〜 12.ダーマ 〜


 ガルナの塔で悟りの書を手に入れ、ダーマに帰ってきたときは、すでに黄昏時だった。
 さすがに今から転職するのも、と三人はダーマの宿屋に泊まることにした。
 食事を済ませ、部屋でくつろいでいるエリンに、ノックの音がした。
「クレアです。……あの、ちょっといいかしら……。」
「どうぞ。」
 かちゃり、と音がして寝巻き姿のクレアが入ってくる。 その表情はどこかこわばっていて、何がしかの決意を感じてエリンは真顔で告げる。
「夜這いなら部屋を間違えているわよ。」
「ち、違います!あの……エリン。」
 そう言おうとして、それからクレアは口をつぐむ。どう口にしようか悩んでいるようだった。
「あの、その……エリンは、その怒るかも、知れないんだけれど……。」
「ルウトから聞いているわ。」
 あまりにまごまごとしているので、エリンが先に口に出す。
「あ……。」
「明日のことでしょう?ルウトが夕食後に言ってきたわ。二人でレベルを上げたいって。」


 夕食後、部屋に戻ろうとするエリンに、ルウトは後ろから声をかけてきた。
「エリン!悪い!頼みがあるんだ。」
「何?」
 振り返ると、ルウトはほとんど拝み倒さんばかりの表情で願いを口にする。
「明日から、しばらくクレアと二人でレベル上げをしたいんだ。」
「どうして?」
「エリンに今までずっと助けられてきた。すっげえ助かってるし、感謝してる。……けど、それじゃ、体のレベルは上がっても、 戦闘の経験はつめない。カンダタの時もだ。鍛えたいんだ。クレアをちゃんと守れるように。」
 ぱん、と手を鳴らして拝みながら、ルウトは詫びる。
「ひどいよな。こんだけ世話になっといて、仲間はずれみたいなこと言うのも冷たいやつだと思う。……多分本当は そんな必要ないんだと思う。これはオレの自己満足だ。」
「いいわ。そんなに謝らないで。」
 エリンは微笑して、ため息混じりにそう言った。

 エリンは目を丸くしているクレアに、ルウトと同じことを告げる。
「強引に仲間になったのに、貴方達は私に、文句も言わずに着いてきてくれた。すごく感謝しているわ。」
「ルウトが、そんな、……風に……。」
「それに、正直ちょうど良かったの。……私も、少しゆっくりしたいから。10日ばかりくれないかと言われたけれど、 それでいいかしら?」
 クレアは泣きそうな表情で少し躊躇ってから頷いた。
「ええ……本当にごめんなさい、エリン……。」
「謝らないで。私はポルトガにいるわ。船の積荷の確認もしたいし、操縦も覚えたいしね。クレアが賢者になって 成長してくれるのを楽しみにしているわ。」
 エリンがそうにっこり笑う様子を見て、クレアはもう何も言えなくなった。


 ノックの音がして、扉を開けると、そこに寝巻き姿のクレアがいた。
「あ、ああ、どうしたの、クレア?は、入って?」
 こわばった、真剣な表情のクレア。だが、その寝巻き姿が艶っぽくかわいらしくて、更にいいにおいがするとあれば、男としては 色んな欲望がわかざるを得ない。
 しかし寝巻き姿でクレアが自分の部屋に尋ねてくることがおかしいと 首をかしげる。そんなこと『はしたない』と思うはずなのだが。
「ど、どうしたの?」
「……ルウト……。」
 次の言葉を口にする前に、クレアの目から涙がこぼれる。
(だめ……)
 泣いては駄目なのに。
 嫌われようと。覚悟して嫌われるようなセリフを言おうと思っていたのに。幻滅させて、ルウトに自分のことを嫌いに なってもらおうと思っていたのに。泣いてしまっては、駄目だ。
 突然泣き出したクレアに、ルウトはあせりながら近寄る。
「く、クレア?どうした?クレア?」
「も、……もう、いい、もういい、から。ルウ、ト。」
 結局出たのは、そんな情けない言葉だった。
「わ、私のために、そんな、無理、しないで。もう、いいから、私、大丈夫だから、がん、ばれるから……。」
 ひっくひっくと泣き始めたクレアが、なんのことを言っているかはよく分かった。
「……ごめん。」
「る、ルウトは、悪くない。私が、弱いから、いくじなし、だから……。」
「違うよ、クレアは、逃げなかっただろ。逃げさせたのはオレだ。オレはこうしたかったからしてるんだ。 ……ごめん、オレのわがままでクレアを泣かせて。」
 ルウトは抱きしめる。泣かせたくない。守りたいのに。
 けれど、今自分が何を言っても、クレアには届かない事は、ルウトは良く分かっていた。
「好きだよ、クレア。」
 それでも、この言葉だけは。どうかいつか、ちゃんと届くようにと祈りながらルウトはささやく。
「……私も、好き、です。」
 かすれながらの答えに、ルウトはそっとクレアの唇にキスを落とした。


 ポルトガで、ルウト達を待ちながら5日がたった。
 王様は黒胡椒に大いに満足し、高価な船をエリンに下賜した。
 航海の準備に飛び回りながら、宿屋に戻るとエリンはいつもノートを見ていた。
 表紙は皮で出来ている丈夫なノートだった。だが、紙のあちこちがぼろぼろになり、古さが伺える。
 中にはびっしりと文字、時には図形などが記されている。
 これをエリンは暗記できそうなほど読み込んでいた。何度も何度も、毎日のように読み込んでいた。
(あの、少し……。)
 もう少しで届く。それはいいことなのか分からないけれど。何がしかの心の決着がつくのは確かだった。


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