道示すモノ


 ”もしも俺が、もっと賢かったなら”

 過去を思うほど年をとっていない幼い王子が、口を歪める時、頭にはいつもその言葉があった。
 後悔をするほど年を経ていないヘンリー王子の唯一つの後悔は、『人を信じた事』だった。

 友情を信じていた。『友』を愛し、お互いに助け合い、信じあうこと。お互いが 困ったら、迷わず手を差し伸べるもの。ヘンリーは確かに友だと信じていた 友人を信じていた。自分を友達だといってくれる友達が好きだった。
 それは、時代の流れだった。病弱だった母が亡くなった。そのとき、その友だち達は自分を慰めてくれた。
 やがて、側室だったカサンドラの腹に子供が宿ってから状況が急変する。
 その子が庶子では哀れだと、国王がカサンドラと結婚、カサンドラは王妃の座を手に入れる。

 ヘンリーはカサンドラが嫌いではなかった。むしろ多少の好意を持っていたと言ってもいい。
 母は病弱な人で、ベットから起き上がることはなかったが、派手好きなカサンドラはよく城をまわり、出席 できるパーティーには出席していた。
 王妃となってからは公式行事にも参加するようになっていたが、今まで女がほとんどいなかった席にカサンドラが いると、パッと華やぐのがヘンリーには楽しかった。
 『弟か妹ができるのだぞ』という父の台詞にヘンリーは楽しみにしていたし、できれば弟が欲しかったからデールが生まれた時は 嬉しかった。

 だから、最初は気が付かなかった。徐々に『友達』が自分を訪ねてこなくなったこと。声をかけようしても忙しそうに去っていた 事。
 そうして、言われた。「父はデールについた。もうお前と遊んでもなんにもいい事がない。わかるか?お前は 王にはなれないって事だ。」


 もっと賢かったなら、俺はもっとはやく気がつけただろう。『友達』だと思っていたやつらは、友情なんかなく、 ただの打算だった。俺が王子で、あいつらが父上の家来の息子だから 俺が、そのうち王になるから、仲良くしてたら出世に便利だから。だから 俺と一緒にいたことを、どうして今まで気が付けなかったのか。
 無駄な感情をもっていたことが悔しい。どうしてもっと早く『友情』なんてものが 当てにならないと気がつかなかったんだろう。友情なんて、そんなものない。ただの甘い幻想だった。

 だが、今は違う。ちゃんと知っているから。俺は今までとは違うんだ。
 王なんか要らない。デールにくれてやる。あんな馬鹿な奴らを家来になんかしたくない。
 俺は代わりにに親分になって、子分を従える。俺は賢いから知ってる。親分って言うのは横暴で、 たくさん子分を従えて、子分は親分の言う事をなんでも聞かないと駄目で、そうしないと死なないといけない。 親分に子分は絶対服従なんだ。王なんかよりずっといい。
「あにうえ。」
「違うぞ、デール。俺は今日から親分だ。お前は俺の子分にしてやる。一の子分だぞ、一番偉いんだ。」
「おやぶ・・・ん?」
「そうだ、偉いぞ。」
「おやぶん、おやぶん!!」

 デールが国王になるなら、俺は国王の親分で一番偉い。そしたらあいつらも、俺に従わなきゃいけない。でも、 そうはいかない。裏切ったあいつらは要らない。俺の他の子分は偉くなるんだ。

 ”俺は、賢くなったから”

 俺と同じ年でこんなことを知っているやつはめったにいない。俺は強くて賢い。大人の兵士だって俺には適わない。 父上以外、誰も俺には結局逆らえないんだ。 俺が賢くなったのはあいつらが裏切ったからだと、寛大な俺は感謝してやる事にしていた。



 ある日の事だった。目の前に、男がいた。
 それは、今まで見たことがある男とは違っていた。男は自分をパパスと名乗った。
 鋭い目。兵士の数倍のたくましい体。そして、なにより纏う雰囲気。
 気に入らない。何がかはわからない。ただ自分の思うとおりにならない男。それが気に食わなかった。
「お前なんか嫌いだ。出て行け!命令だ!!」
 そう言うと、男は苦笑して出て行った。
 無性に気に入らない。余裕があるあの態度。ちくしょう…父上に頼まれたとか言ってたけど、追い出してやる… 絶対だ!
 そうむかついていると、また俺の部屋に人が入ってきた。

