〜 現の夢 〜


 かちゃりと軽い音は、さびついていない証拠。使われていない古びたきこり小屋にしか見えない 小屋の扉を、アクスは金の鍵で開ける。するとそこには、地下へと続く階段があった。
 三人はそれを無言で降りていく。そこには、地下に広がる平和都市が存在していた。

「んー、ねぇちゃん、やるねぇ、でも一見さんには売れないかねぇ。」
「ひどいわー、そんな事言わないで、ね?値が張るのは知っているのよ。」
 裏路地の寂れた道具屋で、アーサーと道具屋はなにやら交渉を繰り広げていた。なにやら旅に必要な物らしい。 アイリンははらはらしながらそれを見守り、アクスはその横であくびをしていた。
 興味がないのもそうだが、かすかに聞こえてくる歌声が心地よく、どうにも眠くて仕方がなかった。
「…いい歌声ですね。」
 それに気づいたのか、アイリンがアクスにそう笑いかけた。アクスも口元で笑ってみせる。
「そうだな。」
「よし!こうしよう、ねぇちゃん!そこのにいちゃん、ねぇちゃんの仲間だろう?代わりにちょっと調査して くれねぇか?」
 いきなり呼びかけられ、そちらに目を向ける。
「俺か?」
「そうだぜにいちゃん。ちっとばかり調査を頼まれてくんねぇかな?達成したら『あれ』を売るぜ!」
「…まぁ、出来ることならやるが。」
 どうでもいいが、アーサーの性別の誤解は解かなくていいのだろうか、そう思いながらアクスは頷いた。


『あれ』という名の牢屋の鍵を手に入れ、アクスとアイリンは牢屋に来ていた。アーサーは持ち逃げ防止の人質として 道具屋に留め置かれていた。
「ごめんなさい…ラゴスさんと言う方は、本当にお逃げになったんでしょうか…。」
「さあな。少なくとも見当たらないのは確かだ。俺達が入る隙を狙って出るという可能性もある。まぁ、俺達は あくまでいるかいないかの調査だ。気にするな。」
「そうですね。ごめんなさい、油断しないようにしますね。」
 ぐっと杖を持ちながら、周りを見渡すアイリンは、その魔力の強さに反してどこか愛らしくてアンバランスだった。
「ごめんなさい、な、なにかおかしいですか?」
 思わず顔に出てしまったのだろうか、アイリンが自らの服装をチェックしながら聞いて来た。
「いや、なんでもない、どうでもいいことだ。」
 アクスがゆっくりと、問題の牢屋を開けて、中に入る。続いてアイリンも入った事を確認すると、アクスは内側から 鍵をかけなおそうと、扉に向かった。
「きゃあぁぁ!」
 そのとたん、アイリンの悲鳴が聞こえた。


 アクスが振り返ると、そこにはアイリンの腕をつかんで引き寄せている男がいた。おそらくこいつが、 盗賊ラゴスだろう。見ると死角になる場所に、ちょっとした穴が開いていた。ここに潜んでいたのだろうか。
「どうでもいいが、よくまぁ、こんな地道なことやるな、盗賊よ。」
「ああ、おれは地道なんだよ。お前を倒してここから出て、この女を売って金にしてやる。そしてまた 大もうけしてやるぜ。」
「…ごめんなさい、売るって…私、何も持ってないんです…。」
 アイリンが少しピントのずれた事を言うと、男は下卑た笑みを浮かべた。
「あんた自身を売るんだよ。あんたは綺麗だから良い値が付くぜ?それとも俺の女にしてやろう…か……。」
 ラゴスの腕から血が流れる。アクスが斬りつけたのだ。そのままアイリンの腕を引き、ラゴスから引き離す。
 だがその隙にラゴスをアクスの横をすり抜けた。
「待て!」
 追いすがろうとするアクスの顔めがけて、ラゴスは何かを投げつけた。それをとっさに空中につかみとる。
「…鍵?」
 ラゴスはその隙に消えていた。アクスはため息をついて、その鍵をしまいこんだ。


 アイリンが牢屋の床に座り込む。
「…ごめんなさい…アクス…私…。」
「気にするな、俺の油断だ。アイリン、怪我がなくてよかった。」
「でも、私のせいで逃がしてしまって…ごめんなさい…。アクスは私を守ってくれたのに…ごめんなさい…。」
 ひたすらうつむいて、詫びの言葉をいうアイリン。
「俺達の仕事は調査だ。ラゴスが逃げた事はどうでもいいことだ。アイリン、お前の方が大事なんだからな。」
「…私が足手まといにならなければ、アクスはラゴスを捕まえる事ができたのに…。」
 アクスは頭を掻いて、アイリンの横に座る。
「もう、謝罪の言葉は聞きたくないな、アイリン。俺はお前を守ったんだ。…それより礼の言葉が聞きたい。」
「…アクス…。」
「俺、今まで一度もアイリンから礼の言葉を聞いた事がない。聞いてみたい。」
 顔全体に微笑を浮かべるアクスに、アイリンも自然に微笑む。
「あ…。…ありがとう、アクス。」
 少し照れながらそういうアイリンが愛らしくいとしく、アクスは衝動的にアイリンを抱きしめた。

 突然の事に戸惑うアイリンに、アクスは心に浮かんだ言葉を口にする。
「もっと笑って欲しい、アイリン。」
「アクス?」
「人が笑おうが機嫌が良かろうがどうでも良いはずなのにな。アイリンが笑うと、俺が嬉しい。もっと笑ってくれ。」
「ア…アクス…。」
 アクスはアイリンのこめかみにキスをする。
「俺はもっと、アイリンを笑わす。アイリンを守る。だから、アイリン、ずっと俺と一緒にいて欲しい。俺はもっとアイリンと一緒に いたい。…好きだ、アイリン。」
 アクスがそう言ったとたん、アイリンは身を硬くし、手でアクスの胸を押した。それに気が付き、アクスはアイリンを 解放した。
「…ごめんなさい。」
 アイリンはうつむいて、床を見ていた。こちらを見ようともしないアイリンの態度。それが拒絶なのだと、 アクスは気が付いた。
「…そうか、悪かった。…アーサーが待ってるな。」
 アイリンは小さく頷いた。
(…そう、か。胸が、痛むもんなんだな…。)
 じりじりと痛む胸を抑えて、アクスは牢屋の扉を開けた。


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