終わりのおしまい



 世界が壊れていく音がした。

 ここ数日、人々は落ち着かない。大地は震え、島は動き、岬は崩れ、町の建物は壊れ、大陸は形を変えていく。
 だが、不思議な事に人々に被害が出る事はなかった。まるで何かに守られているように、瓦礫は人々を避け、崩れた建物から 無傷で人が這い出してくる。
 この不思議な現象に人々は首をかしげながらも、神の恩恵に感謝し、新たな営みを造り始めていた。


『世界変革』
 長命な魔族の中で語り継がれているこの現象は、数百年から数千年に一度起こる事が分かっている。
 すなわち、大幅な地殻変動。にもかかわらず人や動物、植物には被害がでない、不思議なこの現象は 魔族にとっては生命の危機に関わる出来事でもある。
 だが、人に手なづけられたモンスターや、人に脅威にならない程度に敵対しつつも共存している 下等な魔物には被害が出ないことも分かっている以上、おそらくは気まぐれな神のひいきなのだろう、と言われていた。
 さておき、この世界変革期にはほとんどの 魔族や高等なモンスターは魔界へと戻り、やがてまたこの世界を手中に治めるための力を蓄えるのが慣わしとなっていた。


 魔界の空気にすっかりなじんでいた体が、世界の空気に当てられて少しぴりぴりとする。
 もう2百年ぶりだろうか。こちらの世界に顔を出すのは。
 自分を知るものがいなくなり、自分の愛する者が消えた時、ピサロはもはやなんの未練もないと、この世界から決別 し、魔界に戻っていた。
 そんな中、世界変革期が訪れ、続々と世界から魔界へと魔物たちが帰ってきていると聞き、ピサロはふと気まぐれに 揺れる大地へと足を運んだのだった。
 もはや自分が記憶していた場所とは別の場所であったり、存在すらしていなかったりした場所も多いだろうが、自分が 知る世界の最後の欠片を見て周るのはなかなか興味深い。長命な魔族と言えど、運が良くなければ経験できないことだと 考えると、体験しておくべきことだと感じたのだった。

 まず初めに訪れたのは、かつてロザリーヒルがあった場所だった。
 モンスターとエルフ、そして自分が共存していた美しい場所は、今や荒れ果て、かつて自分が建てさせた塔は折れ曲がり 崩れていた。
(…………)
 胸に風が吹きぬけたようだった。これを人は、寂しさとか感傷と言うのだろうかと、ピサロは微笑する。
 ただ、塔が崩れただけだ。そうは思うものの、もはや自分とロザリーを知っているのは、この地上でこの塔だけだったと 思うとそれが消えうせてしまったことを、残念に思ったのだ。
 長い時が過ぎ、記憶も少しずつ薄まっていく中で、この塔はその確かな想いの象徴だったのだと、遠い目をしながらピサロは 考えた。

 戯れに、ピサロは空から世界を回る。
 かつて自分が王として君臨した城、いまだ衰えぬ生命を誇る世界樹、エスタークが眠っていた炭鉱…。 覚えていた場所を手当たりしだいに尋ねていく。

 ピサロの足が止まった。
 崩れ落ちた町。人々は避難しているのか、誰もいなかった。
 目に止まったのは、建物の隙間に埋まった白銀の輝き。隙間からでもわかる独特のフォルム。
 天空の鎧。

 かつての記憶が蘇る。
 かつて自分はこんな風に世界を巡ったと。…勇者を探して殺すために。
 この鎧を着ていた青年の目を思いだした。迷いと憎しみと、そして強さを含んだあの目を。思わず微笑した。
 もはや、あの勇者は地上には存在していない。血縁くらいは存在するのだろうが、自分はそれを知らない。
 それでも、狩る為に追い、仇として追われ、愛する者を助けられ、共に戦い、敵対したあの青年を今は少し懐かしく思った。


 激しい揺れがピサロの体を突き上げる。ピサロはとっさに空に浮き上がった。
 すると、今立っていた大地が割れ、町並みが真っ二つに分かれ、動き出した。そして、その割れ目に白銀の輝きが吸い込まれていくのを 見て、ピサロは呪文を投げ打ち、その隙間に入り込んで鎧を受け止めた。

 手の中にある白銀の鎧を見て、ピサロは困惑する。とっさに受け止めてしまったが、むしろうち捨てた方が良かったのでは ないだろうかと思い、手を離そうとしてまた考え直す。
 天空の装備は、しかるべき時には導かれるように持ち主の元へたどり着くという。…それは魔界にあっても同じなのだろうか。
 もしたどり着かなかったとしても、それは魔族にとって有益なことだ。ピサロはそう考え、その鎧を持ち直した。


 ピサロには確かな予感があった。
 この世界が、新しい世界となり、人々が新たな生活を営み、落ち着いた頃。やがて、自分のように世界を手にする事を 願い、この世全てを絶望で覆わんと魔界から出てくる魔王が現れるだろう。
 そしておそらくこの手にある鎧が、魔界から流れ、多くの者たちを通じ、勇者となる人物が手に取る様が目に見えるようだった。
 はたしてそれと相対した魔王は、それに打ち勝てるのだろうか。それとも負けてしまうのだろうか。自分のように 諦めてしまうのだろうか。
 それを見届けるのは、自分ではなくこの手の中にある鎧なのだろう。


 ピサロは空高く舞い上がり、崩れゆく世界の終わりを目に収め、そして魔界へと飛び去った。
 やがてくる、世界の終焉の終わりまで、見届けるこの鎧とともに。


 4から5までは500年後なんですよね、確か。この話は、多分200年後くらいの話です。
 10万ヒット記念で募集したお題から、めぐる様のリクエストで書かせていただきました。ありがとうございました、 ダークな話でごめんなさい。
 このタイトルを見た時に、終わりの、その終わりを見届けるのにふさわしい人物はピサロであろうと連想し、 蒼夢オリジナル設定と掛け合わせて、この短編を作らせていただきました。

 ちょっと人間くさいですね、ピサロ。知るものが誰もいない世界での、わずかな戯れをご覧いただき、ありがとうございました。



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