夢の中の少女


 ボクは夢を見ていた。一人の少女の夢を。

 その子は何度も夢に出てくる…夢だけの存在。
 年齢は、僕と同じくらいは少し下くらい。その子は僕の胸あたりくらいしか背がなくて、 少し小さめだと思う。
 滑らかな髪は、燃え上がるように赤く、飛び跳ねる旅にきらきらと輝く。
 伸びやかな手足をいっぱいに動かし、気持ちよさそうに駆け巡る。

 ボクは恋をしていた。夢に見る、その少女に。
 何度見ても、その子の顔は判らない。輪郭が夢の狭間に浮かぶだけで、ボクはその子の顔を覚えることは できない。
 …キミは一体誰?なんて名前?問いかけたくても、判らない。その子は、夢の少女だから。
 …それでも、ボクはその子のことが好きだった。触れ合うことができなくても、この世に存在しなくても。
 ”ねぇ、今度はあっちに行ってみようよ”
 ”大丈夫?まったく、もうちょっと慎重に動いてくれないと、皆困っちゃうよ?”
 くるくると変わるその表情が、とても可愛くて、心地よいと思うのだ。

 …目が覚めると、聞こえてきたはずの、声さえ思い出すことはできないのに。顔も思い出せないのに。名前だって 判らないのに。…それでもその夢を見るだけで、元気が出るのだ。


 今日も、その子の夢を見る。
 最初は遠かったその子が、段々近くなってきているのが判った。
 ”ねぇ、なんだか最近…不安になるんだ。”
 その子が少し落ち込んだように言う。ボクは答えた。
 ”不安になることなんか、なにもないだろ?大丈夫だ、任せとけよ。”  そんなたくましい言葉を、ボクは返す。
 最初、ボクを見た時の不安そうな顔は、遠くの幻影でかすむようだったのに、今はとても近い。息遣いさえ感じられそうで、 ボクの胸は高まった。

 でも、その子は夢だけの子。決して僕が手を伸ばすことはできない。
 ……本当は違うのかもしれない。もし、ボクが一歩踏み出せば、その子に触れることが出来るのかもしれない。その髪に 触って、抱きしめることができるのかもしれない。

 でも、ボクは怖かった。
 この世界にはその子はいないけれど、でも、ここは平和で、退屈で。…ボクは何も考えたくない。
 ただ、夢越しにその子の顔を、声を見ることができたら、ボクはそれだけで幸せだから。 ボクはその一歩を踏み出す気にはなれない。それ以上は、望まない。

 …それでも、ボクは眠る前に、祈る。
 『明日もあの子の夢が見られますように』
 そう祈って目を閉じる。見ることができたら、辛いことでも我慢できるから。


 風がそよぐ中、ボクはその子のことを思い出す。
 淡い輪郭の中で、その子の口がボクの名を呼ぶのを思い返す。
 …そう呼んでもらえたら、きっとボクは幸せだ。
 …でも、怖い。ここから出て行くこと、ここから動くこと。
 何度も何度もその子の夢を見るから、もしかしたら、ボクの記憶なのかもしれない。そんな風に考える。
 けど、怖い。もし思い出したら?今、過去のことを知らない「ボク」は一体どうなってしまうんだろう?その子のこと、 ボクはどんな風に思っているんだろう?
 ボクは変わりたくない。このままでいたい。…だってボクは幸せなんだ。

 恋慕を振り払い、ボクは立ち上がる。…きっと心配しているから、そろそろ帰らなくちゃ。


 いやな事を思い出しそうで、ボクは家を飛び出した。
 …どうして?どうして…ボクは、ボクは…ボクじゃないのか?
 思い出したくないのに、記憶が頭に湧き出してくる。…ボクに、会うことで、ボクはかつてのボクを 思い出そうとしてしまう。
 嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!!!
 ボクは今のままでいたい!!ターニアの兄として、この村で幸せに…!!

 ボクの目から涙がこぼれると同時に、ボクはほとんど判ってしまった。あいつはボクで、 ボクはあいつ。二人は一人で…何かのきっかけで別れてしまったんだ。あいつはきっと、ボクと一人になって、本当の 『ボク』になりに来たんだ。…けど…ボクは…
「ボクは今の生活が気にいってるんだ。だから……。キミが、エイルジークになってくれ。レイドックに戻って、 父と母と暮らしてくれ。それでいいじゃないか。今さらあの子を一人にしていけないし。だから……。」
 本当のボクってなんだ?だって、ボクはボクだ。ここにいるボクは、確かに存在しているんだ。…それを 消すようなことはしないでくれ!!ボクはボクのままで、いたいんだ!!
 そんなボクの気持ちが伝わったのだろうか、『ボク』の表情が変わった。…嬉しかった。ボクは このままでいられるんだ。
 …そんな時だった。『ボク』の後ろから足音がして、金髪の美女と、たくましい青年、そして…赤い髪の少女が現れた。
 あの子だった。あの夢の少女が、ボクの前にいる。ボクの前に現実として。ボクは信じられなくて、何も言えなかった。

