〜 ある日旅立ち 〜


 ローレシアの一人息子、アクスは容姿端麗、品行方正、頭脳明晰。魔法こそ使えないが剣の腕は国一番の実力の 持ち主だった。
 だが、ローレシア王は悩んでいた。アクスを国王にするわけにはいかないと。
 アクスの国王にするには唯一にして 最大の欠点は、何においても無気力、無関心で、他人のことを考えるという気がないという性格だった。


「同じ血を分けた仲間がいるはず。その者たちと力をあわせ、邪悪な者を滅ぼして参れ!」
 ムーンブルク破滅の知らせが届き、王がそう言った時、周りはざわめいた。
 だが、アクス自身は知っていた。父が以前からそれを計画していた事を。たまたま 使者が良い機会だったのだろう。
「かしこまりました、父上。必ずやご期待に添えられるよう頑張りましょう。」
 心にもないことをいい、旅に出たのは、ひとえに争うのが面倒くさかったからだった。


 そして、サマルトリア王子を探して、早三日が経った。考えてみれば顔を知らない王子など、 どうやって探せばいいかわからない。大声で名前を連呼すれば応じるかも知れないが、 最悪不信人物として捕まるかも知れない。
 アクスはサマルトリア王子の情報を記憶から引き出す。

 サマルトリアは今、次期王位継承にもめているらしい。
 第一子のアーサー王子と第二子のアリシエル王女を支持する二派で、真っ二つに割れているのだ。
 おかしなことに、アリシエル王女は王とはした女との不義の子供だと聞く。本来ならば王位継承権 が与えられるかも疑問なところだった。
 にもかかわらず、どちらに王位を渡すかでもめていると言う事は…アリシエル王女がよほど できた子か、アーサー王子はよほどの問題児であるかだった。

 最初、サマルトリアへ向かったのだが、王子はとっくに旅立っていて、行き違いになったのだ。王子が 向かったという泉に向かえば、すれ違ったのは女だけ。王子はローレシアに向かったと言う。その後国に戻ればまたすれ違い。
 だが、アクスは焦ってはいなかった。むしろいつまでもこのすれ違いが続いてもいいとさえ思っていた。
 そうしている内に誰かがハーゴンを倒すかもしれないし、世界が破滅するかもしれない。出来るならば 死にたくはないので死なないように努力するが、ハーゴンや邪神に挑んで勝てるとも限らない。
 それならば破滅して死んでも同じではないだろうかと。ならば面倒くさいことをせずに済む分だけ 楽かもしれない…アクスはそう考えたのだ。
 ならばなぜ旅をしていうと、ひとえに父親に逆らって国に居残るのが面倒だったからだった。これだけ必死に 探す努力をして見せれば、例え旅立つ前にハーゴンが倒されても父親は責めないだろう。父親がアクスを旅立たせたのは 、ハーゴン退治よりも同じ位の人間と付き合わせ、協調性とやらを身に付けさせるつもりなのだろうから。
 その父親のたくらみは、はっきり言ってどうでも良いし、今更持って生まれた性格は変わらないだろうと思っているので、 アクスはひそかに父親に若干の同情をしていた。

 目上の者に命じられた以上、最低限の努力をすることにしているアクスは、闇雲に動いても無駄だと判断し、物流の町、リリザへと 向かった。あちらもうろうろしている以上、ここで物資の調達をしている必要がある。このご時世、長期の旅立ちの準備を するなら目立つだろうし、旅慣れていない王子なら誰かが目撃している可能性があると考えたのだ。
 聞き込みをする前に、アクスは宿屋へと向かう。荷物を降ろすためだった。するとそこへ声がかかった。
「あの…もしかして貴方は…?」
 声の持ち主は女性だった。年は自分と同じか少し上だろう。身長は女性にしては少し高め。栗色の髪の 肩の下あたりまで伸びている。すっぽりと かぶるタイプの巡礼服にスカートを着用し、その下に膝丈のスパッツを重ねて履いている。腰には女性にも 扱いやすい細身の剣を身に付けていた。緑の目は知的さに輝き、朗らかに微笑んでいる。 印象は大人っぽいがどこか愛らしい朗らかな美人だった。
 アクスは他人の美醜は心底どうでもいいと思っているが、その顔に見覚えがあった。勇者の泉で すれ違った女だったからだ。旅慣れた様子だったのでおそらく巡礼の旅の途中で立ち寄ったシスターだと思っていたが 違ったのだろうか?
「先ほどすれ違ったな。なんの用だ?」
 少し警戒しながらそう言うと、女性はじっとアクスの顔を見つめ、それから朗らかに微笑んだ。
「ああ、やはり貴方ですわね。探したわ、ローレシアの王子、アクス様。お父上にそっくりね。 恥ずかしながら貴方の顔を知らなかったから、お手間を取らせてしまいましたわ。」
 アクスがいぶかしげに顔をしかめる。
「誰だ…?」
「貴方がお探しの者ですわ、アクス。サマルトリアの王子、アーサーと申します。」


 にっこりと微笑んだ顔は、とてもとても男には見えない。だが、隣国の王子の名は確かにアーサーで合っているし、 王女の名にアーサーと付ける文化のある国ではなかったはずだった。
「本物か…?」
 アクスが最初に疑ったのはそれだった。何の動機か想像は付かないが、別人が自分をかどわかすか 暗殺の計画でも立てているのかと考えた。その言葉に、アーサーはにっこりと微笑んだ。
「疑うのも無理はないわね。でしたら一緒にローレシアに行って貴方の父上に証明してもらいましょうか? 先ほどお目通りしましたし、ローレシア王は私の顔をご存知です。ついでに言うと私は男よ。証拠を 見せても良いけれど。だいたい偽者を用意するならわざわざ偽者にこんな格好をさせる必要はないと思うわ。」
 アーサーの意見はもっともだった。父親に見せれば一瞬にしてばれてしまう計画に、わざわざ怪しまれる 格好をする馬鹿はいないだろう。
(なるほど、この王子の趣味が王位継承の問題になったのか。)
 アクスは納得して、別の問いを出した。
「これから旅に出るが、戦えるな?」
「ええ、剣は一通り使えるし、魔法も若干使えるわ。ハーゴン退治の役に立つと思うわよ。」
 その言葉に、アクスは安心した。アーサーが死ぬのはかまわないが、巻き添えを食らうのはごめんだったからだ。
 そう思うアクスに、アーサーは手を差し伸べた。
「これから長い旅になるわね。どうぞよろしくね、アクス。」
 それについて異存はなく、アクスはその手を握った。
「ああ、よろしく。」


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