〜 天敵からの招待状 〜


 帆は風をはらみ、ゆっくりとルプガナを出た。
「さて、これからどう行けば、ハーゴンの所にたどり着けるかしら?そもそもハーゴンってどこにいるのかしらね?」
 頬に指を添えてアーサーがそう言った。まったくもって無茶な旅だとアーサーは苦笑するが仕方がない。もともと サマルトリア王はハーゴンの事など、二の次なのだろうから。
「…あの…ごめんなさい…ハーゴンは…ロンダルキアに…。」
 アイリンが遠慮しがちにそう言った。二人は目を丸くする。
「本当か?」
「どうして知っているの?」
 アイリンは目をそらす。聞こえるか聞こえないかくらいのか細い声で、アイリンは言った。
「…そう、言って…いました…から…。ごめんなさい…。」
「そう。ロンダルキア。天に一番近く、今は封印されてる土地。邪神官にふさわしいわね。 でも、どうやって行けばいいのかしらね?…そうね、これからラダトームに行って調べてみる?」
 アーサーの提案に、アクスはきっぱりと言う。
「いや、竜王の城だ。」
「竜王の城?どうして?あそこにはもう何もないわよ?」
「いいから向かうぞ。」
 アクスの頭の中には、今も声が響く。
”我が元へ来い”
 そして、
”我が竜王の城にて、剣を取れ”
 と。だが、アクスはその事は言わず、操舵輪を手に取った。
「そう、まぁアクスがそう言うなら何か理由があるのね。観光ってタイプじゃないものね。アイリンもかまわない?」
 アイリンは小さく頷く。自分の行動ながらあっさりと受け入れられるとは思わず、アクスは少し目を丸くした。
 その心の声が聞こえたのだろうか、アーサーはくすりと笑った。
「アクスのすることだもの、何か意味があるのね。後でちゃんと教えてもらうわ。」
「…いや、今説明する。」
 アクスは頭に響く声の事を二人に説明し始めた。


 すでに崩壊した城の最深部。心臓の音に導かれるようにたどり着いた玉座には、伝え聞くままの 竜王が、その玉座に座っていた。
 ――――――その胸に、ロトの剣を突き刺して。

「お前か、俺を呼んだのは。」
「ふむ、そうじゃよ、かの勇者の末裔、無冠の王子よ。」
 竜王の言葉に、目を丸くする。
「無冠の王子?俺のことか?」
「ああ、そなたは力も知恵も王国も持っておる。だが一番大事な物を持っておらん。」
 おそらく、父親が求める物とと同じ物だろう。アクスは笑う。
「なるほどな、それで俺に何の用だ。」
「言ったじゃろう?剣を取れと。この剣を抜け、無冠の王子よ。」
 竜王の言葉に、アーサーが焦ったように待ったをかけた。
「ちょっと待って!そもそもどうして貴方がいるの?どうして胸にロトの剣を刺しているの?竜王は 勇者アルフが倒したはずでしょう?」
「はっはっは、その疑問はもっともじゃな、片翼の王子よ。」
 言われたアーサーは一瞬目を丸くすると、にっこりと笑った。
「ふふ、ぴったりね。ところで、詳しく説明して欲しいわ。」
「わしはその竜王じゃない、そのひ孫じゃ。そしてわしがいると言う事は…その勇者は竜王を滅ぼせなかったと言うことじゃ。」