 見たことのない、子供だった。俺と同じくらいか下くらいだろう。なんだか後に珍しい猫を連れている。
(あの男の子供か…?)
 やっぱり見たこともない感じだったし、髪の感じとかがなんとなく似ていた。
「君が、ヘンリー?」
「なんだ、お前は。ヘンリー様と呼べ!!」
「僕?僕はね、カルアだよ。」
 その目はキラキラしていて、暖かくて。
「あのね、ヘンリー。お父さんがね、君と友達になってくれないかって。」
 だからわかってしまった。こいつは、昔の自分と同じで、裏切られた事なんてなくて、『友情』なんて 甘い幻想を信じている存在だと。

”もしも俺が、もっと賢かったら”

 こいつはそんなことを、思ったことがないのだろうか。そう思うと、早い内にそれを思い知らせてやろうと思った。
「俺は、友達なんかいらない。けど、そうだな…特別に、お前を子分にしてやるよ、光栄だろう?」
「子分って何?どうして友達いらないの?」
「うるさい!子分は子分だ、それで俺は親分だ!!となりの部屋に宝箱がある。そこに子分のしるしがある。 とってこい!」
 どなり声に反応して、後の猫が毛を逆立てる。
「チロル、駄目だよ!…ねえヘンリー…どうしてそんな、子猫みたいな目をしてるの?」
 ヘンリーの頭に火がつく。
 俺が、そこの子猫と一緒だと言うのか、この何にも知らない奴が?何にも知らない馬鹿の癖に…俺を こんな子猫だって言うのか!?
「うるさい!嫌なら出てけ!すぐ父上に言いつけてやる!!お前の親父と一緒に牢屋に入れてやるよ!!」
 そう怒鳴ると、やっと判ったのか、猫を連れてゆっくりと隣りの部屋に消えていく。
 宝箱はある。すぐに開く。ただ、中が空なだけだ。その間に、俺は身を隠そう。『教育』してやるのだ。
 この部屋には父上と自分くらいしか知らない隠し通路がある。脱出用だ。そこへ身を隠して、しばらくしたら 何食わぬ顔をして戻ってやる。
 ヘンリーはひらりと身を翻し、椅子の下の扉を開け、下へと降りた。
 ただ、ヘンリーは相手が悪かった。相手は『本物の冒険』をしてきた子供だった。洞窟の奥へ潜り、人を助け、 城の平和を取り戻し、春を呼んだ少年だったのだ。
 かすかに聞こえるカタカタという音。それを探り当て、笑った。
「かくれんぼかな?」
「がぁう」
「じゃあ、みつけた、って言わないといけないよね。」
 そう言うと、カルアも扉をくぐり、階段を下りた。


 暗い場所にいた。見たこともない場所だった。
 目の前の鉄格子。じめじめとした床。
 牢屋、だった。
 ラインハットの地下だろうか?牢屋はラインハットの地下にあることを、ヘンリーは知っていた。行った事はなかったが。
 だが、身を起こそうとしたヘンリーに襲う、全身の痛みが全てを思いおこさせた。
(そうか…俺…誘拐、されたんだ…)
 あの隠し通路を通ったあとに、あの子供が降りてきて、変な奴が出てきておなかを殴られて…
「ちくしょう…」
 あの隠し通路を知ってるのは、俺と父上と…あとは王妃くらいのはずなのに。
 そんなに、俺が邪魔だったのか。俺は要らないものだったのか。
(もう、どうでもいいや。)
 どうせ、誰も俺なんかを助けに来てくれないだろう、そう思ってヘンリーは牢屋に寝そべった。妙に 湿った床が、余りにも自分が哀れでつまらない存在だと、ヘンリーに教えてくれた。


 遠くで、現実の音がした。足音だった。
「ヘンリー王子!!無事でしたか!!」
 そこにいたのは、あの気に食わない男と、気に食わない子供だった。
「ヘンリー、無事だったね。大丈夫?」
 そう言った目は、この場所に相応しくないほど、暖かかった。
 男は力づくで牢屋の鍵を破り、俺を引き出そうとした。
 気に食わなかった。何が気に食わないかわからないけれど、とにかく気に食わなかった。
「随分助けに来るのが遅かったじゃないか。まあいいや。 どうせオレはお城に戻るつもりはないからな。王位は弟が継ぐ。オレはいない方がいいんだ。」
 そう言ったとたん、頬に痛みが走った。
「なにするんだ!!」
「王子!あなたはお父上のお気持ちを考えた事があるのか!?お父上は……。」
 父上の…気持ち…?
 父上は、俺を要らないと思ってないんだろうか。俺の事を…
 頭が真っ白になった。よく判らない。この男が何を言っているのか。
 でも、多分、俺は。
 ずっと父上に助けに来て欲しかったんだ。

