精霊のこどもたち
 〜 生きている祝福 〜




 レオンが肩をまわすと、パキパキと関節の音が聞こえた。
「…やっぱりこれ、身体おかしくなるんじゃねぇの?」
「えー、ぐるぐる回って楽しいよ?」
「…なんにせよ、便利なことには違いありませんわ。…おそらく翼無き人間では、これが最短ルートでしょうし…」
 リィンは頭を抑えている。少し顔色も悪い。

 三人はベラヌールに戻り、教会の裏の回廊を抜け、旅の扉に入ったのだった。
「…それにしても、真っ暗ですわね。」
 旅の扉の先は、窓のない小さな部屋のようだった。手の先がすでに見えない。
「モンスターの気配はないな…」
「わわわわわわわわ・・・・・」
 ルーンの悲鳴と同時に、大きな音。そして一条の光が差し込む。
「ルーン?!」
 下を見ると、真っ黒な板の上に寝転んでいるルーン。
「…なにをやっていらっしゃるの?」
「ドア、外れちゃったよー。」
「大丈夫かよ、おい。」
「うん、怪我なないよー。」
 ルーンは起き上がって戸板を持ち上げる。二人が出たのを確認すると、簡単に扉を直した。

 その小さな部屋は、古い祠のようだった。窓が板で打ち付けられているところをみると、随分前に 放置されてしまったのだろう。
「ロンダルキアを見張るための場所だったのかも知れねーな。」
 レオンの言うとおり、他に何もないところにぽつんと立っていたその祠から見上げると、はるか向こうに白く雪かぶった 山が見えた。
「さて、ここのどこかにロンダルキアへ通じる洞窟があるのですわよね?」
「うん、そうだと思うよ。」
「んじゃ、とっとと行こうぜ。」
「うん、こっちだよ。」
 レオンの先導に、二人はおとなしくついていく。
 そこはおそらく岩山の中腹にできた場所なのだろう。四方が岩山に囲まれた小さな小さな野原。ルーンは迷うことなく 野原の奥にある、小さな岩の前に立った。
「…ここが、どうしましたの?」
「ここが入り口だよ、ロンダルキアの洞窟への。」
 きっぱり言い放つルーンは、どこか預言者めいていた。
 リィンはその岩をもう一度見てみる。…なんの変哲もない、ただの岩山だった。
「ここからか?なんの変哲もない岩だぞ?」
 レオンが岩をぺしぺしと叩く。
「うん、下がってて、レオン、リィン。」
 ルーンはそういうと、邪神の像を高く掲げた。
「全てを破壊に導く、平等なる魔の神よ。我ら、汝に命を預けた者なり。かの胎内をくぐり、汝を祭る地へ、我らを 誘うことを許したまえ。」
 ゆっくりと、大地が揺れ始めた。そして目の前の岩がゆっくりとせり上がり…その奥に隠された洞窟への入り口を あけた。
 …その様子があまりにも神がかりすぎて。邪神の像が引き起こす奇跡と、邪神への祝詞を口にするルーンがあまりにも 似合いすぎていて。二人の背筋に冷たいものが走った。
「…なんで、お前、ここだってわかったんだ…?」
 レオンの問いに、ルーンが真顔で答えた。
「ハーゴンの記憶だよ。」
 邪神の教えを継ぐ者。目の前にいるのは、確実にその一人なのだ。
   ”…もしかしたら、このルーンの姿をしたものは、ルーンではないのかもしれない”
 ”世界樹の葉は間に合わず、この中身は、別のなにかなのかもしれない。”
 そんな考えが、ほんの一瞬、二人の頭をよぎる。目の前にいる、恐ろしいものへの恐怖を。

 パン!

 リィンは自らの頬を叩くことによって払拭した。
「どうしたの?」
「なんでもありませんわ。少し弱気になっておりましたのよ。」
「駄目だよ、リィン。せっかく綺麗な顔なのに…赤くなってるよ。」
 そう笑うルーンは、確かに知っているルーンだった。
「…ごめんなさい、ルーン。」
(貴方を一瞬でも、信じられなかった。わたくしの、愛する人を…)
「どうして謝るの?変なリィン。」
 にっこりと笑うルーンは、確かに自分の知っている、…大好きなルーンだった。
 自分の愚かさを、100回、心の中で叱咤した。
(…信じますわ。どんな時も、ルーンを信じますわ。)

 その横で、レオンがルーンの頭をかきむしった。リィンの言葉を聞いて、レオンもようやく我に返ったのだ。
「うわぁ、レオンー、何するのさー。」
「悪かったな、ルーン。」
「…変なレオン。どうしたの?二人とも。」
「なんでもねぇよ、ちょっと馬鹿なことを考えただけだ。」
 敵の本拠地に向かう前に、少し心が弱っていたのだろう。…それとも、魔の世界に向かう扉が開いた影響で、 頭が侵されたのかもしれない。
(なんにせよ、仲間を信じられないなんて最低だな、俺は。)
 同じことを考えていたであろう、リィンに感謝して、レオンはそう自嘲した。

「ルーン。また必ず、帰ってきましょうね。約束ですわよ?」
 帰る場所はこの場所ではない。…この世界。ルビス様が守る、この地上。
 そしてそれがルーンにも伝わったのだろう。
「うん、約束だよ。」
 そうにっこり笑ってくれれば、それだけでよかった。
 そうして三人は、洞窟へと足を運んだ。





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