グリーン・フラッシュ 
〜緑閃光〜


 ”奴隷というのは消耗品である。”
 そう一番感じているのは、他でもない奴隷本人たちだった。
 少なくとも、それを使うもの達にとってはいくらでも替えが効く消耗品に過ぎないことを、奴隷たちは理解していた。
 毎日のように、どこからともなく大量の人がこの山にやってくる。その理由はさらわれたり、親に売られたり、自ら 志願した信者の一人だったりと様々だが、それはこの世界ではどうでも良いことだった。
 最初の1ヶ月で、半分が消える。次の一ヶ月でまた半分。そして半年後には、そのほとんどが消えている―――。
 そしてそれと同じように、また新しい人が来ては消えていく。その繰り返し。何も変わらない。
 それは、本当にわずかに一年以上生き抜いた『古参』と呼ばれる奴隷たちが強く感じていること。そう、たった一年 生き抜いただけでこの世界では古参と呼ばれるほどなのだから。

 そして、古参と呼ばれるくらいに長生きできる為にはコツがあった。
 見張りの隙を見計らって適度に手を抜くこと。おべっかを使い、目こぼしをしてもらうこと。おだてて少しでも多く、 食べ物を分けてもらうこと。自分を陥れて、引き立ててもらおうとする奴隷仲間に弱みを見せず、好意を持ってもらうこと。
 奴隷になって六年目のヘンリーは才能とも思えるほど、それが上手かった。
 誰よりも上手く手を抜き、誰よりも見張りを油断させることができた。少々美形過ぎるのが玉に瑕だが、にこやかな笑顔と 調子の良い話し方で、誰からもそれなりに好意をもってもらえていた。…そうでなければとても6年間、 生きることはできなかっただろう。
 王族として生まれた自分に奴隷としての才能が あるなんて皮肉だと、時々苦笑する。だが、奴隷としての振る舞いをすることは、ヘンリーにとってそう辛いことではなかった。
 王族としてのプライドより、大切なものがあった。血の誇りより、守るべきものがあった。それだけだった。過酷な 労働や鞭などで暴力を振るわれることは辛かったけれど、肩肘を張っていたあの頃よりもむしろ今の自分は『自分』に 近いと感じていた。

 そしてその大切なものは…誰よりも『奴隷』が下手だった。
 こちらも美形ではあるが、優しい性格ですさんだ奴隷仲間の心さえ緩和させる。奴隷仲間からの評判は一番だった。… だが、教団の見張りからの評判はもっとも悪かった。
 カルアの瞳は、心のやましさを映し出す。涼やかに澄んだ目が、心の奥底まで映し出す。自らのやましさを見通された 見張りは、それを忘れるようにカルアを殴る。それでもカルアは見続ける。くじけることない瞳で。
 そしてカルアは奴隷の仕事の手を抜かなかった。誰よりも強くここから出たいという意思があったにも関わらず、 全力に仕事に取り組み、脱走計画を練り、抜け出す。そして誰かに密告され、また殴られる。…そしてその密告した奴隷の 具合が悪い時にはその人間の分まで働く。この6年、ずっとそんなことを繰り返していた。

 ”やがて壊れてしまう”そう結論を出したのはヘンリーだけではなかった。殴られていたところをかばわれたり、 休息の穴を埋めてもらった奴隷仲間たち。自分が生きることだけで必死な奴隷たちが、ヘンリーに頼みに来たのだ。
 休めと言っても、おそらくは聞かないだろうと判っていた。『僕は大丈夫だから、心配しなくて良いよ、ヘンリー』 そう笑う姿が、目に浮かぶようだった。自分よりも他の誰かを気遣う人間だった。初めて逢ったときから。だからこそこう言った。

