〜 いつみきとてか 〜


 ハーゴンの幻を乗り越え、ハーゴンが呼び出した三匹の悪魔を、満身創痍で倒し、ついに 三人はハーゴンの神殿最深部にたどり着いた。
 邪神の礼拝堂の中央に立っていた男は、世界を破滅に導かんとたくらむ男にしては、貧相なイメージがあった。
 見た目はごく普通の神官であり、ただ、手に黒いレースを持っているだけだった。それでも、その男がハーゴンに 違いないと思うのは、その貧相な体に対して、目はギラギラと輝いていたからだった。
「良くぞ来た、我が花嫁よ!」
「…花、嫁…?」
 アクスがゆっくりとアイリンの方を見た。アイリンはこちらを見ずに、まっすぐにハーゴンを見ていた。
「…はい、参りました、ハーゴン。…貴方と交わした約束どおりに。」
「ふむ、正しき誓約をかわす気になったか?」
「…はい、ハーゴン。ですから、貴方も約束を守ってください。…私は貴方の妻になります。」
 震える声だが、はっきりとした声だった。アクスは自分の足元が崩れていくのを感じた。
「約束を守ろう。破壊神など召喚しないさ。…我がずっと欲しかった物が、手に入るのだから。」
 そう言って、手を広げるハーゴン。それに向かって、アイリンは一歩一歩歩き始めた。
「…ここまで送ってくださって、ありがとう、アクス、アーサー。破壊神は召喚されないわ。ハーゴンはここで私と 暮らすから。」
「ふむ、あの時強情を張らずにそう言っていれば、そなたの父も母も、国も滅ばずに済んだのだがな。まぁ良い、 犬になって十分考えた成果が出たのだろう。」
 邪神の礼拝堂を、こちらを見ることなく、一歩一歩歩いていく。その顔は泣きもせず笑いもしない…鉄火面のような 表情だった。
「待って、アイリン、貴方…!」
「何も言わないで下さい、アーサー…。貴方たちはここから出て、破壊神召喚を阻止したと、皆に伝えて。」
 振り向かずにいうアイリンに、ハーゴンは黒いレース…ヴェールをかけた。
「では、邪神シドーに誓おう。我等の永遠の愛を。真の実力を認めようともせず、下らぬ瑣末ごとに囚われている 者たちをここから見下ろそう。その世界の命はいつでも我等が握っていると!!」
 アイリンの表情は、ヴェールに隠れて見えなかった。ただうつむいて、肩にまわされた手に逆らおうともせず 寄り添っているだけだった。

「…それを、許されたかったのか?アイリン!」
 アクスは衝動的に叫んでいた。
「なぁ、お前が原因でムーンブルクが滅びたと、ハーゴンが来た時頷いていれば助けられたと、それがおまえのせいだと… その罪悪感を許して欲しいのか、アイリン!」
「帰れ、下郎よ。我等の婚姻の儀式を乱すものは、何人たりとて容赦はせぬ。」
「うるさい、黙れ!!そんなんじゃ、アイリンは笑ってくれないだろ!俺は嫌だ、そんなの。世界の平和なんてどうでもいい、 破壊神が召喚だってどうだっていいんだ。俺の所に来てくれ、アイリン!お前を犠牲にするなよ!!」
 叫ぶアクスに、ハーゴンは電撃を打ち出した。アイリンはハーゴンにすがりつく。
「やめてください!アクスもごめんなさい、もういいから。貴方は、優しいからそんな事を言ってくれているけれど、 私なんかより、もっともっと素晴らしい人に、きっと出会えるから…。きっと、たくさんいるから。」
「そんなもんどうでもいいよ!例えいたって俺にとってはどうでもいいんだ!俺はアイリンがいいんだから!なぁ、 アイリン、誰がお前を責めようが、誰がお前をつまらないと言おうが、俺にとっては世界一価値のある 女なんだよ!」
 ハーゴンが次々と打ち出す攻撃を避けながら、アクスは叫ぶ。避け切れなかった爆撃に、アクスの額から血が流れた。
「アイリン、愛してる。側にいてくれ。ハーゴンのことが好きならそれでもいい。でももし、もし俺の事が好きなら こっちに来てくれ。側にいてくれたら、俺はどんな苦労だってどうでもいいって思えるから。」
「…アクス…。」
「お前がいないと、駄目なんだ俺、いつまでたっても欠けた人間でしかいられないんだよ!」
 それは、発作的なものだった。頭が真っ白で、ただ想いは一つ。
”目の前にいる人のそばにいたい。”
 アイリンはハーゴンを振り払い、駆けた。アクスの元へ。
「アクス!」
「アイリン!」
 アイリンがアクスの胸へと飛び込む。アクスがアイリンを抱きしめた。


