精霊のこどもたち
 〜 さよなら 〜




 どれくらいの間そうしていただろうか。随分長い時間のように思えたが、実際はごく短い時間だったのだろう。
「…ごめんね…二人とも…身体、大丈夫?」
 あの魔法陣が…そして人を生き返らせる魔術がどれだけ負担を与えるかは、ルーンが一番良く知っていた。
「大丈夫ですわ。」
 リィンは未だにルーンを抱きしめたまま、そう笑う。
「良かった…レオンは?」
「俺も……あれ?」
 ”なんともない”そう答えようとしたレオンの目から、一筋の涙がこぼれる。
 『喪失感』在ったはずの物。…それが消えている。いいや、最初からここにはなかった。でも、確かに 在った物。
 ぴしり。ひびが入る音がした。
「ローラ姫!!」
 レオンは叫び、ローラ姫の方を見た。…そこには、空に溶けそうなほど薄いローラ姫が笑っていた。


 美しかった宝玉には細やかなひびがいくつも入り、今にも崩れてしまいそうだった。
「ローラ…様」
 ルーンは立ち上がり、ローラの前に立つ。
「ごめんなさい、ローラ様…僕…」
「ルーン。ルビス様の声は、聞こえましたか?」
 にっこりと笑うローラの言葉に、ルーンは頷いた。
「ええ…ローラ様…」
 二人が自分を生き返らそうとしているのは、わかっていた。…けれど、ルーンはそれは良くないことだと 思った。
 自分を生き返らせることは、二人に負担がかかる。…そしてなにより、邪教の教えを継いでいる自分が生き返ることは、 世界に良くないことだと、思っていた。
 そんなルーンに聞こえてきたのは、全ての金属が響きあうような、美しい声。
 ”還りなさい”
 ”私はこの世界全ての母。貴方は愛しい私の子。還りなさい、精霊の子よ。貴方を待つ人達の所へ…”
「聞こえました、ローラ様。…僕も、レオンも、リィンも、ローラ様も…ハーゴンだって…この世界の全てはルビス様が お作りになったルビス様の子供だって…僕、忘れていました。」
「その通りです。そしてルーン。貴方は、愛するアレフ様とローラの子供…生きなければならない方です。 ですから、謝るのはやめてください。貴方には胸を張って生きて欲しい。そう思います。」
「はい…ローラ様…貴方も、ルビス様の子です。貴方も…」
 ルーンの言葉を皆まで言わせず、ローラは笑った。
「私は、レオンの魔力で出来ていましたから。」
 その言葉を言うローラの目は、楽しそうで…どこか悲しそうだった。


「…ローラ様…」
 リィンが震える声でローラに問いかける。ローラは手をそっと差し伸べる。
「貴方の魔力はどうやら消えていないようですね。もしかしたらしばらくは呪文が使えなくなるかもしれませんが、しばらく休めば 回復するはずです。幸せになってくださいね、リィン。貴方は私が祝福できた、最後の子なのですから。」
「…ローラ様。ありがとう、ございました…」
 なんと言えば良いか判らなかった。おそらく、ローラとの別れは避けられないこと。自分はローラと引き換えに、 ルーンをとってしまったのだ。それでも、詫びの言葉は言えなかった。今はただ、感謝を。

「…ローラ姫…」
 レオンは、そっとローラに手を伸ばす。身体にはまとわりつく喪失感。自分の身体の外にあった『自分』が 失われた。
「…申し訳在りません、レオン。私は貴方の魔力を残すことが出来ませんでしたわ。… 貴方は二度と…呪文を使うことは…できない…。」
「俺、俺は、そんなの…そんなこと、最初からどうでもいい。だってずっとこうやってきたんだ。…だけど…だから、 貴方がいなくなるのは…俺は…」
 手のひらを握り締めるレオン。自分の無力が哀しかった。
「…まるで、初めて会ったときのようですわね。」
 ローラは鈴を転がすような声で笑う。
「…ローラ姫…」
「レオン。今の私は…かつてのローラの魔力によってのみ、存在するもの。あの時貴方出逢った私です。 でも、貴方は違う。大きくなって…これからの未来を支えていく、とても立派な人間になりました。 私は、嬉しく思います。」
 ローラの言葉に、不吉なものを感じて三人はローラをみつめた。


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