〜 少女の失恋 〜


 ルプガナは貿易の町。そこで唯一船の売買を取り扱っている老人へ、三人は足を運んだ。
「悪いがよそ者に船はやれんな。諦めてくれ。」
「はい、ごめんなさい…。」
「アイリン、謝る必要なんてないわ。ちょっと、ここは貿易の町でしょう?なのによそ者を拒むってどういうことよ?」
「どうもこうもあるか!とっととあっちにいけ!」
 野良犬のように追い払われ、三人はその場を後にした。

「ごめんなさい…私がもっとしっかりしていれば…。」
 アイリンはうつむいて涙ぐむ顔を金の髪が覆い隠すが、それでもその可憐な美しさは隠しきれない。
「アイリン、そうやって自分のせいだと思うのは、貴方の悪い癖よ。ね?」
 それを美しい少女にしか見えないアーサーが慰めている様は、待ちゆく人々が見とれるほど美しい光景で。その 横でぼんやりと座り込んでいるアクスに、羨望の視線が集まる。もっともそれを 気にするアクスではないが。
「ねぇ、アクス。なんとか言って。」
「アイリン、別にお前のせいじゃない。」
 言われたから言った、それ以上でもそれ以下でもない言葉が、アクスから漏れる。アーサーはため息をつく。
「…ほら、ね、アクスもそう言っているから。…それよりも船を手に入れる方法を考えないとね。アクス、何か 思いつく?」
 アクスにとって、船を手に入れる事はどうでも良いことだった。確かにこの大陸から出るには、船を手に入れなければ ならず、それをしないのならば、ハーゴンを倒すことに手間取りそうだったが…それが成せないのは命じた 父親の不備であり、自分には非がないと考えたからだった。
 だが、父親に頼んで船を用意してもらうのは無理だろう。だから適当な事を言う。
「さあな。どうとでもなるだろ。」
「もう、アクスったら適当な事言わないで。」
 あっさりと見抜き、アーサーはじろりとアクスをにらむが、それを意に介すアクスではなく、ぼんやりと耳を 掻いた。

「…アクスは、好きなことってあるの?」
 アーサーは唐突にそんなことを聞いた。
「いや。」
 どうでもいいとは思いながらも、聞かれたことには答えるのがアクスの信条だった。断る理由を 考えるのが面倒だというのもあるが。
「趣味とかは?」
「肉は好きだが。別に食事が趣味じゃない。必要があるなら抜いてもかまわない。」
 アーサーが、アクスの顔を覗きこむ。その向こう側でアイリンがおろおろと2人を見ている。
「ではアクスは、なんのために生きているの?」
「何のため?生まれてきた以上、生きるように心がけるものだろう。そしてやがて死ぬ。 それに理由などいらないはずだ。」
 アクスの答えに、アーサーは髪をふわりとゆらした。
「そうそれは…寂しいわね…。」
 何を言っているのか、わからないようで、アクスには良く分かった。だが、それに答えるのも面倒で、 アクスはただ空を見上げる。そこに、絹を裂くような声が、裏路地に響いた。


 女性の悲鳴。そう分析した瞬間、アーサーはその方向へ走り出す。その後を追うように、アイリンも走り出した。
(ご苦労なことだ。)
 ロトの血筋は勇者の血筋。人を助け魔を倒す…。まさにアーサーやアイリンの行動がふさわしいのだろう。
 その血筋にふさわしくない心をもった自分を、父親が嘆くのも無理はない。
(でも、無駄だろう?)
 自分が生きる事も死ぬ事も全ては自然の環の中。何をしても結局は死ぬのなら、それ以外のことは自己満足で しかないのに。
 ”来るがいい、我が元へ”
「なんだ?!」
 突然聞こえた声に、アクスは周りを見渡した。だが、周りには誰もいない。
 ”我が城へ来るが良い。剣を抜け。それが直系たる汝の務め”
「直系?!」
 自分の直系の血筋と言えば、ロト。そしてかつてアレフガルドを救い、ローラと結ばれた勇者、アルフの血。
 アクスは立ち上がる。声は自分にしか聞こえないのか。同じくロトの血族である二人にも聞こえているのか 確かめる必要があった。


 二人が走って行った雑木林へと向かう。すると、甲高い声が聞こえていた。人の声ではない、モンスターの声だった。 そして、こちらに向かってくる羽音。
 そして、そのモンスターが見えた瞬間、アクスは剣を抜き、そのモンスターを一刀両断した。
「アクス!」
「ごめんなさい、助けに来てくださったんですか?!」
 見るとアーサーとアイリンが見慣れない女を庇いながら、2匹のモンスターと戦っていた。今斬ったモンスターも含めて、 傷がたくさん付いているが、女を庇っているためか、致命傷をつけられないようだった。
 アクスは体を低くして走ると、モンスターがこちらに牙を向く前に剣を突き刺した。それに気をとられたもう 一匹のモンスターの口の中に、アーサーは剣を突き入れた。


「あの…ありがとうございました…。」
 アーサーたちに庇われていた少女が、顔を赤くしながらアクスに声をかけてきた。
 モンスターに襲われていた時に助けにきた美少女たち。だが、それも力及ばず困っていたところへ、容姿端麗の アクスがヒーローのように助けにきたのだ。これが惚れないはずがなかった。
「あの…お名前は…?」
「アクスだ。」
「アクス様…あの、私…ネリーと申します。」
「怪我はないか?」
「はい!」
 少女は返事すると、顔を赤くして黙りこむ。横からアーサーが笑いかけた。
「アクス、ありがとう。助けに来てくれるとは思わなかったわ。」
「ごめんなさい…またご面倒かけて…。」
 アイリンたちの言葉に、無表情で答えるアクス。
「気にするな。…声は聞こえたか?」
「声?なんのこと?」
 首をかしげるアーサーの横で、アイリンも首をふる。
「いや、ならいい。」
「じゃあ、この方を町まで送りましょう。」
 アーサーがそう言って、ネリーの方を向いた時、ネリーはアーサーを押しのけて、アクスの前に立った。
「アクス様、私、アクス様になにかお礼をしたいのですが…、何か私に出来る事はありませんか?」
「そうだわ、船が欲しいんだけど、売ってくれるように頼んでくれない?」
 アーサーがネリーにそう言う。アクスも少し考えて頷いた。
「そうだな、頼む。」
 そのアクスに、ネリーは笑顔で答えた。
「それなら任せてください。私のおじいちゃんはここの船の売買を一手に引き受けている人なんですよ!」

 一転して愛想良く船を渡してくれた老人に少しばかり白い目を送りながら、三人は船へと乗りこんだ。
「あの…アクス様…また、いらしてくださいますか?」
 ネリーの言葉に、アクスは冷たく答える。
「何故だ?」
「え…あの…私、また貴方に会いたくて…。」
「こちらには会う用事がない。船は助かった。」
 そう言い残して、とっとと船に乗り込む。後ろから泣き声が聞こえたが、アクスにはどうでもいいことだった。
「…泣いてる…のかしら…。」
 横にいたアイリンが小さな小さな声でつぶやいた。そのどうでもいい呟きが、なぜかアクスの心に残った。




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