巡る星の行く末


 それは、火花のようだった。
マーニャは語る。頭にパチっと音がする。メラゾーマなんかにも適わない、強烈な火。

 あれはマーニャが8歳のとき。
「お父さん、そろそろご飯食べてよ」
双子の妹ミネアは、錬金術師の父、エドガンの服を引っ張り、 根詰めて3日前からこもっている、地下の研究所から引っ張り出そうとしていた。
「そうよ、お父さん。あんまり根つめて、いい結果が出るとは限らないわよ。それより久々に みんなで一緒にご飯食べよう?ミネアがシチュー作ったのよ、おいしいよ」
 マーニャは既にお皿を抱えて準備万端だ。
「やれやれ、しょうがないな」
 エドガンはようやく重い腰を上げ、地下室から階段を上がる。
「やったあ!がんばったんだよ、お父さん、最近ちっともご飯作ってくれないし。姉さんが 作るとおーざっぱで、聞いてて怖くなるんだもの」
「なによ、おいしかったらいいじゃない!」
ミネアの文句にマーニャは反論する。
「お前達、本当に良くやってくれてるよ、自慢の子供達だ。」
エドガンは微笑んだ。
「お?外は雨なのか?」
外でざあざあふりつける雨の音に気づいたエドガンは席に着きながら聞く。
「うん、夕方から雨みたい。夕立かと思ったんだけど。つまんないよ、外に出られなくて」
「わたしは雨が好き。音を聞いてるとほっとするもの」
「だからあんたは暗いって言われるのよ」
「言うのは姉さんだけじゃない!」
「まあまあ、おいしいシチューが冷めてしまうよ、けんかは止めなさい」
 本気で喧嘩してるわけじゃないことはエドガンにはよくわかっているのだろう、苦笑しながら言い争いを止めさせる。
   ”コンコン”
「ん?誰か来たのか?」
 ノックの音にエドガンが立ち上がる。
「こんな雨の日に、こんな田舎に?またお父さんの研究を勘違いして、お金くれーだのいう、馬鹿が来たんじゃないでしょうね。」
 マーニャが言う毒舌に、ミネアはなんにも言わずに困った顔をしている。事実、「錬金術師」と言うだけで、金が無尽蔵に作れる、 また作ることに成功していると思う人間が、しょっちゅうこの家に尋ねてくるのだ。
「お金が欲しかったら、大人しくアッテムトで土でも掘ってりゃいいのよ。」
「確かに働かずにお金を手に入れよう、って考え方は私も好きじゃないけど…姉さんは賭け事好きなくせに」
 一言多いミネアにマーニャが反論しようとした時、エドガンがドアをあけ、雨の音がした。

    ”パチ!”

「どちら様ですかな?」
 エドガンが外にぬれたまま立っている男に聞いた。
「キングレオ城お抱えの研究者、エドガン様ですね。私はここからはるか北、サントハイム城に代々遣える研究者の一族 の末裔、バルザックと申します」
「姉さん?」
 マーニャはその男を見たときから、電撃に当てられたように動きを止めていた。頭の中に炎が燃える。動けない、動きたくない。 マーニャはずっとその男、バルザックを見たまま静止していた。
 (警戒してるのかしら、姉さん。昔からお父さんの研究で悪いことしようと思ってる人には、いきなり飛び掛っていくんだもん。)
 厳しい顔をしているようにも見えるマーニャを見ながら、ミネアはそう考えていた。そしていきなり飛び掛ろうとするなら 何とかして止めなくては、とも。
「そのバルザックさんが何の用ですかな?おお、いかんそのまま濡れさしておいては風邪を引いてしまう。入ってくだされ、 小さい家ですがな。ちょっとタオルを持ってきてくれ」
 エドガンはバルザックを中に入れると娘達、とりわけミネアのほうを 向いてそう言った。そういうことを積極的にしようとするのはいつもミネアだったからだ。
「は…」とミネアが返事しようとしたとき、はじかれたようにマーニャが飛び出した。
 そして猛然と箪笥に向かい、タオルを取り出して戻ってきた。 マーニャがバルザックに飛び掛ろうしたと考え、身構えたミネアは唖然としながら、成り行きを見守っていた。
「はい、タオル。風邪引いちゃうよ」
マーニャは明るい声でそう言うとバルザックにタオルを手渡した。
「ありがとう、お嬢さん。」
 バルザックはマーニャに向かってにっこり笑った。
「あたしは、マーニャ、エドガンお父さんの娘。そっちはミネア、あたしの双子の妹」
 そう言って、マーニャは華のような笑顔で笑い返すとゆっくりと食卓へ戻っていった。
 昔から華やかで、いるだけで陽の光がさすようなマーニャだったが、それはマーニャの今までの人生の中で 一番美しく色鮮やかな笑顔だった。
 見たこともないマーニャの表情にびっくりしながらミネアは、ただ成り行きを見守るだけだった。
「エドガン様、どうぞこの私を、弟子にして下さい!」
 今まで頭を拭いていたタオルをそのままに、バルザックは頭を下げた。
「お顔をあげて下さい、バルザックさん。貴方の一族は研究者の一族なんでしょう? 何故、わざわざ私に弟子入りしなくてはならんのですかな?」
「確かに私どもの一族は、代々サントハイムに仕え、今のエドガン様のような研究を志していた者も数を多くいました。 ですが先々代サントハイム王が優秀な魔道の達人であり、当時仕えていた先祖に、より強力な魔道の研究を命じたため、 今や私どもの研究は魔道一筋となってしまいました。しかし私にはまったく魔道の才能はありません。そして魔道研究に興味を 見出すことは出来ませんでした。そして錬金術やさまざまな自然現象、物理現象などを研究していき、ついに父に、勘当を 言い渡されてしまいました。王の力になれぬ息子は要らぬ!と。研究とは本来自らの知識欲求によるものであるはず。そしてそこから 発見が見出されるものだと思っておりました。しかし私どもの一族は、今の地位を守るための手段に研究を使う有様です。 私もそのような一族に興味はありません。そして出てきたものの、荒野をさまようだけでは研究することなど 出来ません。そして私は聞きつけました。私の興味と同じ研究をしている錬金術師が、コーミズにいると。私自身の研究は しなくてもかまいません!どうか、研究に携わらして下さりませんでしょうか!」
 バルザックは貯めていたものを一気に吐き出すように言うと、もう一度弟子にして下さい!と言い、頭を下げた。


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