黒の線に、赤が交差する。 黒は髪。私の長い髪。全てを捨てた中で、これだけは捨てられなかった、女の象徴。 赤は血。私の体から流れ落ちる血。命から流れ出ていく力。 その赤は、あの方の瞳を連想させるほど赤くて。 ああ、それは決して交じり合う事はないのだと、薄れ行く意識の中で想った。 出会ったときに、恋に落ちて、それと同時に失恋した。 あの方の姿、力、そして言葉。全てに魅せられて。 自分には届かないことを知っていた。並ぶことを願うことすら不相応だと分かっていた。 何よりも、あの方には想う人がいた。自分が鉄ならば、その人は宝石。そんな煌びやかな人が いることを知っていた。 なによりも、鎧に包まれて血まみれで戦う自分に、あの方が気づいてくれることすらないことを理解していた。 それでもいい。私が血にまみれることで、あの方に傷がつかないのなら。 たとえ鎧の中の私を見てくれずとも、役に立てるのなら。 私は今まで短くしていた髪を伸ばし始めた。それは、あの方に見てもらうためではなく。ただ自分の心を慰めるために、 私は髪を伸ばし始めた。 私は戦いを続けた。あの方が命ずるままに。あの方の名誉を守り、あの方の体を守った。 そして、私はあの方の名前をいただいた。一の部下だと認めてもらえたのだ。 魔法が使えない私に、それを守護する道具まで授けて下さった。 ……その私に与えられた任務は、あの方の宝石を守ることだった。 それはとても嬉しいことで、それはとても悲しいことだった。それは紛れもない、信頼の証。 あの方の宝石を守る事は、あの方の心を守ることにもなる。なによりも、あの方の期待を裏切ることなど出来はしない。 一瞬の困惑などなかったことにして、私は鎧の中から頷いた。 それはひどく辛い日々だったけれど、ひどく幸福な日々でもあった。 この場所はあの方の腕の中。恋人を守るための腕の中。私はその腕の先にある指に過ぎないとしても、 その握りこまれた指は、確かに腕の温かみを感じることができる。 本当に美しい人だった。長く伸びた髪。月光に透けるような肌。にこやかに笑う顔も、憂いを含んだ表情も 艶やかで同性の私が見惚れるほどで。あの方の隣にいるにふさわしい人だった。 そして、対面するあの方は、本当に素敵だった。いつも強く凛としたあの方が見せる、見たことがない表情。愛する人にしか 見せない、知らなかった顔。 それはとても魅力的で、それを見られたことが嬉しくて。…そして切ない。 そうして、愛の言葉をささやいて立ち去っていくあの方を、私は何度も見送った。 …やがて、心に毒が積もっていく。 あの方がいない間、腕の中でささやかれる呪詛。あの方に守られながら、あの方の破滅を望む。 あの方は願いは、彼女の幸せ。けれど、彼女の幸せは、あの方の願いではないのだと。 あの方の腕の中で、涙ながらに願うのは、あの方の死。 それは、紛れもない裏切り。 いっそ、あの細い首を切ってしまおうか。あの方の死を願う物など、許してはおけない。それが、例え命令に 反することだとしても。最終的にあの方のためになるというのなら、それをするのが忠臣たる私の役目。 …例え、嫌われてしまっても。 何度そう思ったか、わからない。…けれど、それができなかったのは、あの方が私に憎しみの目を向けられるのが 怖かった。私は結局毒を吐き出すこともなく、ただ溜まっていく毒を飲み下していた。 そうして、今、目の前に勇者が現れる。 それは、彼女が呼び寄せたものだ。あの方の命に逆らい、彼女が自ら望んだものだ。 …かまわないのではないか?通しても。おそらく勇者は彼女に危害を加えない。仮に加えたとしても… それは自業自得だ。 悪魔の声がささやく。もし、勇者が彼女を始末してくれれば。…私は、私は。 「ここを通す訳には行かぬ! 始末してくれるわ!」 それでも、私はそう言い放って剣を抜いた。仮に無駄に命を散らすことだとしても、私はあの方の命にはそむけない。 あの方の命令、何人たりともここを通すな。その命令を守るために、私はここにいる。 愛しているから。たとえ届かなくとも。それを守り通すことが、私に許される、唯一の愛情表現だから。 黒い髪は、私。赤の血は、あの方。 隣でいるようでいて、決して交じり合う事はない。 ただ、薄れ行く視界の中、ようやく溜まった毒を流し、ただ一言、誰にも届かない声を、誰かに届くことを 願い、空気をわずかに震えさせた。 「…ピサロ様、どうか、お幸せに…。」 ピサロナイト女性版のお話でした。 ピサロナイトの台詞は、(多分)この話に出てきただけだと思うんですけれど、これだけだと女ともとれないかな、 と思ったり。ちょっと古風な感じの女性で。だって女性と二人きりにさせるのに、男性じゃ(たとえモンスターでも) まずいんじゃないかな、と思ったことがきっかけ。 まぁ、仮にピサロナイトが男だとしても、守ってる人間が自分の主君の野望を阻むことを毎夜祈っているのを 聞いてどんな気分だったのでしょうか。決して良い気分ではなかったと思うのですが。 |
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