 ぼんやりと、道を歩いていた。なんだかとても複雑なところでとても古くて…とても城の地下には見えなかったから、 本当に俺は誘拐されていたのだろう。
 なんでこいつらは、俺をこんな所まで助けに来てくれたんだろう。目の前にいるこいつが多分あの男に 俺が攫われた事を伝えてくれたんだろうけど、どうしてそんなことしてくれたんだろう。
「なぁ…」
 そのヘンリーの声を遮ったのは、魔族の哄笑だった。



 そこは、牢屋よりもなお暗く、漂う空気はただ絶望のみ。
 陰気な人々がただ、生きるわけでもなく動き、時折聞こえる鞭の音と、嘆きの声がその場を支配していた。
 強引に服を剥ぎ取られ、薄汚い服とも言いがたい服を着せられた。
「お前達は今日から奴隷だ!この大神殿を完成させるために、命を捨てて働くのだ!!」
 わけがわからないと言えるほど、ヘンリーは馬鹿ではなかった。
 ここにあるのは絶望だと。もう二度と生きて戻れないのだと、それで理解してしまった。

 ”もしも俺が、もう少し愚かだったら”

 そうすれば、希望が持てたのに。生きて帰れるかもしれないと、出られるかもしれないと…助けが 来るかもしれないと期待できたのに。
 あの男…パパスは死んだ。俺のせいで。恐らく父上は、俺がどこにいるかももう、知らないだろう。俺は、 ここから一生出られない。
「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!!!!」
 俺は叫んだ。そんなことをしても意味はないと、俺の頭は判っていた。

 ”俺が、もっと愚かだったら”

 そんなことすら気にせず、泣く事だってできただろう。
「ちくしょう…ちくしょう!!!」

「ヘンリー…大丈夫?」
 そう声をかけてきたのは、同じくぼろぼろの布をつけた、あの少年だった。名前はたしかカルアだと、 ヘンリーは思い出していた。
「どこか痛いの?大丈夫?」
 そう心配してくるカルアが妙に憎い。
 こいつは、愚かだから、俺なんかよりずっと物を知らないから、希望をもっていられる。現実を 知らないで生きていられる。平気そうにしてられる。むかついた、気に食わなかった。
「なんだよ!お前はなんで俺になんにもいわねえんだよ!!俺のせいでもうここから 閉じ込められたままで、一生働かされるんだぞ!!わかってんのかよ!」
「ヘンリー?どうしたの?」
 こいつはおかしい。俺なら許せないだろう。俺のせいなのに、全部俺のせいなのに。
「俺を気遣うなよ!!怒れよ!!俺のせいだぞ!!お前わかってんのかよ!俺のせいでお前の 父親は死んだんだぞ!!!」
 そっちの方が気が楽だ。怒ってくれたらいいと思った。俺のせいで、俺を助けにきたせいで あの男は死んで、俺とこいつはこんな所に閉じ込められて…それで責められないのは嫌だった。
「お父さんは死んでないよ。」
 だがこいつは、静謐な目ではっきりと言った。

(げ…こいつ…狂ったか?)
 恐怖のあまり人は狂う。あまりの恐怖に人は耐え切れなくなって現実を無視する事があると、ヘンリーは知っていた。
 カルアの襟首を掴んで揺さぶる。
「なに言ってんだよ!お前は見てたんだろう?お前の父親が死ぬところ!!」
「うん…でも、生きてるよ、お父さんは。だって、僕に教えてくれたから。ずっとお父さんが なにしてるか知らなかったけど、お母さんを探してるって教えてくれた。僕…お父さんが 生きていてくれたほうがずっと嬉しいけど、でもちょっと嬉しかったんだ、お父さんがずっと 何がしてる事、知ってて、でも教えてくれなかったけど、それを教えてくれて嬉しかったんだよ。」
 その目は、とても涼やかで、ヘンリーに何かを訴えていた。
「お父さんの意思が、僕の中にあるんだ。…お父さん、死んじゃって…でも、無駄じゃないから。諦めたら 無駄になるけど、僕絶対諦めないから…だからお父さん、死んでないんだよ、ヘンリー。」
 その目に、わずかに涙が浮かんでいるのをヘンリーは見た。ずっと必死でこらえているのだろう。
「…なあ、俺に、なんかできること、あるか?」
 判ってる、自分には何もできることなんてないと。父上もいない、こんなところでは、俺は何もできない。
 だが、カルアは少し考えて、こう言った。
「そう言えばヘンリー、『親分』とか『子分』って何?」
 この状況にそぐわない、あまりにも素朴な質問だった。なぜ、カルアがこんなの事を今聞いてきたのか 判らなかった。
 子分とは、親分を守るもの。親分の言う事を聞いて、聞かなかったら死ななきゃいけない。 親分に子分は絶対服従なんだ。ずっとそう思っていた。だから、そう言えばいいだけの話。
 だけど、気が付くとこう言っていた。
「…親分は、子分を守って、子分は親分に従うんだ。そうやってお互いになにがあっても信じて、助け合うんだ。」
 それは、かつて甘い幻想とバカにしていた、友情の言葉。かつて信じていた、『友情』そのままの言葉で。
 ただ、純粋なカルアに格好をつけてみたかっただけかもしれない。 カルアを見て、それをもう一度信じてみたくなかったのかもしれない。
 …それとも、カルアにだけは信じて欲しかったのかもしれない。自分を、友情と言う甘い幻想を。

