どこから来たという問いに、『地獄から来た』と、初めて会ったときにエリンは答えた。 だが、その言葉とは裏腹に、生まれ故郷のテドンの村は、とてものどかで朗らかな人々がエリンに 次々に挨拶していく。 「皆エリンのこと、知ってるんだな。」 「……小さな村だし……ね。」 エリンはそれぞれに言葉を返しながら、やがて一つの家へと足を運ぶ。 ノックをしようとして、そのこぶしが止まる。 「……エリン?」 クレアが心配そうに声をかけるが、そこでとまる。エリンは今まで見たことがないほど、泣きそうな 表情をしていた。 ルウトも何も言えず、ただ見守る中、エリンはやがてゆっくりと二回、ドアを叩いた。 扉が開き、そこには、年若い二人の夫婦が出てきた。 「……エリン!」 「エリン、エリンね!?帰ってきたの?」 「お父さん、お母さん……ただいま。」 エリンは暗闇から出てから太陽を見たかのような、そんな目で二人を見た。 「そうなの……勇者さんを、ついに連れてきたのね。」 「よくやったね。君は、強い子だから。」 エリンは座らず、玄関で簡単に事情を説明した。紹介され、二人は頭を下げた後、ただただ黙って成り行きを見ているしかなかった。 「……ええ。だからお父さん、お母さん。……さよなら。」 その言葉に、思わずエリンと両親を見たが、両親の顔に驚きはなかった。 「ありがとう、エリン。」 「ごめんなさいね。……どうか幸せにね。」 「お父さん、お母さん。……愛してます。ありがとう。」 エリンは深々と頭を下げて、そのまま家を出た。ルウトとクレアも急いで後を追いかける。 「お、おい、エリン!」 「お願い!!あとで全てを……説明するから。今は、何も言わないで!」 そう叫ぶように言われ、ルウトは黙り込む。クレアもそれを聞いて驚くが、そのままエリンのあとに続くことにした。 エリンは北へと向かう。向かった先は……牢獄。 「ルウト。……貴方に会って欲しい。お願い。」 牢を魔法で開け、ルウトにそう促した。ルウトは恐る恐る牢屋の中に入ると、そこには一人の男がいた。 「おお、やっと来て下さいましたね!私はこの時を待っていました。運命の勇者が私の元を 尋ねてくださる時を……。」 「……勇者を?」 後ろから着いてきたクレアがそう言うと、男は頷く。 「私は、オーブの番人。……本当はこの村を出て、勇者にオーブを渡し、共に世界を救いたかった。しかし オーブの番人は勇者を待つのが定め。私は計画がばれ、ここに閉じ込められました。その時からずっと 貴方を待っていました。」 真摯な目で見つめられ、ルウトは少し引く。 「オレは……オレは、まだ勇者でもなんでもない偽者、だぞ……?オレで、いいのか?」 「さぁ、このオーブをお受け取りください!」 男はそれにかまわず、緑色のオーブを取り出した。ルウトはクレアを見、エリンを見た。そして恐る恐る 受け取った。 「必ず、役に立てる。すまん。」 「いいえ、そんな……。」 エリンが男の横に立つ。そして古びたノートを取り出した。 「……ジール先生。貴方は旅には連れて行けないけれど、貴方がずっと集めていた情報を記したノート……とても 役に立っています。そして貴方が教えてくれた呪文のおかげで、私は勇者と戦えているわ。」 「おお、それは……。」 「なら、一緒に旅に連れて行ってもいいんじゃねぇか?」 ルウトの言葉に、エリンは答えず話を続ける。 「それがなければ、私は勇者をここに連れてはこれなかった。旅に出ることも考えられなかった。そしてこのノート……いいえ、 貴方の知識の全ては、これから先も勇者の旅の役に立つ。……貴方の知識は勇者と共に世界を救うわ。必ず。」 エリンの言葉に、男は涙ぐむ。エリンは空を見上げる。石造りの屋根を 「……さよなら、ジール先生。……もうすぐ夜が明けるわ。もう、貴方にも会えないわね。私に色々教えてくれて、ありがとう。」 「ああ、エリン。勇者を連れてきてくれて、ありがとう。」 やがて、男は徐々に薄れていく。 「おい?!!」 「なに、どうして……?」 ルウトとクレアが動揺する中、男は本当に嬉しそうな笑顔で、三人に微笑んだ。 「生きているうちに……オーブが……渡せて……良かった……。」 天井から日光が差し込む。そうして男は消えていった。 外に出ると、そこは廃墟だった。あれほどたくさんいた人は、誰もいなくなっていた。 エリンは、無表情でルウトが持っていたグリーンオーブに触れる。その手触りは冷たく、 硬かった。 「……生まれたときではないはずよ。さすがに夜だけでは赤子は育てられないでしょうから。けれど、私が 物心ついたときには、村はすでにこうだった。誰一人生きていない。朝になれば私以外皆消えてしまう幽霊で、私は その中で死んだ両親に育てられた。夜に起きて、昼寝る生活を続けながらね。」 ゆっくりと村を歩きながら、エリンは話し始めた。二人の顔を見ることなく。 「魔王に滅ぼされたらしいと知ったのは、私が文字を覚えてから。おそらくオーブのためでしょうね。私は……することもなく、 やがて、その仇を討とうと思ったわ。けれど、ジール先生は言う。それは勇者にしかなせないのだと。……そんな事は ないと言ったけれど、それが世の理なのだと言っていたわ……。」 声を荒立てず、ただ淡々とエリンは語る。 「私は、ならば勇者を連れて仇をうとうと思った。……正直なところ、魔王が憎いかはわからない。だって、覚えているときから これが私には正常だった。皆が死んでいると言うことがね。ただ……他にすることがなかったの。だってその時には 私の睡眠時間は明るい昼を全て寝ていられるほど長くはなかったから。」 エリンの後姿は、どこか泣いているように思えた。背はクレアより高いはずなのに、なぜかとても小さく見える。 「私はジール先生から呪文を教わり、世界を教わった。そしてある時、木に引っかかったモンスターを呪文でなんとか倒した。 ……それから罠をかけたり、木の上から攻撃されないようにしてレベルを上げて上げて……ある時近くを通りかかった 船になんとか合図を送り、乗せてもらったわ。……そうして貴方達とめぐり合った。」 エリンはこちらを向いた。エリンはいつもどおりの冷静な顔をしていた。 「私は、このまま行って魔王を倒すつもり。貴方達を連れてね。その為に、私はここまでやってきたの。」 「ああ。」 ルウトはそれしか言えなかった。クレアも何も言えなかった。だが、泣きそうな顔をしていたのだろう。エリンは くすりと小さく笑う。 「そんな顔をしないで。……朝になれば消えるのは、いつものことなのよ。ただ、おそらくオーブがなくなった以上、 勇者様の為にここに村を作る必要はない。だからもうきっと、おしまいなの。これで、皆、ようやく安らかに 眠れるはずなの。いいことなのよ。ありがとう、ルウト。オーブを受け取ってくれて。」 エリンの言葉に、胸が痛んだ。 「……すまん。」 「……ごめんなさい。」 ルウトとクレアが小さく詫びるが、エリンは対して気にした様子もなく、村を出て行こうとする。 「さぁ、いつまでもここにいても仕方ないわ。気にしないで。今は前を見るときだと、私はちゃんとわかっているのよ。」 両親の『強い子』という言葉を体現するように、エリンはそう力強く宣言して、村を出た。 |
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