それはまるで湖に浮かぶ、一輪の花のように
第一話 はじまり


「王様、どこにいらっしゃるのですか!」
「こちらにはいらっしゃいません!」
「お前、王様をお見かけしなかったか?」
「いいえ、私はここでずっと見張っておりましたが、王様のみならず、外からも中からも  この城門を通ったものは子猫一匹いないと、断言できます!!!」
 その日、海と山にいだかれし恵みある国は、大混乱に陥っていた。

 ノックもせずに戸が押しあけられる。
「ブライ!国王がどこにもおらぬのだ!」
 サントハイム宰相が戸を開けた先には、国王の学友にして、教育係の若き魔法使い…ブライが読書に励んでいた。


 ブライの朝は早い。学友という地位に居ながら、教育係として、時に相談役としての任を受けている ブライには、早朝と深夜しか自分の時間がないからである。
(今日は良く眠れた…)
 目を覚まし、身支度をしてからブライは昨日から読みかけの本を開く。
 栞が置かれていたページには、見慣れぬ紙が一枚。そこには。

 ”ブライへ。私は自分の妻は自分で探してくる。後は頼む。”

 と簡潔な文章と、己が仕える国王の署名があった。
 ブライは即刻本を閉じ、音を立てぬように王の部屋を訪れたが、とき既に遅く、部屋はもぬけの殻だった。
(やられた…)
 昨日の夜、王が自らの部屋を訪れた。
 これはさして珍しい事ではない。王はサントハイム一の知恵もののブライを誰よりの頼みにし、 臣下というよりも友人として遇していたからである。
 若い国王に持ち込まれる数々の見合い話への不満…国政への悩み、時にブライの学ぶ魔法の話。 そんな他愛のない事を話すのは、日常茶飯事だった。
 その時に王は、手ずから紅茶を淹れてくれたのだが…
 道理でよく眠れたと思えば、おそらく王が眠り薬か何かをそこに混ぜ込んでいたに違いない。
 そしてブライが眠った後、読んでいた本にこの紙を混ぜ込み、自分はすでに済ませていた旅支度を持ち、どこかから…おそらく 廊下の窓から脱出したのだろう。
(これは完全に計画を練っておられたのだな…)
 しばらく部屋を見回し、ベッドが乱れていないこと、金目の物がなくなっている事、ときどきサランの町へお忍びをする時の  丈夫な服と、飾りのふりをして置かれていた鋼の剣がなくなっていることを確認した後、自らの部屋へ戻った。

(おそらく、サランの町にはいないだろう…しかし宝石やらを店で金に変えている可能性もあるから、 店に人を派遣して…)
 椅子に座り、具体的な計画を練る。この間、ブライは全くの無表情だった。
 ブライは余り表情を表に出さない。だからなかなかの容姿、そして地位を持ちながら女性に余りもてないのだぞ、 と国王が良く茶化していた。
 ふと、考えを変える。
 国王は、自分だけに置手紙を残し、一番にわかるようにしてくれた。
 間違って人が入ってきたときに気がつかれないように、本に挟んでまで。最初は発見を遅らせる為かと思ったが… それなら手紙など、挟まない方がいい。もしく本の最後のページの方が都合がいいはずである。
 王は自分が早朝に起きる事を知っていた。ならば自身の部屋に置手紙をしておいたほうが、 捜索が始まるのは遅いはずだ。
 なら、考えられる事は二つ。
 一つは絶対に見つからないような計画を立て、それに自信がある。
 二つ目は…自分を本当に信用してくれている事。
 そしてブライは二つ目だと判断した。
 ため息をつき、ブライは椅子に腰を下ろし、もう一度手紙を読んだ後、机の引き出しの奥にしまい、 読みかけの本を読み始めた。

 おそらく国王の最後のわがままである。事後処理の事を思うと頭が痛いが、妙に顔がほころぶのが抑え切れなかった。


「ブライ!王がどこにいられるか心当りはないか!!!」
「落ち着いてください、宰相。つばが飛びます。この本を手に入れるのには苦労したんですから。」
「これがおちついている場合か!!!」
 宰相が机を激しく叩く。
「あせったとて、王が帰ってくるわけじゃありませんよ。今サランの方へ人を派遣しました。」
 人々が眼を覚ましたあと、口の固い兵士にサランへと言ってもらった。
 手紙の事は言わなかった。ただ『王が出奔したようだ。いつもの遊びかもしれん。とりあえず情報を集めてきてくれ』と。
 何もしないわけにはいかなかった。そして、時間を稼ぐ必要があった。王のために。
「以前から知っておったのか?」
「いいえ。」
 怒り顔になった宰相にブライはさらりと言う。
「宰相様が朝、悲鳴をあげられたのを聞いて、人を派遣したのです。」
「む、むう…」
 黙りこんだ宰相へ、ブライが畳み掛ける。
「ところで今後の予定はどうなのです?各国からの使者に会う予定は?本日の業務で王が居なければ ならない予定はなんですか?」
「…今日はスタンシアラ国の王女がいらっしゃる予定だ。明日にはキングレオ王家に連なる公爵令嬢が 顔見せにいらっしゃる予定だ。」
「他には?」
「国政に関わる予定はしばらくないはずだ。そろそろ王にも王妃を持ってもらわねばと思っていたからな…」
 ブライは心の中で頭を抱えた。
(…確信犯だな…)


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