奇跡幻夜

 正午過ぎ。ちょうど陽がゆっくりと西に傾き始めたころだった。
「さてと。」
 レオンはようやく処理し終わった書類をまとめた。ここのところ遊びほうけていたおかげで、 溜まりに溜まっていたのだ。とっくに締め切りの過ぎた書類だったのだが、これでなんとか なるだろう。
 レオンは伸びをした。王様をやって一年。王の仕事など大半は地味な事務作業だとしみじみ思い知らされた。
(王家は雑用係か。リィンの親も、良い事言うよな。)
 窓の外を見ると、祭りの明かりでにぎやかだった。

 今日は聖誕祭。一年で一番陽が短い日。今日、陽が沈むと共に古い世界は死に、明日陽が昇ると共に新たな世界と太陽が 誕生すると言われている。
 そして今夜は、大地におわすルビス様が新しい世界と太陽を作るために、 地上にいらっしゃると言われる聖なる夜。どうか今よりより良い世界を、この世界に奇跡をと人は願いをかけるのだ。
 町がお祭り騒ぎで浮かれていると言う事は、問題もいろいろ起こりやすいと言うことだった。特にレオンが王になってから、 この城下町にはかつての邪教の信者がいる。ルビス女神を祭るこの祭りで、問題がおきないとも限らない。
 自分の娯楽もかねて、見守りが必要だろう。レオンはそう考えて、大臣を呼ぶための小さな金の呼鈴に手を伸ばす。
「レーオン、遊びに来たよー」
 声のした方向に顔を向けると、窓を開けてルーンがいた。

「おっまえ、ここ、二階だぞ?大体そっちの聖誕祭の行事はどうしたんだよ?!」
「えー、セラに任せて遊びに来たんだよー。レオン、一緒に遊びに行こうよ!お仕事、終わったんでしょ?」
「…お前、姫に迷惑かかってるんじゃないのか…?」
「大丈夫だよー。それより、レオン一緒に来て欲しいな。とってもいい場所知ってるんだよ?」
 少し考える。どうせ町の見回りに出ようと思っていたのだ。ルーンといても一緒だろう。
「よし、いいぜ。ちょっと待ってくれ、この書類、渡しちまわないとな。」
「あ、駄目だよ。こういう時は、こっそり抜け出さないと!だってお祭りなんだもん。」
 ルーンは呼鈴を鳴らそうとするレオンの腕を強引に引っ張った。
「おい?どうしたんだ?」
「ほらー、行こうよ、レオン。今日は世界中でお祭りなんだよ?!」
 一瞬ためらったが、一年に一度の聖誕祭。浮かれる気持ちはレオンも一緒だった。
「しゃーねーな。じゃあ行くか!!」
 レオンはルーンに促されるまま、レオンは窓枠をくぐり、灯りあふれる城下街へと飛び出した。


「どこ行くんだ?」
 町には聖歌隊。灯りを持った人々が、木々を飾りに歩き回る。人はお酒を飲み交わし浮かれ騒いでいた。
 聖誕祭に家族で送りあうプレゼントが、町のあちこちで活発に売られ、家を飾るための葉や蔦を売る声が 高く響く。
 ルーンはそれに目もくれず、一心不乱に町を歩く。
「おい、そっちは町の外だぞ?」
「うん、大丈夫ー。」
 結局ルーンは町の外に出た。そして町の外には、かつてシアの祖父にもらった船があった。
「…おい?」
 この船はたしかローレシア港にあるはずなのだ。なぜ、ここにあるのだろう?
 そして船の上に。
「あら、本当に連れていらしたのね…」
 あきれるように笑う、リィンの姿があった。