「ふぅん…だったらいいよ、僕をヘンリーの子分にしてよ。」
 カルアがそう言った。あっさりと、明るく。その言葉が…あまりにも簡単で。
「ばっかやろう…」
 ヘンリーはカルアの頭を殴らんばかりの勢いでぐちゃぐちゃにした。
「ヘンリー?」
「判ったよ、俺が、お前を助けてやるよ。…いつだって、どんな時だって、困った事があったら助けてやるから…」
 そう言いながら、ヘンリーはぼろぼろと泣いていた。
 ”俺が、もっと賢かったら。”  ”俺が、もっと愚かだったなら”  そしたらきっと、もっと早く信じる事の大切さは、裏切られる事と関係のないことを知ることができたかもしれない。
 けれど、賢さも、愚かさも取り返しのつかないことではないと、やがて世界を回す目の前の少年が教えてくれた。
 もう後悔はしないと決めた。反省はする。けれど、もう決して後悔なんてしない。してたまるものか。 やがてカルアとここを抜け出し、パパスを『生かす』旅に出るまで、決して諦めない。まだ幼いヘンリーが、泣きながらそう誓った。

 その誓いはけして破られる事なく、甘い幻想は、現実のものとなる。
 そして辛い頃もやがて笑って語れるようになる日まで、二人は共に歩き続ける事になる。



 というわけで5リメイク記念ですー。実は12年程前、最初に5やったときは、全然ヘンリーは眼中に 入っていなかったと言うか、なんというか・・・という感じだったのですが、3年ほど前にちゃんとクリア した時は「ああ、この二人の関係はいいなぁ」「ヘンリー、かっちょいいじゃん」 と思いました。特にデールとの会話が好きです。ので、とっても楽しみです。PSではヘンリー はなしてくれるらしいですので。しかしこの小説で「ヘンリーはこんなんじゃない!」と思った方、 ごめんなさい、本当に。あと、太后って名前ありましたっけ…勝手にカサンドラとつけましたけれど…
 ついでに個人設定を紹介。グランバニアって城の中に街があるじゃないですか。で、久美 先生の小説なんかだと、パパスさんが民を守る為にああした、みたいになってましたけど、私は違うんじゃないかなー とか勝手に思ってたので。(ゲーム上でそうなってたらごめんなさい)
 あれは、何代か前の大臣が苦肉の策でやったことじゃないかと。グランバニアの歴代の王は、主人公、パパスと同じく、 名君で優しく、最高の王なんだけど、一つの悪癖として、 「困った人を見るとほって置けない」人。親切なのはいいんですが、それが際限なく 広がっているのに業を濁した大臣が「頼むからうちの国の民だけを見てくれ、守ってやってくれ」と思って 他の国が見えない&簡単に王が人を助けにいけないように城で区切っちゃったと。で、「モンスターから 民を守れるから」とかなんとか理屈をつけられて了承したはいいけれど、それじゃ国の前で人が倒れてても 判らない…と不安に思った国王はもっとも信頼ができてそこそこ強い友でもあった腹心の家来を 門番に据えたんですね。困った人がいたら助けてやってくれるように、自分にも伝えてくれるようにと。 で、それがサンチョの一族でサンチョもそれを誇りに思ってあそこに住んでる…という設定。どこにも 紹介ができないんで、ここに書いておきます。リメイク記念って事で。

 ドラクエ5はドラクエの中で最も好きなゲームです。リメイクされて本当に嬉しいです。リメイクおめでとう、 そしてリメイクしてくれてありがとう。



戻る TOPへ HPトップへ
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送