〜 尊き彼の姫 〜


 森に抱かれたサマルトリア城は、どこか清楚な印象がある。アクスがここに訪れるのはこれで 二度目だった。
「行くのはかまわないけれど、手に入れるのは難しいと思うわよ。」
 どこか気乗りしない様子でそういうアーサーが、アクスには意外だった。
 三人がここを訪れたのは、呪いを受けた事を反省しての防御力アップのためだった。すなわち、ロトの 装備を集める事。ローレシアに向かい、ロトの印と祠にある兜を手に入れ、そしてサマルトリアに 保管されている盾を手に入れることだった。
 だが、それは半分建前でもあった。もう一つの目的は呪いで疲れているアーサーを精神的に休ませてやる事。
 うわごとで言っていた『アリス』はおそらくサマルトリア王女、アリシエルのことだろう。うわごとで言うほど 会いたいのならば、会えば安らぐかと考えたのだ。
(そういや、継承問題でもめてるんだったか…?まぁ、どうでもいいか。)
 アーサーの慰安をあっさりと諦め、アクスは言う。
「無理は言う気はない。国宝だろうからな。」
「そう言ってくれると助かるわ。まぁ、もうあんな事はごめんだし、ためしに…。」
 アーサーはそう言いながら、やはり気乗りがしないようでため息をついていた。
「…ごめんなさい、アーサー…。もしかして嫌なんですか?」
「…そうじゃないわ。大丈夫よ、アイリン。会いたい人と会いたくない人がいるから、少し複雑なだけ。行きましょう。」
 アーサーは華麗に笑って、城に入って行った。


「お帰りなさい、アーサー王子。」
 アーサーたちを出迎えたのは、皮肉の混じった声だった。
 おそらくアリシエル王女だろう。ほとんど白に近い亜麻色の髪を、腰までまっすぐにたらしている。大きな目は青く輝き、白い ドレスを彩っていた。その色合いはサマルトリア王に良く似ていた。アーサーの3つ下の14歳のはずだが、 それより少し大人っぽく見える。受ける感じは違うが、どこか聡明そうなところはアーサーに似ているようにも感じられた。
「ええ、お出迎えかしら?アリシエル王女?」
「そうですわ。ハーゴンを倒しに行って、志半ばに無様に帰っていらっしゃった兄を、妹の勤めとして出迎えに参りましたの。」
 二人の言葉にとげがあることは、はたで聞いている二人にも良く分かる。
「残念だけれど、帰ってきたわけではないわ。サマルトリア王に用があって立ち寄っただけよ。王はお手すきかしら?」
「アーサー王子。お父様はお忙しいの。瑣末事で時間を割いていただくなんて愚かな事は言わないでいただきたいわ。」
「こちらも忙しいのよ、アリシエル王女。貴方の戯言に付き合っている暇はないの。」
 他人行儀なとげとげしい会話。とても兄妹とは思えない。 アイリンがはらはらしながら二人を見ている。城の者もはらはらしているが、おそらく いつもの事なのだろう、どこか慣れた様子があった。
 いつも朗らかなアーサーがここまでとげのある様子を見せるあたり、この二人は昔からいがみ合い、嫌い合っているのだろうと、 自分の推測は激しく間違っていたことにアクスは少し反省した。
「戯言…?アーサー王子、お分かりでしょう?お父様は貴方にはお会いにならないわ。たとえどんな事があろうとね。諦めて 旅にお出になってはいかがです?」
「口を慎んで頂戴、アリシエル王女。今、貴方の目の前にいるのは ローレシアの王子とムーンブルクの王女なのよ。自国の恥をさらさないで。」
 いつもの女言葉ではあるが、そこにどこか迫力のある言葉。それにハッとしたのかアリシエルはドレスの すそをつまみ、頭を下げた。