「どういうことなんだ?」
 船の中。ルーンは行き先を言わず、一人で船を動かしていた。
「わたくしにも分かりませんのよ。ただ来てくれと言われましたの。」
 リィンの言葉に、頭を抱える。
「お前、それだけで来たのか?仕事はどうしたんだよ?」
「聖誕祭ですもの。お休みをもらっても良いはずですわ。聖誕祭は家族と過ごすものですけれど、わたくしには 家族がありませんもの。でしたら親戚のルーンと過ごすべきではありません?」
 小さく笑うリィン。
 一般市民はこの日、教会に言った後、家族や友人を誘ってのパーティ。ムーンブルクが崩壊するまでは リィン自身もおそらく、城で豪華なパーティーに参加していたのだろう。
「…そういや、今年はお前のところ行事があるんだろう?」
「ええ、ありましたけれど、キャンセルですわね。かまいませんわ。まだ城も完成しておりませんもの。 両親を慮って、静かな聖誕祭を祈るということを大臣に伝えておきましてよ。レオンはどうしましたの?」
 そう言われて、初めて気がつく。レオンはルーンへ怒鳴り込む。
「おおい!!ルーン!!俺無断で出てきちまったんだから、最悪夜には帰らないとまずいんだぞ?!」
「あははー、大丈夫だよー。レオンの父様にはちゃんと許可とって来たからー。」
「許可って…どうやって…?」
 ルーンは上機嫌で操舵輪を動かしながら、答える。
「んーとね、昔息子さんにロトの盾を貸した借料として、息子さんを一晩お借りしますってー。」
「お、親父はなんて言ってたんだ?」
「えっとぉ、んー、答えは聞いてないなぁー。あははー。」
「…お前、それ、誘拐っていわねーか…?」
 一国一城の王を連れ去ったのは、下手すると国際問題なんじゃないだろうか。
「大丈夫だよ、きっとー。ほら、もうすぐ陸地だよ。」

 そこは、ロンタルギア山脈のふもとだった。ロンタルギアの雪が風にあおられ、この地上まで降りてきている。
「ここからちょっとだけ歩くよー。」
 もう、夕暮れも近く、ロンタルギア山脈が真っ赤に染まっている。
「ルーン、どこに行きますの?」
「なんだリィン、お前も知らないのか。」
「ええ…」
 困惑する二人に、ルーンはにっこりと必殺の笑顔で微笑む。
「一番聖誕祭にふさわしいところだよ。」
 長い付き合いで、これ以上聞いても無駄な事はわかっていた。二人はすっかり諦めて、細い山道を歩いていった。


 そして、青紫の空に白い月が浮かび上がる頃、ルーンは足を止めた。
「教会…?」
 そこは教会を中央にすえた、巨大な館のようだった。
「ルーンはここに来たかったのですの?」
「なんでわざわざ、こんな田舎の教会なんだ?」
 ルーンの答えはなかった。ただ、食い入るように、教会を眺めている。
「ルーン?」
「…あら、誰?旅の方?」
 声がかかった。振り返るとかごにいっぱいのヒイラギの葉を持った女性が建っていた。
 ルーンがぐらりと揺れた。
「ルーン、どうなさったの?」
「おい、大丈夫か?」
 ルーンの顔色が悪かった。
「まぁ、大変。お連れ様の体調が悪いの?それはいけないわ。良かったら教会で休んでいって。今日は聖誕祭だから ちょっとうるさいと思うのだけど…」
「大丈夫です。親切にしてくれてありがとう。ちょっと寒くてめまいがしただけなんだよ。」
「いいえ、待っていて今、兄を連れてきますから。兄は優秀な神官なんですの。」
 その言葉に、ルーンはびくんと反応した。
「いいえ、本当に大丈夫なんですー。あの、僕たち、旅の者なんですけど良かったら、この教会で 聖誕祭のお祝いに参加させてもらえませんか?」
 ルーンは先ほどの不調が嘘のように、にっこりと笑う。
「ええ、もちろんですわ。この聖なる夜にここを皆様が訪れたのも、ルビス様のお導きでしょう。どうぞ、 教会へ…」






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