「お前が倒れた時、効率が下がったって殴られるのは俺たちなんだぞ?」

 そして今、ヘンリーはカルアとともに見張りの隙を狙って、岩場を歩いていた。
「ねぇヘンリー、とっておきの場所って、もうすぐなの?」
「ああ、サボるのにもってこいの場所だ。期待してろよ。」
 そしてまもなく、山の裏手の岩場に到着した。意外と平面の多い岩が並ぶその場所は、座って空を眺めるには もってこいの場所だった。
「前面が空だね、ヘンリー。」
 少し寒いこの山は、空が良く澄んでいた。世界で一番高い山の上で、空の中に入り込んだような錯覚。 ヘンリーとカルアの顔が、夕焼けに染まる。
「綺麗だね。」
「ここは俺の一番の場所だ。まぁ子分のお前には教えておいてやるよ。親分の慈悲に感謝しな。」
「あはは、ありがとう、ヘンリー」
「…いつかここを抜け出して、母親を探しに行くんだろ?だったらそれまで、力を蓄えないとダメだろ。適度に休んで、必ず ここから出ようぜ。」
「うん。必ず」
 そう言って頷いたカルアの顔は、遠い日のパパスの顔にどこか似ていて、ヘンリーは無言で沈んでいく太陽を眺めていた。 カルアも、それに倣って太陽を追っていた。
 そして、太陽が水平線の果てに消えゆくその一瞬、空が緑の染まった。
 太陽の上辺が緑色に光り、その光が藍色に変わる空を緑色に縁取る。緑に縁取られた水平線が、ゆらゆらとゆれる。
 その光が消えるまで、二人はずっと空に魅入られていた。

「…なんだ、あれ…」
「緑閃光だよ。」
 ヘンリーのつぶやきに、カルアがそう答えた。
「りょく…せんこう?」
「とても珍しいんだって。見られると幸せになれるって…一度一緒に旅をしてた時に見たときに、 お父さんが教えてくれた。」
 少しだけ寂しそうに、カルアは笑った。父との幸せな時を思い出したのだろう。
「そっか…」
 自分たちをかばって死んでいったパパスは、果たして幸せだったのだろうか?…その答えは、二人にはなかった。
 ただあの緑の光はどこかパパスの最後に似て、美しかった。


 ヘンリーは外の空気を吸うために、バルコニーに出た。
 ラインハット城から外を見ると、湖の水面に映る空が静かな漣をかけてゆれる。その姿が美しかった。ゆらゆらと、 青と赤が煌く。
 奴隷だった頃は貧しくて、苦しくて、辛くて、本当に何もないところだった。
 今は国があって、兄弟があって、居場所があって。メシがあって、暖かい寝床があって。愛する妻と子供もいる。なんて 幸せなことだろう。
『俺は今幸せだよ、カルア』
 魔物にとらわれ、石像にされてしまったという友に心で話しかける。
 幸せだった。…ただ寂しい。その幸せを共に分かち合える友がいないことが。
『どうしてるんだ?』
 行方不明になってしまった友。あちこち部下を滑り込ませて行方を探っているが、自らの手足で探しに行くことができない。それが 少し歯がゆかった。
 不思議な力と宿命を持っている友。勇者を探し、世界の全て救う…そんなあまりにも大物な 自分の大切な子分。いつだって人のことを考えて自分のことを二の次にしてしまう…そんな大馬鹿者。
 あいつはきっとやり遂げるだろう、そう信じてはいるが、失踪して早7年。何をしていると毒づきたい気持ちと、 本当に無事なのかと不安に思う気持ちを抑えることはできなかった。
 茜の空が、ゆっくりと紺碧にすりかわるその一瞬。
 空に緑がひた走った。
「…あ…」
 なぜだか、確信した。この世界のどこかで、カルアもこの光を見ていると。それは山の上か、海の底か、草原か… ヘンリーにはわからないが、それでも必ずカルアもこの空を見て…かつて見たあの光景を思い出していると、ヘンリーは 確信した。
「…そうだよな、お前のことだから必ず無事だよな、カルア。」
 幸せになれる緑の光。
 それを見たパパスの幸せは、カルアの無事に他ならないのだろう。
 一度目の閃光で、ヘンリーは今の幸せをつかめた。
「二度目の光は、お前にくれてやるぜ。」
 自分の幸せを、カルアと見ること。それがヘンリーの今の幸せだった。


 グリーンフラッシュ、というのをご存知でしょうか?日本じゃほとんど見られない空の現象 らしいのですが、詳しいことは蒼夢にもよくわかりません(笑)(プリズムの関係らしいですね)
 普通だと太陽の上がちょっと緑色に光るだけなのですが、ものすごく珍しく、上記のような美しい 空を見ることが出来るそうです。

 この光を見たものは幸せになれるとか、真実の愛に目覚めるとか、他人の心が分かるとか 言い伝えがあるのですが、一番はじめの伝承を参考に、このお話を書かせていただきました。( 真実の愛バージョンも面白かったかもしれない…
 この話を聞いたときに、 あの山では空が良く見えたでしょうから、きっとこの二人は緑閃光を見たんじゃないかなーと考えました。もっとも 空に近い場所ですからね。なんてったって天空城より高いですし。



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