「失礼いたしました、アクス王子、アイリン王女。サマルトリアのお城にようこそ。ご息災をお喜びもうしあげます。」
 アイリンもそっと服のすそをつまんだ。
「お初にお目にかかります、アリシエル王女。お会いできて光栄に思います。」
「いえ、アリシエル王女。先触れもなく訪れた無礼をお許しください。我等はサマルトリア王に面会させていただくために 参りました。」
 アクスがその横で頭を下げた。サマルトリア王には一度会っている。その時は朗らかにアーサーを探すように言われたのだが…。
「…申し訳ございません、アクス様。おそらく父は今、手が離せないと申すはずですわ。」
「アリシエル王女。貴方の判断は聞いていないわ。道をお開けなさい。」
 アーサーの言葉に、アリシエルが燃えるような目を向けた。
「いいえ、アーサー王子。父を瑣末事で煩わすわけには参りません…そうですわ、ご用件はまず私がお聞きいたしましょう。」
 その言葉に、周りがざわめく。
「そんな王女、王女がそこまでなさるなんて…。」
「王女、わたくしが王に伝言にまいります。それまでどうか…。」
「お黙りなさい。もし私が必要だと判断すれば、私自身が父に進言に参りましょう。アーサー王子、それでよろしくて?」
「…多少不愉快ではあるけれど、かまわないわ。」
 アーサーの言葉に、アリシエルは手を打って召使を呼んだ。
「わかりました。では私の部屋へ参りましょう。皆はここにいて頂戴。私の部屋へは誰も入ることを 禁じます。」
「こちらも忙しいの、アリシエル王女、手早く済ませて頂戴ね。」
 アリシエルを先導に、四人はサマルトリアの城を歩き出した。


 その部屋は、城の中で2番目に良い場所にあった。一階ではあるが、日当たりがよく、庭が美しく見える。
 部屋に四人が入り、周りに人の気配がない事を確認したアリシエルは、アーサーに抱き付いた。
「お兄ちゃん!お帰りなさい!!」
「アリス、ただいま。でもすぐに行かないといけないの。」
 抱きしめ返すアーサー。
(なんだ?)
 そのあまりの態度の違いに、アクスとアイリンは面食らう。その二人の様子は仲の良い兄妹そのものだ。
「…そうなの…、お兄ちゃん、どうしてここに寄ってくれたの?」
「それなんだけど、アリス。王にはどうしても会えそうにない?」
 アーサーの言葉に、アリシエルはうつむいた。
「…無理だと思うの…。お兄ちゃんの様子を聞いて、お父様いらいらしてたし…お兄ちゃんが来るって報告を受けて、 ものすごく不愉快そうだったから…。」
「…そう、…。仕方ないわね……。」
 同じくうつむいたアーサーに、アリシエルが顔を添える。
「ねえ、アリスに話して!お兄ちゃんたちが何しに来たのか!アリスに出来ることならするし、もしどうしても 駄目ならアリスがダダこねてでもお父様を引きずり出すから!!」
 アリスの言葉に、アーサーが盾の事を語り始めた。アリスはそれを聞いて、少し考える。
「…わかった!アリスが持ってくる!お兄ちゃんはそのままそれ持って、ここの窓から出ればいいよ!」
「そんな、アリス!王に見つかったらアリスが怒られるのよ?」
「平気!お兄ちゃんが大変な思い、してるんだもん。アリスだってそれくらいやらないと!…本当は、一緒に 戦いたいんだよ?」
 アーサーが顔色を変えた。
「駄目だ!アリスがそんな危険が事をする必要はない!」
「…うん、だからね。お兄ちゃんがちゃんと帰ってこられるように、ここで出来ること、アリス頑張るから。」
 少しだけ涙を浮かべ、アリシエルはそう言った。そんなアリシエルに、アクスは金の鍵を渡す。
「これがあれば、少し楽なはずだ。頼みます。」
「わかりました、アクス王子。少々お待ちくださいませ。」
 鍵を受け取ると、アリシエルは一礼して部屋を出て行った。


 アーサーは部屋で呆然としている二人に、朗らかな笑みを向けた。
「ふふ、気になる?」
「ごめんなさい、事情があるんですよね…。」
 アイリンが恥じるようにうつむく。アクスは平然と椅子に座った。
「まぁ、他国の事情なんかどうでもいい話だ。気にならんでもないが、話したければ話せ。」
「…そうね、また今度話すわね。」

 しばらくのち、こっそりと布でくるんだ盾を持ち帰ったアリシエルは、それをアクスに渡した。
「この鍵もお返しいたします。何もできぬ身ではございますが、お三方のご武運をここからお祈り申し上げます。」
「ああ、助かった。…盾を借り受ける。必ず役に立つだろう。」
「そう願っております。」
 そっとアクスの掌に鍵を載せ、アリシエルは頷いた。

 旅支度を済ませ、アクスとアイリンが窓へと出た。
「お兄ちゃん…気を付けて。」
「…アリス。」
 アリシエルの足元に、アーサーはそっと跪いた。
「…アリシエル王女。必ずハーゴンを打ち倒し、その勝利と平和を貴方に捧げます。」
 アーサーはそっとアリシエルのドレスのすそに、そっと口付けをした。そして立ち上がる。
「どうか、元気で、アリス。」
「いってらっしゃい、お兄ちゃん。…必ず、帰ってきてね…!」
 窓から出て行くアーサーに、アリシエルは泣きながら声を送った。


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