、なにがですの?!」
「…溶岩だ…」
 そうつぶやいたレオンの頬も、溶岩に照らされて赤い。気がつくと、強烈な熱気に晒されていた。
 そして、階段の最後の一歩を降りたとき、三人の眼前に地獄の風景が広がっていた。


 地面の横で、ぐつぐつと煮えたぎる溶岩。わずかに残った岩が、唯一の足がかり。
 だが、やがてそれも溶岩に呑まれ、三人は一歩も動けなくなった。…ルーンの呪文がなければ。
「…なんか変な感じだな、おい。…でもなんだ、この奥に神殿があるっつーことは、その中にルーンと同じ 呪文を使える奴がいるってことか?」
「正確には、おそらく同じ呪文を使える魔族でしょうね。ロトの血族でない人が、これほどの呪を身につけられるとは 思えませんもの。」
 リィンの言葉にルーンが首を振る。
「そうでもないと思うよ。この呪文、構造自体は簡単だから、この呪文のことを知っていて、編み出そうと努力した人なら 身につけられると思う。ただ、この呪文地味だから皆ほとんど知らないと思うし、この呪文のために努力しようと する人は少ないと思うけどねー。」
 ルーンはそう言って笑う。照れているのかいつもの調子なのか、溶岩に照らされた赤い顔からはわからない。だが、 次の瞬間、ルーンは真顔になった。
「…だから、きっとこの奥にはハーゴンの仲間の魔物がいると思うよ。」
「ええ、わかっておりますわ。」
 それでなくとも理性のない魔物が、ほぼ絶え間なく襲ってきているのだ。それを掻き分け、 三人は複雑な洞窟の階段をいくつも上り下りを繰り返し、下へ下へと降りていく。
「とっとと像かなんか奪って、ここからおさらばしようぜ。暑くてかなわねーぜ。」
 レオンは手を振り涼風を求めたが、そこから流れるのは温風でしかなく、不快感を悪化させるだけだった。
「その意見には同意ですわね。でもレオン、暑いのは平気なんじゃなくって?」
「物には限度ってもんがあんだよ!それに平気とは言ってないぜ?」
「あら、そうでしたかしら?」
 その会話に、ルーンが笑ったときだった。その笑い声の向こうに気配を感じて三人は口を閉じた。

 そこはおそらく最下層。…気配は思ったより多かった。20人ほどいるのだろう。
「厄介だな…こんなにいやがるのか…」
「…でも、レオン。この気配…そんなに強い魔物とは思えないよ?」
 ルーンの言葉にリィンが頷く。
「そうですわね…もちろん気配を抑えているのかもしれませんけれど…このような場所で20人もの魔物が 気配を抑えて過ごす意味がありませんもの…」
 三人はその場所へ進んだ。おそらくこの洞窟の最深部…邪教の礼拝堂へ。






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