精霊のこどもたち
 〜 月光の約束  〜




 緑の光が、洞窟の広間を埋め尽くすのを見た。…この色は、ルーンの基石の色。ルーンの魔力の色。 ルーンの魂の色だった。
「ルーン!!ルーン!!!」
 レオンは呆然としながらも無意識に叫ぶリィンの腕を力いっぱい掴んでいた。嫌な予感が胸いっぱいに 広がるが、硬直して動くことが出来なかった。
 目の前の光の色が、徐々に白に近づき、目が開けていられないほどのまぶしさになる。そして岩が崩れる爆音と、 爆風を肌で感じた。二人の身体が中に浮き、身体が飛ばされる。だが、不思議なことに壁に叩きつけられることなく、 羽毛のようにふわりと床に落ちた。そして最後に聞こえたのは、水晶が砕け散るような澄んだ音だった。


 まぶたの奥からも目を刺す光が消え、二人は目を開けた。

 最初に見えたのは、床を埋め尽くす赤。
「なんだ…これ?」
 鮮やかな赤。生臭い匂いがこの赤が何であるかを語っていた。
「ルーン…ルーン!!」
 泣き叫びながら、リィンはルーンのマントを翻し、その持ち主の姿を探した。
 目の前の岩石は、もはや完全に消え去り、破片が飛び散っていた。大きな岩も残ってない。粉や小石となった元岩石が、 あちこちに散らばっていて…人一人が隠れられるところなどどこにもなかった。
「…嘘だろ…?」
「…ルーン!ルーン!!出てきて、出てきてください!!」
 小さな岩の下さえ、リィンは半狂乱になりながらひっくり返し、ルーンを探す。…だが、ルーンの姿どころか、 肉片すらもどこにもなかった。最初からそんな人はいなかったように。ただ大量の血だけが、たしかにルーンが いたことを伝えていた。
 レオンは岩石があったところを飛び越え、確かに封印が消えたこと…そしてルーンがどこにも いないことを確認した。
「…ルーン…どうして…嘘…嘘ですわ…」
「なんだよ…どういうことなんだよ…」
”…命によっての契約を破却するには、命によって打ち消すしかない。”
 二人の頭にルーンの言葉が蘇る。…シドーの命のよっての封印は、命でしか解除できないと …ルーンは初めからわかっていたのだろうか。 唯一つ判ることは、封印が解けているということは、ルーンは確実に死んでいるということだった。


「なんで…こんな事するんだよ!!あいつは!!」
 怒っていた、心底怒っていた。いつか言った言葉を、殴ったそのときを、ルーンは覚えていないのか。
「もうすんなよって、言ったじゃねえか!お前は俺に、フェオとの約束を破らせるつもりか!!誰も殺させないって、 俺、約束したんだぜ!!」
 怒鳴った。そうすることで、どこからかルーンが「あははー、ごめんねー」なんていつもの調子で出てきてくれるような 気がして。
 だが、聞こえるのはレオンの声の山彦と、リィンの泣き声。
「いや…いやです…いくら世界が平和になっても、ルーンがいないのでは何の意味もないじゃありませんか…どうして、 どうして…もう、あんな思いは嫌だって…わたくし…言いました…のに…」
 そう、それはかつて、リィンが何度も言った言葉。…それをルーン自身忘れたわけではないだろう。にもかかわらず、 ルーンは自らの命を散らした。…自分だけが犠牲になればいい、そう考える人間なのだ、ルーンは。だからこそ…

 連鎖反応のように、レオンはひらめいた。そう、だからこそ、リィンは。
「リィン、落ち着け!!そうだ、お前たしか、蘇生の呪文、習ってなかったか?!あのあと、ルーンに!!」
 レオンの言葉にリィンが顔を上げる。その顔に希望が混じる。
 そうだった。あの呪文は、なによりもルーンを助けるために学んだのだ。ルーンが蘇生呪文が使えなくなったそのとき、 自分が使えるように。そして今がその時だった。
 涙を拭いて立ち上がる。
「ええ。やってみますわ。」
 ルーンに聞いた呪文理念を一から思い出し、頭の構築する。ルーンの柔らかな声に涙がこぼれそうになるが、弱気を 振り払う。
 ルーンは死体に魂を蘇られる術だと言っていた。…だが、死体はなく、ただルーンの血が横たわっているばかり。
(…効くの…かしら…)
 怖かった。身体が震えた。駄目だと認めてしまえば、きっと自分は地の底へ落ちるだろう。それが判った。
 リィンはルーンのマントを丸め、そのマントでルーンの血を拭き始めた。
「お、おい?何をしてるんだ?」
「魔法をかける対象がなければ、効く呪文も効きませんわ。ルーンの血を集めてますの。」
 そう言った声は震えていた。手も震えた。…ルーンの血は不思議な事にほのかに温かくて、ルーン自身のぬくもりを思い出させたから。 だが、その温かみもやがて、外の冷気に冷やされて、冷たく凍っていく。
 涙が出そうになるが、なんとかこらえる。…自分の涙が混じったら、その分成功率が下がりそうな気がするからだった。
(これはルーン…ルーン…ルーン…ルーンそのもの・・)
 いつの間にかこぼれていたのだろうか、床に落ちた涙の跡にリィンは再び泣き出してしまいそうになる。だが、ぐっと 堪えた。
 呪文で一番大切なことは『それが起こる事が当たり前だと信じること』だ。イメージをできるだけはっきりさせること。 自分がその呪文を信じなければ、何も始まらない。
 血にしっとりと湿ったこのマントはルーンそのものであり、ルーンから教わった呪文は、必ず効くのだと。…信じなければ つぶれてしまいそうだった。


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