〜 ただいま 〜 ローラの手は透き通り、物を掴むことができない。 だから、目の前の少年を抱きしめることも、頭をなでることもできなかった。 その少年の目からは、涙はこぼれていなかった。だが、確かなつながりで、ローラはレオンの心が泣いていることに 気がついていた。 「…どうして、ルーンは死んだのですか?」 ローラにできることは、ただ、話すことだけだった。 「…ルーンは前に言ってました。『命を武器にして全てを消し去る呪文』が使えるって…多分。それだと思います。それと… どっかの占い師からもらった不思議な粉を、岩に邪法の魔法陣の形にばらまいて、増幅させた…んだと思います。 …そのあと、リィンが復活の呪文を唱えたのですが…結局…ダメだった…」 苦しそうに言うレオンと裏腹に、ローラは表情をがらりと変えた。 「邪法の魔法陣…それは、あの…このような?」 ローラは白魚のような指で、形をなぞってみせる。 「ええ、それです。ルーンがラダトームの図書館で見つけた奴です。」 「そうですか…あれを…レオン、貴方はなぜ、あれが邪法だとされているか、ご存知ですか?」 ローラの言葉に、レオンは頭をかく。あまり真面目に聞いていなかったのだ。 「ルーンは、『意味がないから』と言っていました。3倍増幅するのに、3倍以上のMPを使うから…とか。 あと、人を呪い殺したりするのに使われたからとか…」 「…そう。一番重要な部分は、失われて…いいえ、隠匿されたのですね。」 「一番大切な部分、ですか?」 「ええ、呪術なら、今も静かに受け継がれています。意味のないものなら、最初から禁呪にする必要 さえありません。なぜ、そんなものが、ラダトームの図書館に眠っていたと思います? あれは、ラダトームのが恐ろしい過ちを犯してしまったと聞いています。」 「恐ろしい過ち?」 聞き返したレオンに、ローラが頷く。 「…魔王の復活。あの魔法陣を使って、もう何百年も前、それをたくらんだ人間がいたと聞きます。」 あまりの言葉に、レオンの頭から全てが飛んだ。 「な、なんでだ?」 「その頃のラダトームの力は衰え、反乱が起ころうとしておりました。そこでもう一度伝説を再現させ、 民衆に庇護を与え、敬意を持たせ…やがて現れるロトの血族に協力することで、『尊い』王族であると… 思わせたかった…そう聞いております。」 「そ、んな!だってそんなことしたら、誰かが死ぬんだぜ!?そんなの、王族のすることじゃない!!」 レオンの言葉に、ローラは微笑んだ。 「…真意はわかりません。たた、レオン。誰もが貴方のようには強くないのです。」 その言葉に、レオンは口をつぐんだ。一番辛いのは、姫自身だと判った。なにしろ、自分の国の話なのだ。 「ラダトームの魔法使いがこの魔法陣を完成させ…ラダトームにあった、とある古着を持ち出しました。」 「古着?」 「ええ、魔王とロトの勇者が戦った時に着ていたものだと伝えられておりました。 。…その服には、青い血がついていた。たった一滴の古い血。それをあの魔法陣の中央において、 蘇生の呪文を呪文を唱えました。七人で唱えたと言われています。魔力の 全てを使い果たし、呪文を唱え終わったあと、そこに一本の腕が蘇りました。」 「腕が一本だけか?」 「ええ。…おそらく、血が少なかったか…古すぎたか。 そして、その腕の一本でその場にいた七人の魔法使いが一瞬で殺されました。そして町も壊滅状態に陥れられました。 …幸い、頭がついていなかったせいか、ただ本能のまま暴れまわる腕を近衛兵全員で取り押さえ、殺すのに それほど時間は関わらなかったようですが。」 たった腕一本。それが暴れまわり、すべてを破壊していく様は、なんとも恐ろしく背筋に悪寒が走る。 「生き残った王族は、自らの戒めとして、その記録を残しました。…ですが、時がたつに連れ、その心持も 消え、詳しい資料は燃やされてしまったのでしょうね。」 ローラの言葉に、レオンははっと気がつく。 