〜 黒に染まる刹那 〜 ハーゴンの身体が燃え上がり、灰に変わる。それと同時に空間に『闇』が空いた。 なんの変哲もない空間だった場所が、魔界と繋がる入り口になる様を三人は呆然と見ることしか できなかった。 そして、その空間が三人を…いや、この神殿を飲み込むほど大きくなった時、そこから邪の波動が 生まれ…湧き出すように『神』がゆっくりと姿を見せた。 6本の足には、鋭い爪。尻尾には蛇の顔。 全てを包むような蝙蝠の羽と、緑色の肌はぬめりによってつやつやと光っている。 それはまさに「邪神の像」と同じ姿。だが、その圧倒的な「破滅」の波動。それを浴びているだけで、破滅に 引きずられそうになる。ひれ伏しそうになる。情けないほどに命乞いをして、許しを得たくなる。人間とは 格が違う。そのことが、戦い慣れた三人にわかってしまった。 身体が自然に震える。歯がかちかちと鳴る。 折れてしまいそうな心をなんとか抑え、レオンは叫んだ。 「ルーン!!あいつを押し戻すことはできるか!?」 まだ、完全にこちらに来ていない。今ならなんとかなるかもしれない。 ルーンはしばらく考えて首を振った。かすかに震えた唇から、絶望が語られる。 「ハーゴンはここにシドーを無理やり呼んだわけじゃない!穴を開けてシドーに来てくれって頼んだだけなんだ!! その契約を破却しても、穴が消えてハーゴンの呼び声が消えるだけだよ!!」 「今、あの穴をふさいだら?!」 波動の影響を一番多く受けたリィンは、すでに膝を折っていた。 「…わからない。シドーが諦めてくれれば、帰ってくれるかもしれない。…上手くいけば…」 「どうすれば、あの穴をふさぐことができるんだ?」 レオンの言葉にルーンは少し笑った。 「ふさぐ手段は二つだよ。1つはシドーがこっちにくれば、あの穴は自然にふさがる。ハーゴンの望みは シドーがこの世界をつぶすことだから。」 シドーの身体のほとんどが、姿を見せている。その目は見るものを滅ぼし、大きく開いた口には、何者も 噛み砕く牙が光っていた。 「もう1つは?!」 レオンの言葉に、ルーンはロトの剣を握り締めて言った。 「…命によっての契約を破却するには、命によって打ち消すしかない。」 その言葉に、二人は一瞬口を閉じた。誰かの犠牲で入り口をふさぐのか。…そんなことは判っていたから。 …時間はもう、ほとんど残っていない。シドーの頭さえ、姿を見え始めた。 「…ルーン!!…それは…駄目…です…そんなの…」 あえぐように言ったリィンの言葉で、レオンの目は覚めた。 「ああ、ちくしょう!!」 レオンは怒鳴った。自らの弱気を吹き飛ばすように。勝手に震える身体を、止めるために。 判っていた。おそらく後者を選べば、ルーンは喜んで自分の命を犠牲にして、あの穴をふさぐのだろう。ルーンはそういう人間だと 判っている。 それがわかっているからこそ、リィンは震える声でそう言ったのだろう。自分の何倍もその恐ろしさを肌で感じている リィンは、それでも震えながらその意見を却下した。 それに比べて自分は…ほんの一瞬、 悩んでしまった。…いま立ち向かっているものは、まぎれもなく『神』だった。人の身でどうしても 勝てるとは思えなかった。 ”もう、誰も殺さないでくれ。” それが、フェオとの最後の約束。仮にルーンを犠牲にして生き残っても、そんなもの何の意味もないというのに!! そんな一瞬の迷いを責めて責めて責めた。そして…ついに全身をあらわにしようとするシドーに対して、不敵の 笑みを浮かべながらレオンは二人に語りかけた。 「…二人とも!!神殺しになる覚悟はあるか!?」 「レオン?」 迷ったルーンの横で、リィンも額に汗を浮かべながら答える。 「ええ、当然ですわ!!レオン!!わたくし達はその為に、ここまで来たのではありませんか!!」 「リィン…」 勝てないことなど、二人ともわかっているはずなのに。神に人が勝てるはずがない。そんな当然の事、わかっているはずなのに。 感じてないはずはないのに。現に二人の声は、恐怖に震えていたのに。 …それでも二人とも、理解してくれた。選んでくれた。その事が、涙が出そうなほど嬉しかった。 「…勝てないわけがねえ…あれが神なら、俺たちが精霊のこどもたちだ!!その守護を身に受けた俺たちが、 悪に勝てないはずがない!!」 「うん!!」 「はい!!」 身体の震えが止まった。それは、精霊の守護なのか、それとも血の成せる技か…ただの開き直りか。そんなことは、もう どうでも良かった。 この命尽きるまで、全力を尽くす。…いま重要なことは、それだけだった。 |
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