「あ、いたいた。ひどいよー」
 …ああ、たしかにこんな声だった。それは元気がよくて、少し高くて…嬉しくなる声。ずっと、 ボクに語りかけてくれていた声。


「俺、頑張るからさ。もう、ここはいいよ。」
 そう言って、『ボク』は洞窟を出ようとしている。…判ってくれた。ボクはボクのままでいられる。… あの子をもう、きっと二度と見られないのは哀しいけれど…きっとそれでいい。ボクがあいつと一緒になっても、 きっといいことなんかないから。
「おい、お前それでいいのか?」
「いいさ、ハッサン。それとも今の俺じゃ不満か?」
「いや、そうはいわね―けど…」
 あいつの仲間でそう、話がまとまろうとした時、その子が叫んだ。
「駄目だよ、ちゃんと元に戻らなきゃ!!」
 泣き叫ぶように、その子は叫んだ。ぐっと腕を掴んで、必死で引き止めていた。
「いいんだ、ターニアを一人させておけないし。記憶がないのは大変だけど、きっと何とかしてみせるさ。 それほどこだわる事はないのさ、きっと。」
「駄目駄目!!駄目だよ!!そこに、ちゃんと体があるんだから!!」
「大丈夫さ、きっと上手くいくさ。だから、もう行こう。」

 …あの子は、ボクとあいつが一つになることを望んでいる。泣き叫ぶように、切望している。
 …胸が痛かった。
 あの子は、ボクに一歩を踏み出せって、そう言っている。ボクが意気地なしだから。ボクが怖がりだから。… きりきりと…胸が痛い。
 …でも、ボクは怖いんだ!!ボクがボクじゃない、何かになるなんて、耐えられない!!ボクはここにいたい!! たとえ…あの子に、嫌われても…
 そう考えた時、ボクの胸が更に痛くなった。まるで切りつけられたようだった。…いいと思ってたのに。 会えなくても、嫌われても…構わないと思ってたのに…
 …でも、あの子は確かにそこにいて…そこで、叫んでいて。

 …だって、本当は、ずっと…
 あの子のことを抱きしめたかったから。あの子にずっと認めて欲しかったから。

「たいへんなんだよ!村が…村が魔物に……!みんなして戦っているけどあのままじゃ……。」
 その言葉を聞いたとき、ボクは走り出した。…ずっとボクを兄だと慕ってくれていた、ターニアが、ターニアが危ない!!
 …怖かった。ボクが行っても、きっとどうにもならない。きっと怖い思いをして、殺されるだけに決まってる。 それなら…ここにいたら、きっと、ボクは安全で…
 そう思ったとき、あの子がちらりとボクを見た気がした。…きっと気のせいだろう。だってすぐ側にあいつがいる。ボクより 強くて、頼りがいがある、『ボク』が。
 …でも、あの子の青い瞳を見たら、僕は止まらなくなった。
「わかった、すぐ戻る!!」
 迷いは、不思議と消えていた。あの子の瞳を見たときから。
 …死んでもいい。大事にしてくれた、ターニアを守れるなら。そして…あの子の期待に添えられたら…僕は…
 ボクは、近道の穴に飛び降りた。


 …やっぱりボクは弱くて、ちっぽけで。
「キミも…来てくれたんだね…」
 あいつが来た時が一瞬でも遅れたら、ボクはきっと死んでいた。
 ボクも、昔城で鍛えたけれど、モンスターは本当に強くて。きっと、あいつでも敵わない。…だから。
「でもボクとキミが一つになれば……。もしかしたら、敵に勝てるかも、しれない。」
 震える声で、ボクはそう言った。
「ねえ もしキミとボクが一つになってもボクの心が消えてしまっても…… ターニアのことを見守ってあげてくれると約束してくれるかい?そして…ボクが確かに、ここに居た事を、 どうか忘れないでいてくれるかい?」
 本当は頼まなくても、大丈夫なんだろうと思った。だって、ボクはあいつで、あいつはボクで… ボクがターニアのことを大切に思っているのと同じように、あいつも、ターニアのことを妹だって思っていてくれるはずだから。
「…君も強い。俺は、きっと君の事を忘れないさ。約束するよ。ターニアを見守って生きていくさ。 だから…君も約束してくれ。…俺の事、忘れないでくれ。」
 ボクは手を伸ばした。あいつも、手を伸ばす。


 …忘れない。キミのように勇敢な『ボク』がいたこと。ボクは、決して忘れない。
 そして、ボクがボクとして…あの子を好きだった気持ち…名前はわからないあの子を…ずっと愛しくきっとボクは 忘れない。

 …さよなら、ボク。さよなら、ターニア。…さよなら、夢の中の少女…


 最初の部分はぼかして書いてみました。誰が主役かお分かりでしたでしょうか?
 ドラクエ4コマにもよくありますけど、6主人公ってターニアのことどう思ってたんでしょうね? ターニアは主人公のことを兄だと思ってたみたいですけど、主人公にはれっきとした妹がいたんですよねぇ?( もう亡くなってるんでしたか?)血の繋がってない可愛い子が「お兄ちゃん!」なんて言われたら、そりゃ 惚れますよ!って思うんですけど…
 でも夢の世界で二人は兄弟だったということは、多分主人公もターニアのこと、妹だと思ってたんだと 思うんですよ。もしそうじゃなかった従妹くらいになってたんじゃないかなーと思うので。
 で、主人公には好きな人がいたということに(笑)ジュディじゃちょっと役不足なので、こうなりました。うい。 別にミレーユでも良かったのですが、蒼夢の贔屓です、すみません。

 ちなみに名前が出てきてないのは、将来6の長編を書くことがあったら、名前を「エイル」と「ジーク」に 分けたいと言う野望があるからです。

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