「ローラ姫、ではその魔法陣を使って、ルーンが生き返るかもしれない…?」 「…ええ。成功するかわかりませんが…そもそも魔法陣を使って、命を捨てたということですから… それを利用して戻せるとは…思えません。失敗する可能性のほうが高いと、私は思います。 蘇ったルーンが、ルーンそのものであるという保障もありませんし…ただ可能性は、あります。」 「それでも、可能性が一つだけでもあるなら、俺はやります。」 迷わず言ったレオンに、ローラは笑う。 「貴方ならそう言うと思っていました。…でも…それは、本当に良いことなのでしょうか?」 「ローラ姫?」 レオンはローラの言う意味がわからず、聞き返す。。 「…私には、残念ながら蘇生の術は使えません。命を操ることは、禁忌でしたから。…けれど、リィンはご存知なのですね?」 「…ええ…でも…」 リィンの方を見た。 リィンはあいかわらず楽しそうだった。こちらにはまったく関心なく、ひたすら一人で何か言っている。 「わたくし、ずっとルーンのこうしたかったんですのよ…ルーンも…そうですわよね?ずっとわたくしと二人で、二人だけで 過ごすことを望んでくださっていたのでしょう?」 「リィン!!ルーンが生き返るかも知れない!!」 レオンの言葉に、もはやなんの反応もない。聞こえていないのだ。 「おい!!リィン、どうしちまったんだよ!…お前は、ルーンが大事なんだろ?なんで逃げちまうんだよ!!」 両手で肩をつかみ、がくがくと揺さぶる。だが、なんの反応もない。レオンの姿など最初からないように。 こちらを見ていない。 「レオン、リィンは幸せそうだと思いませんか?」 笑っていた。本当に嬉しそうに。幸せそうに。…それは確かに旅に出てから…いいや、いままで見た中で、 一番幸せそうにみえる。 「…でも、ローラ姫。嘘の幸せなんて、なんの意味もない。」 「レオンには確かに、嘘に見えるかもしれません。ですが、リィンにとっては、あれは本当の幸せなのですよ? その幸せを崩して、不幸な現実に目を向けさせるのですか?失敗したら…それこそリィンにとっては二度、 ルーンを死なせることにもなりかねないのですよ?」 「死なせる…だって、ルーンは…」 レオンの言葉に首を振るローラ。 「レオン…私はどうですか?まぎれもなく…死んでいる100年も前の人間です。…ですが、あの時、私を 助けてくださったのは…私が生きていると、思ったからではありませんか?」 「…それは…」 「リィンには、確かにルーンが見えている。応えてくれている。…それはリィンの現実にとって、ルーンは 確かに生きているということです。ですから、正気に戻して…失敗してしまったら…リィンの世界から、二度、 ルーンが消えてしまうことに等しい…つまり、二度死ぬということです。」 少し遠くを見つめるように、ローラは言う。 「貴方にも辛いことはありましょう。ですが、ルーンは何よりも、貴方たちのために命を散らしたかった…私は そう思います。ですから、ルーンは満足だったのではないでしょうか?リィンも、幸せそうにしています。…このまま 死んでしまったとしても、きっと。…貴方さえ諦めれば、みな、幸せになれる…そうは思いませんか?」 それに対して、自分の中には答えがなかった。自分には、最初から考えもしなかった言葉だったからだ。 「レオン…貴方はとても強い方。誰よりも強く輝く方。…だからこそ、誰かの弱さを慮るしかできない。 守ることしかできない。一緒に地点に降りて考えることができない…それは結局は、 誰かの弱さを認めることができない…」 「そんなことは…俺は…」 「でしたら、レオン、リィンの弱さを認めてさしあげて?逃げ場をふさぐようなことは…しないであげて欲しい… それは、本当にいけないことでしょうか…?」 |
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