 その言葉に、アーサーは目を丸くした。アイリンも息を飲んだ。
「そんな馬鹿な…だって確かに、闇に覆われていたアレフガルドは解放されたのでしょう?」
「かの勇者は剣の腕も、魔法の腕もきわめて平凡な兵士だった。そう、そなた、片翼の王子のようにな。」
「もしそうだとしたら、皮肉な話ね。」
 アーサーは髪を揺らして笑う。竜王も笑った。
「ではなぜ、そなた等の先祖が我が曽祖父を打ち倒すために選ばれたと思う?そなた等の先祖はな、竜を呪うことに かけて、天才的な能力を持っておったのだ。」
「…ごめんなさい、つまりその剣が…アルフの呪い…なのですか?」
「そうだ、水泡の姫よ。かの竜呪師は神が残した聖遺物を持って、我が祖先、竜王の胸を剣で刺し、ここに封印した。竜王は やがて子供を産む。その子供を産むと竜王は死んだ。そして、その子供の胸にはこうして、剣が刺さっていた。」
 アイリンに向かって、竜王はそう言った。アイリンは目を丸くする。
「水泡…?」
「そうだ。なぜそこから出ようとしない?宝石の中で周りに溶け込もうともせず、手を伸ばそうともしない。 そなたの周りには美しい宝石があるというのにな。」
 アイリンは真っ青な顔をして黙り込む。それから庇うようにアーサーは前に出た。
「そうしてその剣は、今も受け継がれて、貴方の胸に刺さっているのね。」
「そうだ。我等は竜呪師に呪われ、この玉座から動くことも出来ず、ここに縫い付けられている。だが、 ようやく時が来た。我が声はそなた等に届き、そなた等はここへ来た。この剣を抜け、無冠の 王子よ。」
 竜王はまっすぐにアクスを見た。


 アクスは少し考えて口を開いた。
「もし俺が、抜いたらお前はどうするんだ?」
「どうもせんよ。かの呪いは我等から魔の気を奪い取った。 そなた等にささやかな礼をして、ここで人を見守りながら自分の幸せでも探そう。」
「では、もし俺が抜かなかったら?」
「どうもせんよ。ただ、そなたへ声を届ける術はすでに体得した。暇じゃからのぅ。そなたに毎夜毎晩話しかけたり、 歌を歌ってみるくらいは許して欲しいのう。」
 妙に茶目っ気のある顔で竜王は言った。
「ま、わしがどうなろうとどうでもいいことじゃろ?ならば礼が貰える得なほうが選んではどうじゃ?」
「そうだな。」
 アクスは前に出た。アーサーが呼び止める。
「待って、抜く気?」
「このまま話しかけられたらうるさくてかなわん。」
「でも、竜王が世界を支配しようとしたらどうするの?」
 アクスは振り向かず、歩きながら答える。
「うまく行けばハーゴンと共倒れになるかもな。」
「心配せんでよい、そんなこと思っておらぬわ。竜呪師は知らぬままじゃったがわしらは元々神族 じゃったのじゃよ。わしの礼は、そのハーゴンに関わることじゃ。」
 竜王がそう言い終わった時、アクスは玉座の前に立った。剣を手に取る。
「この隙を狙って攻撃する気はあるか?どうでもいいが、俺はやり返すぞ。」
「わかっておるさ、無冠の王子よ。さぁ、この剣を抜け!」
 竜王の言葉に、アクスはゆっくりと剣を引き抜く。その剣には血も付いておらず、やがてゆっくりと剣はアクスの手に収まった。

 竜王は立ち上がる。ゆっくりと部屋の隅へと歩いた。
「ようやく自由じゃな。我等の悲願じゃ。…おお、その剣も持って行け。元々そなた等の物じゃ。我等を封印するために 力を使い、昔ほどの威力はないだろうがな。」
 そうして、アクスに何やら紙を渡した。
「これが世界地図だ。役に立つだろう。それとな、世界には5つの紋章がある。水、太陽、命、星、月を象った物。 これを全て集めれば精霊の加護が得られるであろう。必ず必要になる。探すのじゃ。その中の一つ、星の 紋章はここから南になる灯台の中にある。」
「そうか。」
「精霊の加護って何?」
 アーサーの言葉に、竜王は笑う。
「ささやかなものじゃよ。精霊はいつだって手伝いしかしてくれん。竜呪師にその剣を与えたようにな。」
「なるほど。受け取っておくさ。」
 地図を見ていたアクスが、その地図をくるくると丸め、荷物へとしまいこんだ。
「ふむ、では我は生まれて始めての安らかな眠りにつくとするかな。全てが終わり、気が向いたら また来い。そなた等の話を楽しみにしておるぞ。」
「そうね、気が向いたら来るわ。」
 アーサーがにっこりと笑う。それに竜王は頷いて、アイリンを見た。
「水泡の姫よ。」
「…はい。」
「あれはそなたの罪ではない。諦めるな、手を伸ばせ。さすれば必ず、その手に宝石をつかむ事ができるだろう。」
 アイリンは何も言わなかった。二人も何も言わず、そのまま城を去ることにした。





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