 ハーゴンは、床に落ちた黒いヴェールを拾い上げた。
「それが答えか、ムーンブルクを滅ぼした姫君よ。」
「滅ぼしたのはお前だ、ハーゴン!アイリンのせいにするな!!…大丈夫だ、アイリン。」
 アクスはアイリンを優しく抱きしめながら、ハーゴンをにらみ付ける。
「…そしてその姫は、世界をも滅ぼす。…この私が破壊神を召喚する事によってな!!」
「そうはさせない。」
 そう言って駆けだしたのはアーサーだった。アーサーはこのチャンスをずっと狙っていたのだ。身を低くして 鳥のように駆け、そのままハーゴンの首を腕で絞めた。
「何を…。」
「心中相手が男で悪いが、俺と一緒に死にな、ハーゴン。」
 アーサーは真面目な顔でそう言うと、そのまま呪文を唱え始めた。
「この、離せ!!」
 暴れるハーゴンだが、アーサーはすがりついたまま離れない。

 遠くから、二人はその様子を伺っていた。
「何を、しているんだ?」
 いまだアイリンを抱きしめたままのアクスがつぶやく。アイリンは呪文の旋律を聞きとった。
「駄目、止めなくては!!アーサー、死んでは嫌です!!」
 アイリンが駆けだす。そしてアクスもその意図を正確に読み取って駆けだす。
「二人とも来るな!」
 おそらくアーサー本来の低い声でそう叫ぶが、二人はかまわなかった。
「なら止めろ、それを!」
 アクスはアーサーの腕をハーゴンから引き剥がし、アイリンは魔力をもって呪文を破却した。

「どうして邪魔をするんだ!!」
「お前が死んでもうれしくないからだ。」
 怒鳴るアーサーに、アクスが冷静な言葉を投げる。アイリンがアーサーの腕にすがる。
「そうです…、私の為に犠牲になるのは…私の大切な人が死んでいくのは嫌です…。」
 その横で、ハーゴンがゆらりと立ち上がる。
「愚か者のおかげで、命拾いしたな…。礼と言ってはなんだが、お前等をシドー様への捧げ物にしてくれよう!」
 ハーゴンの腕から、爆発の呪文が放たれた。


 呪文で吹き飛ばされた三人が、ぼろぼろになりながらも立ち上がる。
「…援護を頼む…。」
「どうする気なの?アクス?」
 アーサーのいつもの女言葉に、アクスはにやりと笑う。
「さっきのお前の行動で分かった。あいつは呪文は強いが接近戦が弱い。」
「アクス…気を付けて…。」
 アイリンがそっと傷を癒す。アクスは頷き、そして駆けだした。
「愚かな!!」
 アクスに向かい、呪文が打ち出される。
「スクルト!!」
 唱えられたアーサーの呪文と盾でそれを受け流しながら、アクスは右回りでハーゴンに迫る。
「死ね、ロトの末裔!!」
「イオナズン!」
 ハーゴンが呪文を打ち出す直前のタイミングにあわせて、アイリンが呪文を放った。爆発がハーゴンを包む。
 爆風の中で、ハーゴンは鳥をも落とすような恐ろしい目でアイリンをにらんだ。
「…お前を愛した我を拒絶し、あげくに殺そうとまでするのか…?」
「貴方は、罪のない沢山の人を殺した。私はそんなの嫌です。貴方が私を愛していたなら、どうして普通に言ってくれなかったの ですか、どうして脅すような事をしたのですか。どうして私の心を無視しようとしたのですか?!」
「我の気持ちに応えぬそなたを、一番最初にシドー様の元へと贈ってくれる!!」
 ハーゴンが呪文を放とうと出された手が、地面に落ちた。ハーゴンの腹から稲妻の剣が生えていた。

「振られたからって八つ当たりはみっともないと思うぞ、ハーゴン。」
 アクスはそう言って、そのまま剣を横に薙ぐ。ハーゴンは倒れながらもアクスをにらんだ。
「お前に何が分かる…全てに優れ、全てを与えられたお前に、誰からも必要とされず虐げられてきた 姫の悲哀などわかりはしない…。」
「どうでもいい、そんなもの。」
「どうでもいい…だと…?」
「そんなことより、その悲哀とやらを癒したい。笑わせたい。理解するのはその過程や結果や…その 後でも良いんだ。俺はアイリンに笑って欲しいんだから。」
 そう言いながら、アクスは止めを刺すために剣を振り上げた。
「認めん、認めぬぞ!我が破壊の神シドーよ!今ここに生け贄を捧ぐ!!我が命を糧にし、この 世界全ての破壊を願う!!」
 アクスが剣を振り下ろした時は、すでに遅かった。ハーゴンは目を見開いたまま息絶え、一瞬にして 灰にと変わる、
 やがて遠くからゆっくりと、空気がひび割れるような、地響きのような音が聞こえ始めた。


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